屋上でポテチ

ノコギリマン

文字の大きさ
上 下
15 / 21

ヤミヲカルモノ④

しおりを挟む


◆◆◆


「先生、どうだった?」

 読み終わったことを伝えると、放課後になってすぐに平くんが国語準備室を訪ねて来た。

「うーん、なんて言えばいいかなあ」
「ちょっと分かりにくかったかな?」

 不安気に言って、平くんが緊張を隠すように唇をなめる。

「そんなことないよ。私はとっても面白いと思ったけどなあ」
「ほんとに⁉」

 元気いっぱいの平くんにうなずいて良かった点をいくつかあげ、更に彼が傷つかないように細心の注意を払いながら分かりづらかったところや設定の矛盾点を伝えた。

「なるほど、言い回しも色々と考えてみます。あと、確かにイルゼがダークモンスターなのに昼でも動けるのはおかしいですね。なんか設定を考えます。さすが先生!」

 平くんは熱心にうなずきながら、表紙に『シン・ネタ帳』と書かれたメモ帳に私の感想を書いていく。

 できるだけ慎重に伝えたとはいえ、平くんは指摘された箇所を欠点ではなく改善の余地だとしっかり受け止めてくれたようだ。彼と同じ年の頃、恥ずかしさに加えて否定される恐怖から書いていた小説を誰かに読んでもらう勇気はとてもじゃないけれど私にはなかったから、単純に尊敬に値する性格だなと思った。

「大丈夫? 落ち込んでない?」
「え、なんでですか?」

 平くんが目を丸くして聞き返してくる。

「小説を人に読ませるだけでも恥ずかしいのに、悪いところを言われたら落ち込んじゃったりしないかなあって」

 私には昔から語尾を伸ばして次の言葉を考える癖があるけれど、いつも以上に慎重に言葉を選んだ。

「人に読ませるのって、恥ずかしいことなんですか?」
「普通はそうなんじゃないかなあ?」
「そうなんだ。『人に小説を読ませるのは恥ずかしい』っと」

 参考にならない私の言葉をメモした平くんが、

「でも、書いたら読んでほしくないですか?」

 と、首を傾げた。

「読んでほしい、のかなあ……?」
「よく分からないからいいや。それより先生もさっき言ってたけど、やっぱりイルゼはいい感じのキャラですよね?」

 私とは根本的に考え方が違うらしい平くんにつくづく感心していたら、突然イルゼ・ナントカカントカちゃんの話を振られて焦る。

「私はライザちゃんがいちばん好きかも。イルゼちゃんとライザちゃんの関係性も考えられてるし、本当にすごいと思ったなあ」
「さすが先生! あんまり上手く書けなかったけど、ライザのラストは泣けると思うんですよ」

 平くんの言うとおり、ライザちゃんの最期は胸に来るものがあった。拙い表現ではあったけれど、ライザちゃんにああいうエモーショナルな結末を用意できるところに平くんの創作センスを感じる。

「まあでも、書いていない章をちゃんと埋めていけば、もっと良い小説になるんじゃないかなあ」
「うーん……」

 眉間にしわを寄せながらペンで頭を掻く平くん。

「なにか不安?」
「アイディアはいっぱいあるんですけど、どうやって書いたらちゃんとつながるのか分からないや」
「難しいよねえ。私は国語の先生だけど小説の先生じゃないから、具体的にどうやって書けばいいのかはよく分からないしなあ」
「そっかー」

 平くんは、具体的なアドバイスができない私に失望してしまっただろうか?

「じゃあ、正直に言ってもいいかなあ?」
「はい!」

 咄嗟にシン・ネタ帳の上にペン先を置く平くん。

 第十章の最後の一行は削除したほうがいいのではないかと言おうとして、思いとどまる。あそこは「おれたちの戦いはこれからだ!」というセリフで終わったほうがキレイだとは思うけれど、平くんにとってはイルゼちゃんの「うん!」というリアクションで終わったほうがキレイなのかもしれない。

 今は文章の体裁を整える技術よりも「書きたい」という意欲のほうを尊重すべきだ。不格好だからこそ、良い場合もある。まずは歯抜けとは言え小説を書き上げたことを褒めるのが、教師としての私の役目だ。

「……メモはしなくてもいいよ。アドバイスじゃないからさあ」
「おれ先生のことを尊敬してるから、なんでもメモします」

 意外なことを言われて、戸惑う。平くんは、まだまだ教師としては半人前の私をちゃんとした大人として信頼してくれている。

「最後まで書き上げたのは凄いことだよ。普通は途中で諦めちゃうからねえ」
「へえ、なんでですか?」

 なぜだろう? 考えたこともなかった。

 多分、こういうことだ。書き始めた段階では結末への道筋には無限の可能性がある。書き上げるという行為は、結末に至る無限の道筋の中から自分が正しいと思うたったひとつの道を選択していくことなのだろう。「本当にこれでいいのか? もっと良い結末があるんじゃないか?」という自問自答に打ち勝てるだけの結末を選択するには、並大抵ではない精神力が必要なのだと思う。

「結末まで書けたってことは無限の可能性の中からひとつを選んだってことだから、かなあ」
「はあ」

 私の気づきを分かっているのかいないのか、平くんが小さくうなずく。

「よく分からないけど、人生と一緒ですね」
「ふふっ、そうだねえ。人生と一緒だねえ」

 平くんの背伸びした発言に、私の方が納得させられる。

「とにかくさあ、平くんには面白い物語を考えられる才能があると思うなあ」
「もっと面白くなるようにいろいろ考えてみます」
「うん。また読ませてねえ」
「はい」

 満面の笑みを浮かべる平くんを見て、希望に満ち溢れた顔ってこういうのを言うんだろうなと思った。

「青春だねえ。楽しそうで、ちょっとうらやましいなあ」

 ふと、本音が出てしまう。

「先生は今、楽しくないんですか?」
「そういうわけじゃないけど。もう二十四歳だし、なんて」
「……おれの婆ちゃん、英会話教室に行き始めたんですよ」

 シン・ネタ帳を閉じた平くんが関係ない話をはじめた。

「母ちゃんはそれが気に入らないみたいで、もうすぐ七十歳なのに英語が話せるようになったからってなんの意味があるんだって言ったんです」
「へえ」
「ばあちゃん、なんて言い返したと思います?」
「うーん、なんだろうねえ」
「英語が話せても話せなくても七十歳にはなるんだよって」
「へえ、すごいねえ」

 平くんの性格はきっとおばあちゃん譲りなのだろう。

「だから、歳とかべつに関係ないですよ」

 どうやら励まされているらしい。

 でも確かに平くんの言うとおりだ。もう二十四歳だと思っていたけれど、まだ二十四歳。教師としては半人前でまだまだ人から教わることの方が多い。今日だって平くんから色々と教わった。

 ちなみに、平くんは本当にヤミヲカルモノで本当に私を救ってくれたのかもしれない、なんてことを私は心の中で思った。

「暗いことばかり考えていたら、ダークモンスターのエサにされちゃうねえ。よし、ポジティブに生きよう!」
「そうですよ、先生」

 平くんが私をまっすぐに見つめて言った。

「おれたちの戦いはこれからだ!」

 私は笑いながらうなずいて「うん!」と言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...