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日本語、通じてますよね。

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 今まで食べたことのない上等なネタの数々で満腹になったあと、橘は支払いの一切を自身のカードで済ませようとした。
 「自分の分は出します」と言い張る佐織と、それを断固拒否するレディファーストの世界からの申し子。
 押し問答を開始せんとする二人を止めたのは、叔父だった。
「今日の分はいただきません。代わりと言ってはなんですが、今度はぜひ取引先の方との接待に使っていただければと思います。それと、ふつつかな姪ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
 カウンター越しにまるで親のような目をした叔父。
 なんだか妙な語弊を感じたけれど、二人とも素直に頭を下げるしかなかった。
 帰りはいつの間に呼んだのかわからないハイヤーが店の前に停まっていて、電車で帰るなどと言わせない無言の圧力に、佐織は再び黒塗りの車内へと押し込まれた。
「いい叔父さんだな」
「はい」
 満腹感も相まって、乗り心地抜群の揺れでうとうとしかけた佐織に、橘がしみじみと口にした。
「叔父は、私の留学を後押ししてくれたんです。たくさん援助もしてもらって、今でも、さっきみたいにご飯ご馳走してくれたり……本当に頭が上がらないんです」
「そうか。それなら尚更、個人的にもまた足を運ばせてもらおう」
「ありがとうございます」
 佐織を横目に捉える切れ長の瞳は、女性の胸を急かすのがとても得意なのだろう。
 自宅まで送り届けると言われ、ハイヤーに揺られること数十分。
 プライベートを少しだけ共有したからなのか、会社からの道のりよりも緊張感は大分薄れていた。
 眠気に襲われながら到着した自宅マンション前で、ぼうっとしていた佐織より先に颯爽と降り立った橘は、当然のように車のドアを開けてくれた。
「今日はご一緒させていただいて、ありがとうございました」
 夜に眠りかけている住宅街には浮いてしまう高級車から降りると、横付けされた歩道で恐縮しながら深く頭を下げた。
「こっちこそ、いい店を紹介してもらった」
「気に入っていただけて、よかったです。それでは」
 「お疲れさまでした」と目礼をすると、少しだけ目を細めた彼の視線に引き止められた。
「佐織」
 見つめる瞳に唐突に心臓を掴まれ、そのまま不意に呼びつけられた名前に、苦しくなるほど強く胸を叩かれた。
 ロングコートのポケットに両手を引っかけ、暗闇の中、外灯の明かりだけでも十分な存在感を醸す見目麗しき長身。
「これから、よろしく」
 今朝のおざなりな挨拶とはまったく違う〝よろしく〟に、彼の意外な一面その五をカウント。
 一緒に食事をしただけで、二歩も三歩も距離が縮まった気がする。
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
 向こうの国では、ファーストネームで呼ぶのが一般的だ。
 他意なく佐織を呼んだにすぎない。
 でも、ここは日本だ。
 日本という郷に入ってきた彼が、郷に従い日本語で話しをするから、それが特別な呼び方に聞こえてしまったじゃないか。
「じゃあな、お疲れ」
「お疲れさまでした!」
 眠気を吹き飛ばすほど、いちいち何を意識することがあるのかと姿勢を正して自分を諌める。
 彼は佐織が意識するほど、特別な意味合いを持たせたわけじゃない。
 そう思うのに、どきどきと鳴る胸の鼓動が、閉まるドアの音も掻き消すほど、夜に眠る住宅街に響いているようだった。
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