53 / 53
エピローグ
しおりを挟むトキオとマクブライトと共に大急ぎで支度を整えて本部を飛び出したハナコは、乗り込もうとした車がパンクさせられているのに気がつき、コブシ一家の抜け目のなさに呆れをこえてもはや感動すら覚えてしまった。
「四つとも全部です」
トキオがウンザリ顔で報告する。すぐには出発できそうにない。今回の仕事を達成できたことですっかり緩み切っていた自分を反省せざるをえない。
本部に戻ってスペアタイヤをもらって来ることにしたトキオたちと別れてひとり残されたハナコは、地べたに置いたバッグに腰を下ろして空を仰いだ。いまにも雨が降り出しそうな曇り空。旅の終わりは晴れ渡る青空がよかったけれど、そんな都合のいいものでもないのだろう。神様はいつだって気まぐれだ。
「ハナコさん」
声に振り向くと、アリスが怒りとも悲しみともつかない顔でハナコを見つめていた。いつの間にか感情を表に出せるようになってきているアリスに、安堵する。
「ひどいです。お別れも言わずに出て行こうとするなんて」
「……まあね」
ハナコは顎で指してアリスをマクブライトのバッグに座らせた。正直、湿っぽいのが苦手だったから、この二日間、なんとなくアリスを避けていたのは事実だ。
「もう、行っちゃうんですね」
「ああ。コブシ一家の奴ら、とっちめてやらなきゃいけないからな」
「お手柔らかにお願いします」
アリスの冗談に吹きだしたハナコは、
「ほんとあんた、ずいぶん変わったね」
と、アリスの肩に自らの肩を軽く当てた。
「でもごめんなさい。トラマツさんの目的に気がつけなくて」
「だから、言っただろ」
トラマツはアリスをダシにしてなにか奪えるものはないかと本部をうろついていたのだろう。アリスを利用したことには、単純に腹が立つ。
「あんたの分も、きっちりお返ししてやるさ」
「でもトラマツさんには『もっと遊んでやりたいが、ここまでだ』って、謝られました。たぶん悪い人じゃないです」
「……どうだかね」
本当に子どもが好きだったのだろうトラマツの言葉が、九番街で生きる人間の悲哀を表しているようで、なんとも言えない気持ちになる。
マクブライトが言うには、ハナコたちが離れた後にリンは意識を取り戻していたらしく、ベッドの傍らでウトウトしていたゴエモンを、
「馴れ合ってんじゃないよ、バカ」
と叱りつけ、ふたりして医務室を出て行ったという。イヤな予感がしたマクブライトはふたりの後を追ったが、満身創痍の体では間に合わず、トラマツがあたりをつけていたのだろうドアが開きっぱなしの部屋にたどり着いたときにはコブシ一家の姿は見当たらず、すでに金庫もすっからかんになっていたらしい。
「ここまで来て、コブシ一家に出し抜かれたのがいちばんムカつくよ」
「さすが、『泣く子も黙るコブシ一家』ですね」
「ヘンな言葉を覚えてんじゃないよ」
半ば呆れながら笑っていると、タイヤを乗せた台車を押して戻ってきたトキオが手伝いの兵士たちと共に交換作業を開始した。マクブライトはその様子を見ながらタバコを吹かし、ケガを理由に上手いことサボっている。そんな光景を見ているうち、ハナコはアリスとの別れが近いことを改めて感じた。
「なんなら、一緒に来る? よく考えたら、あんたがここにいる理由なんてないだろ」
ハナコはアリスに、前までなら絶対にしない提案をした。
「……わたしは、ここに残ります」
「それでいいの?」
「はい。わたしはいつかハナコさんみたいになりたいんです。でもハナコさんといつまでも一緒にいたら、わたしはずっとこのままだと思うんです。だから、ここに残ります」
「そうか。なんかよく分からないけど、あんたがそう決めたんなら、それでいいよ」
アリスの決意に納得し、ハナコは立ち上がって伸びをした。
「ご苦労だったな。コブシ一家のことはすまない」
見送りに来たムラトが頭を下げる。
「やめて、あんたみたいな大物にそんなことさせたら居心地が悪くてしょうがないよ。それにアイツらを警戒してなかったあたしも悪いし。それより、アリスをちゃんと守ってよ」
「ああ、約束する」
ムラトの目に、今度こそ娘を守り抜く決意が見える。
「ネエさん、準備ができました」
汗だくのトキオがやって来て、
「アリスちゃん、これでさよならだね。どうせなら一緒に来る?」
と、本気か冗談か、ハナコと同じ提案を口にする。
「残念。さっき、フラれたよ」
「え?」
間抜けヅラのトキオを笑い、ハナコはバッグを肩にかけた。
「じゃあな」
「はい」
アリスに改めて別れを告げて車まで行くと、すでに後部座席に乗り込んでいたマクブライトが窓から顔を出し、
「またいつでも遊びに来てくれよ!」
と、アリスに大きく手を振った。
「あんなところ、二度と戻りたくないだろ」
「まあでも、おれたちの街だからな。あそこには家がある」
「ふん」
バッグをマクブライトに放り投げて渡し、ハナコは助手席に乗り込んだ。遅れてやって来たトキオが荷物を放り込み、運転席に乗り込んでエンジンをかける。
「やっと仕事が終わったっていうのに、イヤな残業時間ができちゃいましたね」
「まあ、それが人生ってやつさ、トキオ君!」
「しかしまた、一億とはやられましたね」
「取り戻さなきゃ、ほんとの骨折り損だぜ、まったくよ」
男どもの下らない会話を聞きながら窓外に目をやると、駆けて来るアリスが見えた。
「ハナコさん。いつかまた会えますか?」
息を切らせながら訊くアリスに、
「ああ。あんたが大人になったら、バーボンの牛乳割りを奢ってやるよ」
と約束したハナコは、
「行くぞ」
と、顔を見られないようトキオの方に向けた。
湿っぽいのは、やっぱり苦手だ。
「出発します。じゃあね、アリスちゃん」
アリスに軽く手を振って、トキオが車を発進させる。
土煙を上げて走り出した車の後方で、手を振るアリスが小さくなってゆく。
「でもやっぱり、まさかまた九番に戻ることになるなんてね」
「金を取り戻したら、すぐ出て行けるじゃないっすか」
「どうだかね。今はどこでも同じなんじゃないかって気がしてる」
「二度と戻りたくないんじゃなかったか?」
からかうマクブライトに、
「まあでも、あたしたちの街だからね。あそこには家がある」
さっきの言葉をそのまま返して、ハナコは殺風景な荒野の景色に目を移した。
「雨が、降ってきましたね」
言って、トキオが右目を隠す黒革のアイパッチを掻く。
「なんの問題もないだろ? ただの雨だ」
「……そうですね、なんの問題もないです」
「ほら急げ、コブシ一家に逃げられちまうぞ!」
急かすハナコにこたえ、トキオがアクセルを踏み込んだ。
ハナコたち三人を乗せた車が、雨を切り裂き荒野を走る。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
これって、パラレってるの?
kiyin
SF
一人の女子高校生が朝ベットの上で起き掛けに謎のレバーを発見し、不思議な「ビジョン」を見る。
いくつかの「ビジョン」によって様々な「人生」を疑似体験することになる。
人生の「価値」って何?そもそも人生に「価値」は必要なの?
少女が行きついた最後のビジョンは「虚無」の世界だった。
この話はハッピーエンドなの?バッドエンドなの?
それは読み手のあなたが決めてください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる