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エピローグ

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 トキオとマクブライトと共に大急ぎで支度を整えて本部を飛び出したハナコは、乗り込もうとした車がパンクさせられているのに気がつき、コブシ一家の抜け目のなさに呆れをこえてもはや感動すら覚えてしまった。

「四つとも全部です」

 トキオがウンザリ顔で報告する。すぐには出発できそうにない。今回の仕事を達成できたことですっかり緩み切っていた自分を反省せざるをえない。

 本部に戻ってスペアタイヤをもらって来ることにしたトキオたちと別れてひとり残されたハナコは、地べたに置いたバッグに腰を下ろして空を仰いだ。いまにも雨が降り出しそうな曇り空。旅の終わりは晴れ渡る青空がよかったけれど、そんな都合のいいものでもないのだろう。神様はいつだって気まぐれだ。

「ハナコさん」

 声に振り向くと、アリスが怒りとも悲しみともつかない顔でハナコを見つめていた。いつの間にか感情を表に出せるようになってきているアリスに、安堵する。

「ひどいです。お別れも言わずに出て行こうとするなんて」
「……まあね」

 ハナコは顎で指してアリスをマクブライトのバッグに座らせた。正直、湿っぽいのが苦手だったから、この二日間、なんとなくアリスを避けていたのは事実だ。

「もう、行っちゃうんですね」
「ああ。コブシ一家の奴ら、とっちめてやらなきゃいけないからな」
「お手柔らかにお願いします」

 アリスの冗談に吹きだしたハナコは、

「ほんとあんた、ずいぶん変わったね」

 と、アリスの肩に自らの肩を軽く当てた。

「でもごめんなさい。トラマツさんの目的に気がつけなくて」
「だから、言っただろ」

 トラマツはアリスをダシにしてなにか奪えるものはないかと本部をうろついていたのだろう。アリスを利用したことには、単純に腹が立つ。

「あんたの分も、きっちりお返ししてやるさ」
「でもトラマツさんには『もっと遊んでやりたいが、ここまでだ』って、謝られました。たぶん悪い人じゃないです」
「……どうだかね」

 本当に子どもが好きだったのだろうトラマツの言葉が、九番街で生きる人間の悲哀を表しているようで、なんとも言えない気持ちになる。

 マクブライトが言うには、ハナコたちが離れた後にリンは意識を取り戻していたらしく、ベッドの傍らでウトウトしていたゴエモンを、

「馴れ合ってんじゃないよ、バカ」

 と叱りつけ、ふたりして医務室を出て行ったという。イヤな予感がしたマクブライトはふたりの後を追ったが、満身創痍の体では間に合わず、トラマツがあたりをつけていたのだろうドアが開きっぱなしの部屋にたどり着いたときにはコブシ一家の姿は見当たらず、すでに金庫もすっからかんになっていたらしい。

「ここまで来て、コブシ一家に出し抜かれたのがいちばんムカつくよ」
「さすが、『泣く子も黙るコブシ一家』ですね」
「ヘンな言葉を覚えてんじゃないよ」

 半ば呆れながら笑っていると、タイヤを乗せた台車を押して戻ってきたトキオが手伝いの兵士たちと共に交換作業を開始した。マクブライトはその様子を見ながらタバコを吹かし、ケガを理由に上手いことサボっている。そんな光景を見ているうち、ハナコはアリスとの別れが近いことを改めて感じた。

「なんなら、一緒に来る? よく考えたら、あんたがここにいる理由なんてないだろ」

 ハナコはアリスに、前までなら絶対にしない提案をした。

「……わたしは、ここに残ります」
「それでいいの?」
「はい。わたしはいつかハナコさんみたいになりたいんです。でもハナコさんといつまでも一緒にいたら、わたしはずっとこのままだと思うんです。だから、ここに残ります」
「そうか。なんかよく分からないけど、あんたがそう決めたんなら、それでいいよ」

 アリスの決意に納得し、ハナコは立ち上がって伸びをした。

「ご苦労だったな。コブシ一家のことはすまない」

 見送りに来たムラトが頭を下げる。

「やめて、あんたみたいな大物にそんなことさせたら居心地が悪くてしょうがないよ。それにアイツらを警戒してなかったあたしも悪いし。それより、アリスをちゃんと守ってよ」
「ああ、約束する」

 ムラトの目に、今度こそ娘を守り抜く決意が見える。

「ネエさん、準備ができました」

 汗だくのトキオがやって来て、

「アリスちゃん、これでさよならだね。どうせなら一緒に来る?」

 と、本気か冗談か、ハナコと同じ提案を口にする。

「残念。さっき、フラれたよ」
「え?」

 間抜けヅラのトキオを笑い、ハナコはバッグを肩にかけた。

「じゃあな」
「はい」

 アリスに改めて別れを告げて車まで行くと、すでに後部座席に乗り込んでいたマクブライトが窓から顔を出し、

「またいつでも遊びに来てくれよ!」

 と、アリスに大きく手を振った。

「あんなところ、二度と戻りたくないだろ」
「まあでも、おれたちの街だからな。あそこには家がある」
「ふん」

 バッグをマクブライトに放り投げて渡し、ハナコは助手席に乗り込んだ。遅れてやって来たトキオが荷物を放り込み、運転席に乗り込んでエンジンをかける。

「やっと仕事が終わったっていうのに、イヤな残業時間ができちゃいましたね」
「まあ、それが人生ってやつさ、トキオ君!」
「しかしまた、一億とはやられましたね」
「取り戻さなきゃ、ほんとの骨折り損だぜ、まったくよ」

 男どもの下らない会話を聞きながら窓外に目をやると、駆けて来るアリスが見えた。

「ハナコさん。いつかまた会えますか?」

 息を切らせながら訊くアリスに、

「ああ。あんたが大人になったら、バーボンの牛乳割りを奢ってやるよ」

 と約束したハナコは、

「行くぞ」

 と、顔を見られないようトキオの方に向けた。

 湿っぽいのは、やっぱり苦手だ。

「出発します。じゃあね、アリスちゃん」

 アリスに軽く手を振って、トキオが車を発進させる。

 土煙を上げて走り出した車の後方で、手を振るアリスが小さくなってゆく。

「でもやっぱり、まさかまた九番に戻ることになるなんてね」
「金を取り戻したら、すぐ出て行けるじゃないっすか」
「どうだかね。今はどこでも同じなんじゃないかって気がしてる」
「二度と戻りたくないんじゃなかったか?」

 からかうマクブライトに、

「まあでも、あたしたちの街だからね。あそこには家がある」

 さっきの言葉をそのまま返して、ハナコは殺風景な荒野の景色に目を移した。

「雨が、降ってきましたね」

 言って、トキオが右目を隠す黒革のアイパッチを掻く。

「なんの問題もないだろ? ただの雨だ」
「……そうですね、なんの問題もないです」
「ほら急げ、コブシ一家に逃げられちまうぞ!」

 急かすハナコにこたえ、トキオがアクセルを踏み込んだ。

 ハナコたち三人を乗せた車が、雨を切り裂き荒野を走る。
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