いつか世界が眠るまで

紫煙

文字の大きさ
上 下
9 / 43
一章

#9 ある不器用な騎士の物語4

しおりを挟む




「リードさん......。私は貴方を軽蔑します。まさか、世界に対して大々的に嘘をつき欺いていただなんて。《勇者》として恥ずかしくはないのですか?」

「違う! 断じて違う! 僕じゃない! 僕がそんな事をする訳ないじゃないか! 信じてよ!」

「元に、世界規模で証拠が残っていますけど。それでもまだ白しらを切るおつもりですか?」


 とても冷ややかな視線を受けてリードは狼狽える。どうにかマリーに信じて貰おうと必死である。


「本当に違うんだってば! あれは周りの人達が勝手に増長して勝手に美化した幻想そのものなんだ! 僕の顔が余りにも普通過ぎて《勇者》向きじゃないだの、《勇者》としての威厳や風格とか色々な要素が足りてないとか本当に勝手な事ばかり言ってさぁ!」

「成る程。他の人達のせいにする訳ですね? その《勇者》に対するコンプレックスを隠す為に。ああ、何て嘆かわしい。私が憧れた本物の《勇者》様がまさかそんな人だなんて......。しかし、これで納得がいきました。何故《勇者》と瓜二つ、延いては本人です。そのリードさんが周囲からこんなにも普通に対応されて何の騒動にもなっていないのかを」


 最早涙目である。ベッドにしなだれ、さめざめと悲しむ《フリ》をするマリーを見やり、ふとリードは短くため息を漏らす。


「......ひょっとして、分かってやっているね? 別にあの銅像に関しては自覚してるからいいけどさ。全く、初めて会った頃の君はもっとお嬢様然としていた筈だけど? いつの間にそんなお転婆な子になったんだい?」

「ふふふっ、ごめんなさい。少しだけ楽しくなってしまって。けど、はい。その通りです。私はつい最近まで《行儀が良く物分かりの良いか弱いお嬢様》を演じてきました。けれど、この旅をするに当たってそれを止めてしまおうかと思いまして。それに、今の私はマリーです。《マリーベルン·クラインハート》は既に亡くなりました」


 ぺろりと舌を出し、悪びれた様子のマリーを見やり首を小さく振りながらため息を落とす。


「やれやれ、じゃあそれが本当の君なのかな? なかなかいい性格してるよ全く。でも、僕はそっちの方が似合ってると思うけどね。いいじゃないか、年相応に見えるよ。やんちゃ盛りの少女みたいでさ」

「あっ、今馬鹿にしましたね? しましたよね? そんな事をする《偽勇者》様には此処に泊まる間だけ私のお父様......いえ、パパになって貰います」

「な、何て事を......! そんな事をすれば僕がどんな目で見られるか分かったものじゃない! 止めるんだ、今ならまだ間に合う。思い直してくれマリーちゃん」

「あら、マリーと呼んで下さいな。パ・パ」

「よせ、本当に止めてくれ! 社会的に僕を殺す気か君は! 幾らでも謝るから考え直してくれ!」


 涙目になりながら懇願するリードを横目に見て、マリーは思うのである。


 ーーリードさんは、生前きっと奥様方に良い様にされていたに違いない。
 だって、こんなに優しくて良い人が寧ろそうされていない筈がないーー


 と、未だに懇願する威厳も風格もない《勇者》様をとても楽しそうに眺めるのであった......。 




◆◇◆◇◆◇◆




「で、この王都の中にいる筈の《英霊》となりえる資質を持つ魂は何処にいるんだい?」

「それが、この王都に居る事は確実なのですが......。いまいち魂の反応が弱いというか鈍いと言うか。それに、この王都には人が多すぎて正確な位置までは」

「成る程ね。という事は、暫くこの王都に止まる事になりそうかな。うん、丁度良いじゃないか。深窓の佳人であるマリーちゃんの為に社会勉強を含め色々と見て回ろうか」


 漸く腰を落ち着けて何処か疲労困憊なリードは今後の話を詰めていく。
 確かに二人は既に故人で、時間という枠組みから外れた過去の存在だ。しかし、この地に居るであろう《英霊》となりえる資質を持つ者は今も有限の時間を謳歌しているのだ。
 余りにのんびりとしていると目的を果たせなくなってしまう。そんな事は本末転倒である。


「深窓の佳人という部分に多少棘を感じますが、まぁいいでしょう。ある程度近くにいたなら分かる筈なのですが、ここまで人が多いと流石に。リードさんは何か感じたりはしないのですか? 例えば、この王都が輝いて見えたり......ああ、いえ、物理的な意味でですよ? それに、その人を見ているだけで身体が温かくなってくる様な。そんな感覚です」

「うーん......。残念ながらそういった感覚は僕にはないかな。それにほら、僕は《選ばれる側》の人だった訳でさ。《選ぶ側》の主神様やマリーちゃんとは根本的に違うんだと思うよ。やっぱり見付けて《導いて》あげる役目はマリーちゃんなんだよ」


 何処と無く納得のいっていない。そんなじと目でマリーに見られるリードはばつが悪そうに乾いた笑い声を漏らす。


「そんな顔をしないでよ。あくまで僕はマリーちゃんの護衛に過ぎないんだよ。マリーちゃんが対処出来ない様な物理的な危険や悪意からね。大丈夫、僕が絶対に守り抜いてみせるよ。だからマリーちゃんは安心して事に当たってくれ」


 強く意思の籠る瞳を真っ直ぐに向け、清々しく笑いかけるリード。

 そんな絶対的な安心感と温かく包み込むような包容力を孕む眼差しを受け、マリーはほんのりと熱くなった顔を隠す為に慌ててリードから視線を反らすのだった。


 ーーああ、やはりこの人は天性の《ひとたらし》だ。だから沢山の人達から愛され、奥さんが沢山いたんだろうーー。


 そんな事を思いながら、照れ隠しの為に再び枕に埋まるのであった。

 再び始まった二度目の生と、主神よりの享受を実感しつつ《英霊》となりえる資質を持つ魂をその身に宿すであろう人物像をとても楽しげに思い浮かべるのであった......。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...