冷徹社長の容赦ないご愛執

真蜜綺華

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日本語、通じてますよね。

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 コハダや鯛から始まった寿司のフルコースは、カウンターの段差にある黒漆器の盆に一貫一貫置かれていく。
 店内の柔らかな照明の下、鮮度が光度で表せそうなほど艶々なネタをじっくりと味わう。
 いつも佐織が食べさせてもらう並の一盛とは、格段に質が違うのは一目瞭然だった。
 特に途中に出されたイカの握りは、舌が肥えているであろう橘を唸らせた。
「イカって透明なんですね。初めて見ました」
 さっきまで水の中で泳いでいたイカを捌いたすぐは、シャリの上のワサビが透けて見えるほどの透明度だ。
「もう三十分もすれば白く白濁してくるので、この透明感は今この瞬間しか見られないんですよ」
 叔父はまるで我が子のように目を細めて自慢する。
 イカを頬張るなり「甘い!」とまんまと舌を巻いた橘に、似合わないウインクをして小声で囁いた。
「姪が世話になってる社長さんには、特別メニューです。普段はこうやって出さないんです」
「そうなんですね、ありがとうございます」
 叔父の寿司に満足そうな表情の彼にほっとしつつ、佐織もイカの握りに箸を伸ばした。
「そうだ、社長さん」
 コリコリとした食感の甘いイカに頬をとろけさせていると、叔父が橘にお茶のおかわりを出しながら切り出した。
「明後日の金曜、夜は予定がありますか?」
 叔父の唐突な言葉に、せっかく味わっていたイカをごくりと音を立てて飲み込んでしまった。
 佐織は慌てて明後日のスケジュール帳を頭の中でめくり、まさか、と焦る。
「今のところ、特には」
 首をかしげながらも橘はあっさりと返答をしてしまう。
 喉に詰まるシャリを、慌ててお茶で流し込む間にも、叔父は話を進めた。
「実は、うちの二階で月に一度、一見さんお断りの見世物をやっていまして」
「叔父さん!」
 苦しい喉元を叩きながら叔父の発言を止めようとするも、時すでに遅し。
「十名様限定なんですが、急に一件キャンセルが入りまして、席が空いているんですよ」
「へえ、なんの見世物を?」
 叔父の話に興味を引かれる橘は、佐織の制止など気にも留めなかった。
「イカの活き作りをお出しして、ちょっとした日舞の演目をやるんですがね。これがまた好評で……」
「叔父さんってば!」
 美味しい寿司の味も飛んでしまうほどの叔父の話に、思わず強めの声を上げると、周囲の客の目までも集めてしまった。
 すみません、と頭を下げ肩をすくめる佐織。
 狼狽える理由を知りもしない橘は、「ニチブ、ですか?」と叔父の話へ興味津々に耳を傾けた。
「日本舞踊、ご覧になったことはありますか?」
「いえ、なかなかそういう機会に恵まれないものですから」
「それなら、ちょうどいい。ぜひいらしてください」
 あああっ、と頭を抱えて悲観する佐織の横で、橘は見事に叔父に囲い込まれた。
「うちの姪が、日本の伝統芸能をお見せいたしますので」
「え?」
 にっこりと白い歯を見せて笑顔を向ける叔父から、佐織へと移ってくる視線。
 逃れられないそれから、せめてあと少しだけでも羞恥を緩和できないかとぎこちなく顔を逸らした。
「君が踊るのか」
 佐織の肩をわしっと掴む橘。
 もう逃げられないのだと諦めをつけ、羞恥の涙を浮かべて小さく頷いた。
 誰だって普段と違う自分の姿を晒すのは恥ずかしいものだ。
 特に仕事をしている姿しか知らない同僚、しかも直属の上司ならなおのこと。
「日本舞踊か……。それは興味深い。ぜひとも拝見させていただきたい」
 左側を見るのも勇気が要りそうなほど、恥ずかしさで顔が熱くなっているのがわかる。
「そんな大そうなものではないので……」
「そがん謙遜せんでよかー。この間なんて、大企業の会長さんが相手がいないならぜひ自分のところの嫁に来てくれって、息子さんの見合い写真まで持って来てくれたやなかね」
 消え入りそうな佐織の声を、胸を張って遮る叔父。恥ずかしさを通り越して血の気が引いていく。
 見合い話なんて受ける気はなかったけれど、恋人がいないと不可抗力で教えてしまった橘に、さらなる恥の上塗りだ。
 小さい頃から見てきた身内ならまだしも、社会人になってからの知り合いにプライベートを明け透けと晒すなんて、こんな羞恥は他にない。
「社長さんも、こいつの舞いを見てみれば、ただ機械みたいに通訳してるだけの外国かぶれの娘への見る目も変わりますよ」
 そんなふうに思ってたのかと、若干貶されたような気がしたけれど、それは身内が故の愛の言葉だ。
 叔父は佐織が留学するときも、少しも渋らず背中を押した。
 自分がそうだからか、やりたいことがあるなら貫き通せと言ってくれたのだ。
 そんな叔父が自慢する姪は、横から突き刺してくる視線の強さに恐る恐る横目を向ける。
 それこそ機械のようにギギと首を動かすと、案の定寿司を見るような瞳に捕まった。
「楽しみにしてる」
 わかってはいたのに、心臓は麗しの見目に当然のように弾ける。
 佐織の羞恥など気づきもせず、仕事に関しては冷徹な姿勢を見せる外国育ちの日本人社長は、日本人よりも日本の文化に馳せる興味が深いようだった。
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