屋上でポテチ

ノコギリマン

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マンガだったら、

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 ほんとなら、この夏休みは部活で忙しかったはずなのに、中二になってからすぐに野球部をやめたから、おれはすげえヒマだった。

 ずっとがんばってきた野球部をなんで辞めたかっていうと、自分の限界に気がついたから。ウチの地域はもともと選手の層があつくて、すごい才能があるわけでもないヤツが「プロを目指してる」とか言ってやっていけるほど、甘いところじゃなかった。

 だから、補欠が決定した日に、おれは野球部を辞めた。

 で、ヒマしてたら、「こんどは勉強をがんばれ」って親に言われて、はんぶん強制みたいな感じで、夏期講習を受けることになった。これで成績が上がらなかったら、ゲーム機を没収されるっていうマジで怖い条件つきで……

◆◆◆

 夏期講習の初日。

 夢をあきらめた傷がまだ治ってないおれは、塾でもプライドを傷つけられた。

 入塾テストの成績ごとにクラスをABCDに分けられるんだけど、おれはDクラスだった。しかもDクラスは八人しかいなくて、おなじ中学のヤツはおれ入れて三人だけ。アウェー感丸出しで、しかもほかのふたりとは学校でほとんどしゃべったこともない。

 ひとりは、越野っていう、いわゆるヤンキーで、なんで塾に来ているのかも分からないヤツ。

 で、もうひとりは、おなじクラスの斉木。こいつはいわゆるオタクみたいなヤツで、はっきり言って、学校では底辺のヤツ。

 正直、どっちとも仲良くできる気がしない。

 夏期講習は二週間で、なんか最終日に『花火大会』を駐車場でやるとかで、それでこの塾はけっこう人気があったから、おれもなんとなくここにしたんだけど、そんなことより、こいつらと二週間も一緒にやっていける気がしない。

 初日からもうダルイなあとか思ってたら、

「なあ、鈴木。お前、もう彼女とかいたりすんの?」

 って、最初の休み時間に、斉木がゼロ距離の質問をしてきた。

「いるわけねえだろ」
「へえ、意外。お前、ウザイくらい明るいし、モテるのかと思ってたわ」
「明るいだけで、モテるわけないだろ」

 斉木のヤツ、グイグイくるうえにグサグサくるな。

「じゃあ、越野は?」
「あ?」

 越野が予想どおり、斉木をにらみつけた。

「いや、聞こえてたろ。彼女だよ、彼女。いるの?」
「……いたことねえよ」

 越野、いたことないのか。

 って、そんなことより、斉木、ヤンキー怖くねえのかよ?

「そっか。じゃあおれにも聞いてみて、鈴木」
「は? なにを?」
「彼女いるかどうかだよ」

 おれは「お前にいるかよ」って言いかけて、ちょっと考えた。もしかして斉木のヤツ、自分に彼女ができたから、それを自慢したくて、おれたちにこの話題を振ったってことなのかもしれない。

 もしこれで斉木に彼女ができてたら、かなりショックでかいんだけど。

「……彼女いるの?」
「おれか。おれはね——」

 マジか?
 マジでいるのか?

 ドキドキが止まらない何秒間かが過ぎて、

「——いないんだな、これが」

 って、斉木が言った。

 いねえのかよ! って言おうとしたら、

「いねえのかよ!」

 って、おれより先に越野が怒鳴って、ほかのヤツらがビクッてなった。

「ダハハハーッ。面白くなかった? いまの間」

 斉木がぜんぜんビビらずに言う。

「……クソだな、お前」

 しばらくしてから越野が言って、笑った。

 越野が笑ってるの、はじめて見たかも。


◆◆◆


 で、十日が経って、気がついたら、斉木と越野といつも一緒に帰るようになっていた。

 越野はいつも無口で怖いし、斉木はずっとくだらないこと言って笑ってるだけなんだけど、ふだん学校でしゃべったこともないふたりと帰る時間は、そんなに悪くなかった。

「でもダルイよなー、夏期講習」

 帰り道、斉木が言う。

「おれは楽しいよ」

 越野が意外なことを言って、すこし照れ臭そうにした。

「へえ。そういえば越野ってさ、なんで夏期講習やってんの?」

 斉木が訊く。

「大学に行きたくてよ。このままだったら、アタマの悪い高校しか行けねえから」
「へえ。なんか夢でもあるわけ?」
「先生になりたくてな」

 越野が先生か。なんか、すげえな。

「……すげえな。おれはもう夢とかないなー」
ってなんだよ、って」

 斉木が細かいとこをついてくる。

「やっぱさー、おれプロになりたかったんだよ、野球の。でも、そんなの無理じゃん」
「まあなあ。鈴木じゃ、無理だわなー」

 おいおい、「そんなこと分からないだろ」とか言わねえのかよ。

「まあでも、これからほかの夢を見つけられるんだから、ラッキーだよな」

 ラッキーか。そんなふうに考えたことなかったな。

「斉木はなんかあんの?」

 越野が訊く。

「なんだと思う?」
「知らねえよ! 彼女かお前は」
「彼女いたことないだろ」
「うるせえ!」

 なんか、日に日に斉木の越野イジリが上達していってる気がする。

 結局、斉木の夢がなんなのか分からなかったけど、まあ、べつにいいか。


◆◆◆


 そして最終日。

 あっという間の二週間だったなーと思いながら最終テストをやって、受け取った。

 ぜんぶの成績が上がってて、これでゲーム機は守れた。

 で、帰り道。

「なあ、きょうの夜のさ、花火のやつ行く?」

 斉木に訊かれて、そういえばそんなのあったなって思い出した。

「お前はどうすんの?」
「いや、行くだろ。だって、花火だぜ? ほかのクラスの女子とかも来るんだぜ」

 そういうことか。

「越野はどうすんの?」

 訊いてみると、

「……行ってみるかな」

 意外な答えが返ってきた。

「よっしゃ、いいね。越野、成長したな」
「親かよ!」
「さんざん迷惑かけてきたからな。親孝行しろよ」
「うるせえ!」

 すっかり斉木にイジられるようになった越野。

「じゃあ、おれも行こうかな。たしかに斉木が言ってるみたいに、女子と仲良くなれるかもしれないしな」

「ひひひ。いいね。ぜったい来いよ」

 言って、斉木が満足そうにうなずいた。


◆◆◆


 で、夜の七時。

 まだあんまり暗くなってないけど、それはしょうがない。

 約束どおり、斉木と越野も来ていた。

 でも今のところ、駐車場の端っこでおれたち三人は一緒にかたまって、駐車場の真ん中のところで楽しそうにしている二十人くらいの男女グループを見ているだけ。

「お前こういうの得意なんだから、ちょっと行って来いよ、鈴木」
「なんでおれなんだよ?」
「お前、学校だったらもっとガツガツいってるだろ」
「学校ならな。ひとりじゃキツイって」
「やっぱなー、野球部きらいだわー」
野球部な」
「じゃあ、越野。行ってくれよ」
「いや、無理だろ」
「分かった。じゃあ、ジャンケンな」

 斉木の強引な提案でジャンケンすることになって、越野が一撃で負けた。

「クソが!」

 越野の大声に、男女グループがビクッてなった。

「……行ってくるわ」

 覚悟を決めて、越野が男女グループに向かっていった。
 なんかケンカに行くときみたいな背中だけど、大丈夫か?

 越野はそのままの勢いで男女グループに突っ込んでいって、ビクビクしてるべつの学校の女子としゃべりはじめた。

「おー、なんかいい感じじゃねえ?」
「たしかに。なんかカツアゲしてるみたいだけど」

 って期待していると、越野がなんか手に持ってもどってきた。

「もらってきたぞ」

 三本の線香花火を見せる越野。

「……ウソだろ?」

 斉木が言って、鼻から息をもらした。

「分かった。おれが行ってくるわ」

 こんどは斉木が覚悟を決めて、グループに突っ込んでいった。

 で、女子とヘラヘラしゃべって、手になんか持って戻ってきた。

「もらってきたぞ」

 ライターを見せる斉木。

「……ウソだろ?」

 こんどは、越野が言った。

 おれはなんかもうおかしくなって、笑いながら、

「しょうがねえ。もうしょうがねえ。やるか?」

 って、ふたりに言った。

 で、三人で円になって、線香花火に火をつけた。

 チリチリチリチリって、線香花火が散ってゆく。

「……これ、マンガだったら、0点のオチだな」

 斉木がため息をつきながら言う。

「まあ、現実はこんなもんだろ」
「これが? これがおれのひと夏の思い出かよ?」
「でもおれ、ひさしぶりに花火やったけど、けっこう楽しいな」

 越野がガラにもないこと言って、笑った。

 おれもそういえば久々の花火だったから、なんかこれはこれでいいのかなって思った。

 線香花火は呆気なく消えて、『花火大会』も終わった。


◆◆◆


 で、最後の帰り道。

 ダラダラ歩いてたら、

「……まあ、これでお前らともお別れだな」

 って、斉木が言った。

「まあ、そうだろな」

 たぶん今日が終わったら、明日からこのふたりとは遊ばなくなるんだろうなって思った。もともとヤンキーもオタクも、付き合いがあったわけでもないし。

 で、前からちょっと気になってたことをふと思い出した。

「そういえばさ、訊きたいことがあったんだよね、斉木に」
「なに?」
「お前さ、学校でほかのヤツらから『ミヤオ』って呼ばれてるだろ? あれなんで?」
「あー。べつに大した理由じゃねえよ。お前、キュウビノキツネって知ってる?」
「妖怪の?」
「うん。小学校のときにさ、なんか話の流れで、キュウビノキツネの漢字を書けるかってなって、そんときおれさ、『数字の九に尾』の九尾きゅうびじゃなくて、『宮殿の宮に尾』の宮尾きゅうびって書いちゃったんだよね。知ったかして」
「なんだよそれ? 宮尾みやおからミヤオになったってこと?」
「そうだよ」
「しょうもねえな」
「しょうもねえよ。でもおれはもうミヤオだから、お前に斉木って呼ばれるの、最後まで慣れなかったな」
「じゃあ、学校でミヤオって呼ぶわ」
「やめろよ、仲良いと思われるだろ」
「おれも呼ぶわ、ミヤオって」
「越野はマジでやめて」
「なんでだよ!」

 越野の大声に、向かうから来てたサラリーマンがビクッてなって、おれと斉木は笑った。

 これもたぶん見納めだな。

「じゃあなー」

 分かれ道まできて、あっさり斉木と別れた。

 で、しばらく越野とふたりで歩いて、また分かれ道にきた。

「じゃあな」

 越野が言う。

「なんだかんだ楽しかったよ。ありがとな、越野」
「……おれさ、明日からも塾に行くことにしたわ」
「マジで?」
「マジで」
「まあ、がんばれよ」
「ああ、がんばるわ」

 そんな薄い会話で、越野とも別れた。


 ひとりで歩きながら、これであいつらと一緒に遊ぶとかはもうないだろうし、たぶん、このひと夏のことは、あんまり思い出すこともないんだろうなって思った。

 部活も夢も無くなって、彼女もいないし、やったのは、勉強と一本の線香花火だけ。

 たしかに斉木の言うとおり、マンガだったら、0点のオチだけど、これが今年の夏の思い出だ。


 とにかくまあ、つぎの夢を見つけようと思う。
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