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36:山頂

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 それからしばらく進むと、山の様相が変わり、あたりの樹々に、異常に背の高いものがちらほらと混じるようになった。その樹皮は灰色にくすみ、一見してそれが樹であるとはにわかに信じがたい。

 さらに近づいてよく見てみると、その内がわから、なにか低い音が響いているようだった。まさか樹がうなり声を上げているとは思えないが、それでもこの山ならば、なにが起きても不思議ではないのかもしれない。

「メタセコイアに似た樹だが、それにしては樹冠じゅかんが高すぎるな。ほかの樹よりも、頭ひとつぶん高いところにありやがる」

 マクブライトが樹に触れ、そして眉間にシワを寄せた。

「かすかに震えてやがる。ここは本当にバケモノの山なのかもな」

 本気か冗談か分からない口調で言い、ベルトにはめたホルダーからナイフを取りだしたマクブライトは、黒革張りのの尻を肩に押し当て固定し、その切っ先を使って樹皮の一部を器用に剥がし取った。

 そこには、明らかに人工物に思えるゴム製の黒い管が何本も見えた。

「なんですか、それ?」

 トキオが訊く。

だ」

 マクブライトはさも当然のごとく応えた。

「あのずっと上に、たくさん生えている葉っぱのような代物は、おそらく太陽光発電のための小型受光パネルだな」

 樹に似せた電信柱か、なるほど手が込んでいる。

「……ってことは、秘密研究施設は、もうすぐ近くにあるってことね」
「さすがに勘がいい奴だな」

 マクブライトが口の端を上げる。

「それにこれが動いているってことは、秘密研究施設にはまだ電気がいってるってことになるね。これはあたしたちにとっては、ありがたいことじゃない?」
「吉と出るか凶と出るかは、まだ分からないぞ」

 肩をすくめるマクブライト。

「今までも、なにが起こるか予想ができなかったらな」
「ああ」

 うなずくと、

「チチチ チチチ チチチ」

 と、クニオフィンチの変調した鳴き声が聞こえた。

 だがやはり、その姿はどこにも見えない。人懐こい鳥のはずなのに、とハナコはすこしだけ違和感を覚えた。

 それから偽のメタセコイアをたよりにしてさらに山道を登っていったが、一向に景色が変わる気配がない。もしかしたら道を間違えているのかと思い、ハナコは前を行くマクブライトに声をかけた。

「どうする、このまま登ってていいの?」
「たしかに、蝶が飛んでる場所なんて、どこにもありゃしないな」

 言って、マクブライトはかがみ込んで地面に目を凝らした。

「それよりこれを見ろ。なんだと思う?」

 おなじくかがみ込んだハナコは、地面にはっきりと残る動物の足跡を見つけた。

「なんの足跡?」
「こいつは……熊のものだな」
「く、熊ですか?」

 トキオが青ざめる。

「バケモノの正体って、この熊なの?」
「そこまでは分からんが、あの村の住人だってバカじゃないんだから、熊をバケモノと勘違いすることは、さすがにないだろうよ」
「まあね……でも出くわしたら最悪じゃないか?」
「いや、それは大丈夫だろう」

 立ち上がり、膝についた土を払い落とすマクブライト。

「夏場の山は滋味じみにあふれた餌が豊富だからな。そんな時期に、野生の熊が、わざわざ人前に姿を現すようなリスクは犯さんよ。奴らは本能で知っているのさ」
「なにを?」
がなによりも危険だってことをだよ」

 言って、マクブライトは煙草に火をつけた。

「まあ、いずれにしろ野生の獣は、煙草の臭いを極端に毛嫌いするから、こうしときゃ大丈夫だろ」

 紫煙を吐き、アイエンクソムシを手で払いながら何食わぬ顔で歩き出したマクブライトを追って、ハナコたちも再び山を登りはじめた。


◆◆◆


 それからさらに一時間ちかく歩き続けたが、〈蝶がいっぱい飛ぶ山道〉は一向に見当たらなかった。

 いつの間にかメタセコイアに似せた電信柱ばかりになっているというのに。

「本当にあるんですかね?」

 頼りない相棒に言われ、その不安が否が応でも伝播でんぱする。

「……そんなこと言っても、今さら戻れないぞ。とりあえず、山頂までは行くしかないよ」

 ため息をきつき、胸に湧いた不安を振り払うようにして、前を行くマクブライトの背中に視線を移すと、そのうなじに玉のような汗が噴き出ていた。

「……どうやら、最悪の展開みたいだぞ」

 振り向かないままに、マクブライトが呟いた。

「何があった?」

 少しだけ期待を込めたハナコの言葉が聞こえなかったのか、無言のままため息をついてマクブライトは山上を見つめた。

「何がなかった? だな、この場合」

 その視線の先は山頂。
 いつの間にか着いてしまっていたようだ。
 何も無い山頂に。

「そんな、何もないじゃないですか!」

 トキオが最後の気力を振り絞って叫んだ。

「まあ、人生なんてものは期待をすればするほど裏切られることばかりだが、まさか今ここで、その何度目かが訪れるとはな」
「クサイ台詞で浸ってる場合じゃない、戻るよ」

 すぐさま踵を返したハナコは、アリスに疲弊しきった顔で見上げられているのに気がついた。

「大丈夫か?」

 うなずき、もういちど深くうなずいたアリスもまた、踵を返して歩き出した。

「マクブライト、前に回れ!」

 ハナコの指示に従いマクブライトが先頭にまわり、一行はふたたび歩き出した。

「で、どうするんです?」

 トキオが言う。

「ないはずがないんだ。電柱だってあったしな。だから、電柱が現れはじめた場所まで戻って、そこから虱潰しらみつぶしにぐるりを探索しながら、またここまで戻って来るつもりだ。それで見つからなかったら、諦めよう」
「気の遠くなる話ですねえ……」
「それしか方法がないなら、そうするしかないだろ!」

 抑えこもうとは思っても、さすがに苛立ちは募る。だが誰かにこの怒りをぶつけることもできない。

 そもそも秘密研究施設へ行くことを決意したのはハナコだ。ほかのみんなはリーダーに従っただけに過ぎないし、レーダーマッキーも断定的な情報だとは言っていなかった……

 それでも、探すしかない。

 思い、木漏れ日に揺れる山道を、ハナコは苦々しく見つめた。
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