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四冊目
にじゅうよん•たいが
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階下から僅かに聞こえてくる物音にゆっくりと意識が浮上する。
時間を確認する為に携帯を取ると、そこには昨日小西から貰ったプリティーファッションなムク犬が待ち受け画面を飾っていた。
その可愛さに寝惚けていた意識が一気に覚醒する。はぁ~、可愛ええ。
今日の待ち受けは初日に着ていたロング丈の袖なしパーカー(イヌミミつきフード装着)のムク犬だ。ちょっと恥ずかしそうにカメラを見てるムク犬に癒やされる。
あ~、いいもん貰ったなぁ。小西が味方に付いてくれるなら、残りの合宿日でムク犬と二人きりになれるかも知れない。
事を性急に進めるつもりはなかったが九条の野郎が本気でくるつもりなら、避暑地にいる間に俺の気持ちを伝えてしまおうかと考えていた。
友達としてはもう充分に仲を深められたんじゃないかと思う。恋愛初心者であろうムク犬を怯えさせない為に、ゆっくりといくつもりだったがこのままじゃあ鳶に油揚げを掠われかねねぇ。
今日は一日料理をして過ごす予定のムク犬たちだが、その料理はストーカー共にも振る舞われる為しっかり連中はやって来やがる。
ただ別荘の中で過ごすため例のパートナー制は適応されない。だが小動物たちは一日料理をして過ごすらしいので二人きりになるのは難しいか…。
小西に協力して貰って何とか出来ねぇかなぁ。
と、色々思いを巡らせていたらすっかり目が覚めてしまったが朝食の時間にはまだ大分早い。何か名案が浮かぶかも知れねぇし、散歩にでも行くか。
階下に降りていくと足音を聞きつけたのかムク犬が顔を見せてきた。
「おはようっ!大雅くんっ」
元気な声と満面の笑顔。うちの嫁は今日もたいへん可愛い。
「おはよう、椋」
「ずいぶん早いんだね?ごめんね、朝食はまだ時間がかかりそうなんだ」
「いや、何だか目が覚めちゃったから散歩にでも行こうかと思って。今朝は皆でパンを焼くって言ってたけど上手くいってる?」
「うん!今は生地を休ませてるの。真央くんが分かり易く教えてくれるからみんな上手に出来てるよっ」
ニコニコと上機嫌で話すムク犬が愛らしい。
「そっか、小西の焼くパンはどれも美味しいから楽しみだね」
「…う、うん…。美味しく出来るように頑張るね…」
いってらっしゃい、と手を振るムク犬の笑顔に見送られて俺も上機嫌で別荘を出た。
しばらく歩くと木立が立ち並ぶ遊歩道が見えて来た。早朝のジョギングやランニングを楽しむ人の姿もチラホラと見える。俺も少し走ろうかとストレッチをしていると嫌な奴の姿が視界を遮った。
「おんや、早いねぇ。王子~」
俺に気付いた熊谷に掛けられた声を無視して走り出したが、相手は腐っても陸上部エース。あっさりと追い着かれてしまう。
「てめえこんな朝っぱらからストーカーかっ」
「やだなぁ、俺は動物探索してるだけ~。知ってる?この辺の木立って野生のリスが生息してるんだよ~」
「野生のリスだぁ?てめえ人間のシマリスだけじゃ飽き足らずに野生のリスまで飼い慣らそうとしてんのかっ」
「王子~。野生のリスは許可がないと飼えないよ~。それに順番が逆。俺がシマリスくんを気に入ってるのはあの子がうちの子に似てるからだよ~ん」
「はぁ?」
「動画見る?この子がシマ四郎でこっちがシマ五郎。可愛いでしょ~」
熊谷のヤツが携帯の動画を無理矢理見せてくる。
そこにはそれぞれのケージに収まった小さなシマリスがいた。
「シマ四郎はのんびり屋でシマ五郎は面倒くさがりなんだけど、ふたりとも餌のときだけは機敏に動くんだよねぇ」
「いや、全っ然興味ねぇんだけど」
「シマリスくんはシマ次郎に似てるんだよねぇ。元気がよくって好奇心旺盛でなかなか懐かなかったけど、段々甘えるようになってきたときは嬉しかったなぁ~」
もう死んじゃったけどね、そう寂し気に呟く熊谷にちょっと憐憫の情が湧きそうになったが、ヤツはしれっと問題発言をかましやがった。
「結構長生きしてくれたんだけどね。やっぱり寿命が違うってつらいよね~。その点、シマリスくんなら同じ時間を生きてくれるじゃない?だから絶対に飼いたいんだぁ」
「てめえな…!人間を飼うって表現はヤメロ!」
「え~、ソコ否定しちゃう?王子だって最初はむっくんを飼いたいって思ったりしてなかったぁ?」
…な!なんでそれを知ってやがるんだー?!
「だって王子、完全に愛玩動物を見る目でむっくんのこと見てたもん~。まっ、その目が段々と熱をおびてきたから落ちたな~って思ったけど~」
「てめえ…、いつから人のことストーキングしてやがる!」
「ちちち…、見ていたのは王子じゃなくてむっくんの方~。王子は勝手に視界に入ってきただけ~」
目の前で人差し指を振りながらまたとんでもねえ発言を熊谷がかます。
「結局ストーカーか…」
「ストーカーじゃないよぉ!無防備なむっくんを守っていたの」
ぷんすかと言いながら俺を睨む熊谷。ぷんすかって口で言うんか…。
「守るって…」
「王子だってうちの学校、可愛い子が狙われやすいってわかってるでしょ~。今はかいちょーやうーさんがバックについてるから安心だけど、かいちょーたちの目が届かないところは危なっかしいからね~」
うーさんって牛島のことか…?桜木が調理部に目を掛けてるのは知っていたが、牛島が調理部に出入りしていたのもそう言う背景があったのか。
「…なんでお前が椋を守ろうとするんだよ?」
「俺がむっくんを守りたいのは恩があるからだよ~」
「…恩?」
「シマ次郎が死んじゃってすっごく落ち込んでたときに、むっくんが温かくて美味しいご飯を食べさせてくれたんだぁ~」
なに餌付けしてんだムク犬ー!
「俺んちってネグレクトに近い放任主義で、家族で食卓を囲んだことなんてなくってさぁ。ガキん頃から家政婦さんが作ったメシ一人で食ってた。だから食事が美味しいもんだと感じたことなくってさぁ。でもむっくんが食べさせてくれたご飯はすっごく美味しかったんだよねぇ~」
前に一度、調理部で食事をしたときに幸せそうに食べていた熊谷が目に浮かんだ。一人で食う飯の味気なさは俺も知ってる、調理部で厄介になる度に食卓を囲む幸せを俺も感じていた。
「そんでもって、翌日シマ次郎にお供えしてねってヒマワリの種を持ってきてくれたんだぁ。やっぱりさぁ、自分がつらいときに優しくされたら嬉しいよねぇ」
死んじまったリスにお供えか、何ともムク犬らしいな。
「むっくんのおかげで、俺ずいぶん慰められたんだぁ。だからヘンな奴がむっくんにちょっかい掛けて来ないように見張ってんの~」
「…九条の野郎は近づけていいって訳か?ずいぶんと肩入れしてるようだしな」
「俺が九条に肩入れしてるってぇ?別にそーゆー訳でもないけんだどねぇ~。まぁ、つらいときに優しくされた者同士ってコトで、ちょーっとだけシンパシー感じてるってとこかな~」
「は?九条に共感…?」
「その辺の事情は本人から聞いてね~。俺は王子の敵じゃないし九条の味方でもないけど、むっくんを幸せにしてくれる方に付くって決めてるからぁ」
じゃあ、またあとでね~と、ヒラヒラと手を振って熊谷は帰って行った。
九条の野郎も熊谷同様ムク犬に餌付けされたクチなのか?それにしては何か含みがありそうな言い方だった気もするが…。
熊谷の避暑地襲来はどうやらシマリス目当てだったようだな。そして俺の敵でも味方でもないと言いながら、場を混ぜっかえすあの野郎は矢張り愉快犯めいて厄介な事この上ない。何にしてもあの熊にロックオンされた栗鼠には同情するぞ。
そんな事を考えながら俺は朝飯をより美味く食う為に走り出した。
時間を確認する為に携帯を取ると、そこには昨日小西から貰ったプリティーファッションなムク犬が待ち受け画面を飾っていた。
その可愛さに寝惚けていた意識が一気に覚醒する。はぁ~、可愛ええ。
今日の待ち受けは初日に着ていたロング丈の袖なしパーカー(イヌミミつきフード装着)のムク犬だ。ちょっと恥ずかしそうにカメラを見てるムク犬に癒やされる。
あ~、いいもん貰ったなぁ。小西が味方に付いてくれるなら、残りの合宿日でムク犬と二人きりになれるかも知れない。
事を性急に進めるつもりはなかったが九条の野郎が本気でくるつもりなら、避暑地にいる間に俺の気持ちを伝えてしまおうかと考えていた。
友達としてはもう充分に仲を深められたんじゃないかと思う。恋愛初心者であろうムク犬を怯えさせない為に、ゆっくりといくつもりだったがこのままじゃあ鳶に油揚げを掠われかねねぇ。
今日は一日料理をして過ごす予定のムク犬たちだが、その料理はストーカー共にも振る舞われる為しっかり連中はやって来やがる。
ただ別荘の中で過ごすため例のパートナー制は適応されない。だが小動物たちは一日料理をして過ごすらしいので二人きりになるのは難しいか…。
小西に協力して貰って何とか出来ねぇかなぁ。
と、色々思いを巡らせていたらすっかり目が覚めてしまったが朝食の時間にはまだ大分早い。何か名案が浮かぶかも知れねぇし、散歩にでも行くか。
階下に降りていくと足音を聞きつけたのかムク犬が顔を見せてきた。
「おはようっ!大雅くんっ」
元気な声と満面の笑顔。うちの嫁は今日もたいへん可愛い。
「おはよう、椋」
「ずいぶん早いんだね?ごめんね、朝食はまだ時間がかかりそうなんだ」
「いや、何だか目が覚めちゃったから散歩にでも行こうかと思って。今朝は皆でパンを焼くって言ってたけど上手くいってる?」
「うん!今は生地を休ませてるの。真央くんが分かり易く教えてくれるからみんな上手に出来てるよっ」
ニコニコと上機嫌で話すムク犬が愛らしい。
「そっか、小西の焼くパンはどれも美味しいから楽しみだね」
「…う、うん…。美味しく出来るように頑張るね…」
いってらっしゃい、と手を振るムク犬の笑顔に見送られて俺も上機嫌で別荘を出た。
しばらく歩くと木立が立ち並ぶ遊歩道が見えて来た。早朝のジョギングやランニングを楽しむ人の姿もチラホラと見える。俺も少し走ろうかとストレッチをしていると嫌な奴の姿が視界を遮った。
「おんや、早いねぇ。王子~」
俺に気付いた熊谷に掛けられた声を無視して走り出したが、相手は腐っても陸上部エース。あっさりと追い着かれてしまう。
「てめえこんな朝っぱらからストーカーかっ」
「やだなぁ、俺は動物探索してるだけ~。知ってる?この辺の木立って野生のリスが生息してるんだよ~」
「野生のリスだぁ?てめえ人間のシマリスだけじゃ飽き足らずに野生のリスまで飼い慣らそうとしてんのかっ」
「王子~。野生のリスは許可がないと飼えないよ~。それに順番が逆。俺がシマリスくんを気に入ってるのはあの子がうちの子に似てるからだよ~ん」
「はぁ?」
「動画見る?この子がシマ四郎でこっちがシマ五郎。可愛いでしょ~」
熊谷のヤツが携帯の動画を無理矢理見せてくる。
そこにはそれぞれのケージに収まった小さなシマリスがいた。
「シマ四郎はのんびり屋でシマ五郎は面倒くさがりなんだけど、ふたりとも餌のときだけは機敏に動くんだよねぇ」
「いや、全っ然興味ねぇんだけど」
「シマリスくんはシマ次郎に似てるんだよねぇ。元気がよくって好奇心旺盛でなかなか懐かなかったけど、段々甘えるようになってきたときは嬉しかったなぁ~」
もう死んじゃったけどね、そう寂し気に呟く熊谷にちょっと憐憫の情が湧きそうになったが、ヤツはしれっと問題発言をかましやがった。
「結構長生きしてくれたんだけどね。やっぱり寿命が違うってつらいよね~。その点、シマリスくんなら同じ時間を生きてくれるじゃない?だから絶対に飼いたいんだぁ」
「てめえな…!人間を飼うって表現はヤメロ!」
「え~、ソコ否定しちゃう?王子だって最初はむっくんを飼いたいって思ったりしてなかったぁ?」
…な!なんでそれを知ってやがるんだー?!
「だって王子、完全に愛玩動物を見る目でむっくんのこと見てたもん~。まっ、その目が段々と熱をおびてきたから落ちたな~って思ったけど~」
「てめえ…、いつから人のことストーキングしてやがる!」
「ちちち…、見ていたのは王子じゃなくてむっくんの方~。王子は勝手に視界に入ってきただけ~」
目の前で人差し指を振りながらまたとんでもねえ発言を熊谷がかます。
「結局ストーカーか…」
「ストーカーじゃないよぉ!無防備なむっくんを守っていたの」
ぷんすかと言いながら俺を睨む熊谷。ぷんすかって口で言うんか…。
「守るって…」
「王子だってうちの学校、可愛い子が狙われやすいってわかってるでしょ~。今はかいちょーやうーさんがバックについてるから安心だけど、かいちょーたちの目が届かないところは危なっかしいからね~」
うーさんって牛島のことか…?桜木が調理部に目を掛けてるのは知っていたが、牛島が調理部に出入りしていたのもそう言う背景があったのか。
「…なんでお前が椋を守ろうとするんだよ?」
「俺がむっくんを守りたいのは恩があるからだよ~」
「…恩?」
「シマ次郎が死んじゃってすっごく落ち込んでたときに、むっくんが温かくて美味しいご飯を食べさせてくれたんだぁ~」
なに餌付けしてんだムク犬ー!
「俺んちってネグレクトに近い放任主義で、家族で食卓を囲んだことなんてなくってさぁ。ガキん頃から家政婦さんが作ったメシ一人で食ってた。だから食事が美味しいもんだと感じたことなくってさぁ。でもむっくんが食べさせてくれたご飯はすっごく美味しかったんだよねぇ~」
前に一度、調理部で食事をしたときに幸せそうに食べていた熊谷が目に浮かんだ。一人で食う飯の味気なさは俺も知ってる、調理部で厄介になる度に食卓を囲む幸せを俺も感じていた。
「そんでもって、翌日シマ次郎にお供えしてねってヒマワリの種を持ってきてくれたんだぁ。やっぱりさぁ、自分がつらいときに優しくされたら嬉しいよねぇ」
死んじまったリスにお供えか、何ともムク犬らしいな。
「むっくんのおかげで、俺ずいぶん慰められたんだぁ。だからヘンな奴がむっくんにちょっかい掛けて来ないように見張ってんの~」
「…九条の野郎は近づけていいって訳か?ずいぶんと肩入れしてるようだしな」
「俺が九条に肩入れしてるってぇ?別にそーゆー訳でもないけんだどねぇ~。まぁ、つらいときに優しくされた者同士ってコトで、ちょーっとだけシンパシー感じてるってとこかな~」
「は?九条に共感…?」
「その辺の事情は本人から聞いてね~。俺は王子の敵じゃないし九条の味方でもないけど、むっくんを幸せにしてくれる方に付くって決めてるからぁ」
じゃあ、またあとでね~と、ヒラヒラと手を振って熊谷は帰って行った。
九条の野郎も熊谷同様ムク犬に餌付けされたクチなのか?それにしては何か含みがありそうな言い方だった気もするが…。
熊谷の避暑地襲来はどうやらシマリス目当てだったようだな。そして俺の敵でも味方でもないと言いながら、場を混ぜっかえすあの野郎は矢張り愉快犯めいて厄介な事この上ない。何にしてもあの熊にロックオンされた栗鼠には同情するぞ。
そんな事を考えながら俺は朝飯をより美味く食う為に走り出した。
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