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第五章 復讐その四 アルグレア王国と神の眷属 後編
船上にて
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■ライラ=カートレット視点
「…………………………」
ベルネクス王国へ向かう、船のデッキ。
私は一人、真っ暗な夜の海を眺めていた。
◇
“ア=ズライグ”を倒した後、ブラムスの街は一時の平穏を取り戻した。
とはいえ、“神の眷属”による被害は甚大で、その復興には数年単位の時間が掛かりそうだった。
“ア=ズライグ”を倒したことでたちまちの脅威は去ったが、それでも、グロウスター卿からはベルネクス王国へと行くように依頼された。
グロウスター卿曰く、まだ安心できないとのことだ。
『王国に伝わるアイザック王の伝説では、“ア=ズライグ”のほかにも“ベヘ=モト”という別の“神の眷属”が存在していてね……同様に封印が解かれていてもおかしくはないんだよ……』
溜息を吐きながら、グロウスター卿がかぶりを振ってそう話す姿が印象的だった。
とはいえ、“ベヘ=モト”の存在は既にソフィアから聞かされていたので、驚きはなかったけど。
だけど、“神の眷属”に対抗しうるのが私達しかいない以上、私達がベネルクス王国へと旅立った後に“ベヘ=モト”が現れた時点でこの王国は今度こそ終わる。
それに……あの『天国への階段』から現れた、無数の“神の眷属”達。
あの穴を“神の眷属”が埋め尽くしてしまったら、いよいよ蓋をしている地下水路では“神の眷属”が地上に現れることを阻止することはできないだろう。
そのこともグロウスター卿に伝えると、すぐさま側近の一人に指示を出していた。
後で聞いた話だと、ブラムスの街の兵士達を派遣すると共に、各領主に全兵士をアイザックの街に派遣するよう指示したとのことだ。
だけど……その兵士達は、全員アイサックの街の土に還ることになるだろう。
それ程、“神の眷属”という存在は圧倒的だったのだから。
そして、グロウスター卿は改めて私達がベネルクス王国へ行くための船団を僅か三日で再編成し、私達はアルグレア王国を後にしたのだ。
グロウスター卿は、結局そのままブラムスの街に残ったままだ。
彼には彼の、王国やあの街に対する想いなどもあるのだろう。ソフィアは一緒にベネルクス王国へ行くよう誘ったが、グロウスター卿は苦笑しながらかぶりを振るばかりだった。
このアルグレア王国に全てを奪われた私だから、グロウスター卿がこの国に殉じようが知ったことではないが、それでも彼の王国への想いは、せめて記憶の端にでも留めておくことにしよう。
「……お嬢様、こちらでしたか」
すると、ハンナに後ろから声を掛けられ、私は振り向いた。
「ハンナ……両手はもう、大丈夫ですか……?」
「はい……あの[聖女]のお陰で……」
少し寂し気な表情を浮かべながら、ハンナが自身の両腕を見つめる。
「それで……アデル様、は……?」
「……………………(ふるふる)」
私の問い掛けに、ハンナは無言でかぶりを振った。
……私達が“神の眷属”である“ア=ズライグ”を倒して以降、アデル様は目を覚まされていない。
同じくこの船に乗る[聖女]、ソフィアが毎日【神の癒し】をかけ続けているため、アデル様の身体は既に癒えた。
でも……。
「……ソフィア様が言うには、アデル様の魂はもう肉体にはないのではないか、と……」
「っ! あなたはそんな世迷言を信じているのですかっ!」
ハンナの言葉に、私は思わず声を荒げた。
「まさかっ! この私が信じる訳がございません! アデル様は……アデル様は、いつだって私達の元に戻ってこられたではありませんかっ!」
右手で胸を押さえ、ハンナが必死で叫ぶ。
そんなことはないと、無理やり自分に言い聞かせるように。
「そうです! アデル様が私達を置いてこの世から去るなどあり得ません! アデル様は……アデル様は……っ!」
そう、アデル様が私達を置いて行く訳がない。
だって……アデル様は、この私に『永遠に共にありたい』って仰ってくださったのだから。
だから。
「……妻である私達は、ただ待てばよいのです。夫となる、アデル様のお帰りを……」
「はい……!」
そう言うと、私は頷くハンナと共に暗闇の中輝く月を眺める。
アデル様……私とハンナは、いつまでもあなたの帰りをお待ちしております……。
「…………………………」
ベルネクス王国へ向かう、船のデッキ。
私は一人、真っ暗な夜の海を眺めていた。
◇
“ア=ズライグ”を倒した後、ブラムスの街は一時の平穏を取り戻した。
とはいえ、“神の眷属”による被害は甚大で、その復興には数年単位の時間が掛かりそうだった。
“ア=ズライグ”を倒したことでたちまちの脅威は去ったが、それでも、グロウスター卿からはベルネクス王国へと行くように依頼された。
グロウスター卿曰く、まだ安心できないとのことだ。
『王国に伝わるアイザック王の伝説では、“ア=ズライグ”のほかにも“ベヘ=モト”という別の“神の眷属”が存在していてね……同様に封印が解かれていてもおかしくはないんだよ……』
溜息を吐きながら、グロウスター卿がかぶりを振ってそう話す姿が印象的だった。
とはいえ、“ベヘ=モト”の存在は既にソフィアから聞かされていたので、驚きはなかったけど。
だけど、“神の眷属”に対抗しうるのが私達しかいない以上、私達がベネルクス王国へと旅立った後に“ベヘ=モト”が現れた時点でこの王国は今度こそ終わる。
それに……あの『天国への階段』から現れた、無数の“神の眷属”達。
あの穴を“神の眷属”が埋め尽くしてしまったら、いよいよ蓋をしている地下水路では“神の眷属”が地上に現れることを阻止することはできないだろう。
そのこともグロウスター卿に伝えると、すぐさま側近の一人に指示を出していた。
後で聞いた話だと、ブラムスの街の兵士達を派遣すると共に、各領主に全兵士をアイザックの街に派遣するよう指示したとのことだ。
だけど……その兵士達は、全員アイサックの街の土に還ることになるだろう。
それ程、“神の眷属”という存在は圧倒的だったのだから。
そして、グロウスター卿は改めて私達がベネルクス王国へ行くための船団を僅か三日で再編成し、私達はアルグレア王国を後にしたのだ。
グロウスター卿は、結局そのままブラムスの街に残ったままだ。
彼には彼の、王国やあの街に対する想いなどもあるのだろう。ソフィアは一緒にベネルクス王国へ行くよう誘ったが、グロウスター卿は苦笑しながらかぶりを振るばかりだった。
このアルグレア王国に全てを奪われた私だから、グロウスター卿がこの国に殉じようが知ったことではないが、それでも彼の王国への想いは、せめて記憶の端にでも留めておくことにしよう。
「……お嬢様、こちらでしたか」
すると、ハンナに後ろから声を掛けられ、私は振り向いた。
「ハンナ……両手はもう、大丈夫ですか……?」
「はい……あの[聖女]のお陰で……」
少し寂し気な表情を浮かべながら、ハンナが自身の両腕を見つめる。
「それで……アデル様、は……?」
「……………………(ふるふる)」
私の問い掛けに、ハンナは無言でかぶりを振った。
……私達が“神の眷属”である“ア=ズライグ”を倒して以降、アデル様は目を覚まされていない。
同じくこの船に乗る[聖女]、ソフィアが毎日【神の癒し】をかけ続けているため、アデル様の身体は既に癒えた。
でも……。
「……ソフィア様が言うには、アデル様の魂はもう肉体にはないのではないか、と……」
「っ! あなたはそんな世迷言を信じているのですかっ!」
ハンナの言葉に、私は思わず声を荒げた。
「まさかっ! この私が信じる訳がございません! アデル様は……アデル様は、いつだって私達の元に戻ってこられたではありませんかっ!」
右手で胸を押さえ、ハンナが必死で叫ぶ。
そんなことはないと、無理やり自分に言い聞かせるように。
「そうです! アデル様が私達を置いてこの世から去るなどあり得ません! アデル様は……アデル様は……っ!」
そう、アデル様が私達を置いて行く訳がない。
だって……アデル様は、この私に『永遠に共にありたい』って仰ってくださったのだから。
だから。
「……妻である私達は、ただ待てばよいのです。夫となる、アデル様のお帰りを……」
「はい……!」
そう言うと、私は頷くハンナと共に暗闇の中輝く月を眺める。
アデル様……私とハンナは、いつまでもあなたの帰りをお待ちしております……。
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