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第五章 復讐その四 アルグレア王国と神の眷属 後編
尻ぬぐい
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■オリバー=グロウスター視点
——チリン。
私は手元にあったベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか、お館様」
すると、ベルの音を聞きつけた執事長が駆けつけた。
「ああ、すまないね。荷物の整理がどうなっているか気になってさ」
「はい。必要な物は全て荷造りが完了しております。また、ベルネクス王国行きの船の手配も済んでおります」
「そうか。ありがとう」
「いえ」
そう短く返事をすると、執事長はまた持ち場へと戻って行った。
「ふう……ちゃんとリスクヘッジは大事だからね……」
三日前に報告のあった、“神の眷属”の復活。
そして、陛下から聞かされた聖剣“カレトヴルッフ”の所在とその野望。
これから王国は、“神の眷属”を従えて大陸に打って出ることとなる。
もちろん、最初の標的となるのは宿敵“カロリング皇国”だ。
「そのための準備も、もちろんしてはいるけど、ね……」
いつでも海を渡れるよう、先にブラムスに戻って来た私は、海軍の編成を急いだ。
また、“神の眷属”を従えるため、今回は国王陛下が直接指揮を執られることとなる。
だけど……私の中で一抹の不安がよぎった。
もし、“神の眷属”が陛下に従属しなかったら……と。
陛下やアーガイル卿は既に戦勝気分で、早速皮算用を始めているが、私は違う。
そもそも、もし“神の眷属”が陛下に従属しているのであれば、わざわざリューズの街など破壊せずに、すぐにでも陛下の元へ馳せ参じている筈なのだから。
「……まあ、まだどちらに転ぶのか分からないけどねえ」
そう。不確定要素が大きい今の状況下で、宰相たる私は次善の策を講じておかなければならない。
それは、万が一“神の眷属”が陛下に従わず、このアルグレア王国全土を混乱の渦に巻き込むような事態に陥ってしまった場合、だ。
「その時は陛下には悪いですが、次の方々に頑張っていただくほかありませんからねえ」
私は顎をさすりながら窓から青空を眺め、海を渡った先、ベルネクス王国にいらっしゃる二人の後継者候補を思い浮かべる。
アルグレア王国の王太子、“エリオット=フォン=アルグレア”殿下、そしてその妹君であらせられる“エリザ=フォン=アルグレア”第一王女殿下。
はっきり言ってしまえば、王としての資質は陛下よりもこの二人のほうが遥かに上だ。
“神の眷属”によりこの王国が混乱を極めたとしても、あの二人さえいればまだ立て直しは可能。
それに、エリオット殿下はベルネクス王国の第一王女と婚約されており、かの国の援助を取り付けることも容易い。
そこへ、エリザ殿下も他国に輿入れをしてさらに関係を強固にできれば……。
「はあ……本当なら、今頃楽隠居していた筈なんですけどねえ……」
とはいえ、このような事態を招いたのには、この私にも責任があると言わざるを得ないですからね……。
カベンディッシュ卿みたいな若造に陛下のお守りを任せなければ、陛下の野心を見抜けたんですから。
「まあ……私が今すべきことは、できる限り王国の資産をベネルクス王国へと運び出して、二人の殿下と共に再起を図れるように段取りをしておくことですから」
それが済んだら、私は宰相としての責任を取らないといけない。
この、命をもって。
「はあ……やれやれ」
私は溜息を吐いてかぶりを振ると、また準備へと戻った。
◇
「……そうですか」
次の日、ボロボロの姿で王都からやって来た騎士の報告を受け、私は天井を仰ぎながら呟いた。
やはり……“神の眷属”は陛下に従いませんでしたか……。
「とにかく、ご苦労だった。ゆっくり休むとよい」
「ハッ!」
騎士を下がらせ、私は思案する。
こうなっては、一刻も早くベネルクス王国へと船団を派遣し、二人の殿下と合流を果たさねば……。
だが、私はこの国に殉じると決めた。
せめて、その最後の時まで“神の眷属”に抗ってみせねば。
「失礼いたします」
「……どうした?」
「はい。こちらを……」
執事長から羊皮紙を手渡され、それに目を通す。
その内容は、[聖女]であるソフィア=アルベルティーニが従者一人を伴って港にやって来たというものだった。
そして、この街の教会の[聖騎士]達に連れていかれたらしい。
さらに……カロリング皇国行きの乗船名簿に、ライラ=カートレット伯爵の名前があったとのことだ。
「……そうですか。でしたら、こちらの皆さんをお招きしませんと、ね」
[聖女]をうまく取り込めば、ひょっとしたらファルマ聖法国の協力を仰げるかもしれない。
特に[聖女]の『天国への階段』への調査が起因して“神の眷属”の封印が解けたのだと、その責任問題を盾に交渉すれば……。
カートレット卿については……『天使への階段』を守護する一族の末裔という体で、私の代わりに二人の殿下に報告に向かってもらうとしよう。
それに、『天国への階段』の調査が縁で、[聖女]との面識もある。使者としてうってつけだろう。
いや、違う。
これは贖罪、だな……。
愚かな王と浅はかな前宰相達が行った、カートレット卿への仕打ちに対する罪滅ぼしとして。
「ハハ……何を言ってるんだろうねえ、今さら……」
私は苦笑しながらかぶりを振る。
カートレット卿が、私を……いや、王国を許すなどあり得ないのに。
だが。
「はあ……まあ、損な役回りをするのが、宰相の役目だしねえ……」
そう呟くと、私は執事長を呼んで今夜の晩餐の準備と、彼女達を招待するよう指示した。
——チリン。
私は手元にあったベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか、お館様」
すると、ベルの音を聞きつけた執事長が駆けつけた。
「ああ、すまないね。荷物の整理がどうなっているか気になってさ」
「はい。必要な物は全て荷造りが完了しております。また、ベルネクス王国行きの船の手配も済んでおります」
「そうか。ありがとう」
「いえ」
そう短く返事をすると、執事長はまた持ち場へと戻って行った。
「ふう……ちゃんとリスクヘッジは大事だからね……」
三日前に報告のあった、“神の眷属”の復活。
そして、陛下から聞かされた聖剣“カレトヴルッフ”の所在とその野望。
これから王国は、“神の眷属”を従えて大陸に打って出ることとなる。
もちろん、最初の標的となるのは宿敵“カロリング皇国”だ。
「そのための準備も、もちろんしてはいるけど、ね……」
いつでも海を渡れるよう、先にブラムスに戻って来た私は、海軍の編成を急いだ。
また、“神の眷属”を従えるため、今回は国王陛下が直接指揮を執られることとなる。
だけど……私の中で一抹の不安がよぎった。
もし、“神の眷属”が陛下に従属しなかったら……と。
陛下やアーガイル卿は既に戦勝気分で、早速皮算用を始めているが、私は違う。
そもそも、もし“神の眷属”が陛下に従属しているのであれば、わざわざリューズの街など破壊せずに、すぐにでも陛下の元へ馳せ参じている筈なのだから。
「……まあ、まだどちらに転ぶのか分からないけどねえ」
そう。不確定要素が大きい今の状況下で、宰相たる私は次善の策を講じておかなければならない。
それは、万が一“神の眷属”が陛下に従わず、このアルグレア王国全土を混乱の渦に巻き込むような事態に陥ってしまった場合、だ。
「その時は陛下には悪いですが、次の方々に頑張っていただくほかありませんからねえ」
私は顎をさすりながら窓から青空を眺め、海を渡った先、ベルネクス王国にいらっしゃる二人の後継者候補を思い浮かべる。
アルグレア王国の王太子、“エリオット=フォン=アルグレア”殿下、そしてその妹君であらせられる“エリザ=フォン=アルグレア”第一王女殿下。
はっきり言ってしまえば、王としての資質は陛下よりもこの二人のほうが遥かに上だ。
“神の眷属”によりこの王国が混乱を極めたとしても、あの二人さえいればまだ立て直しは可能。
それに、エリオット殿下はベルネクス王国の第一王女と婚約されており、かの国の援助を取り付けることも容易い。
そこへ、エリザ殿下も他国に輿入れをしてさらに関係を強固にできれば……。
「はあ……本当なら、今頃楽隠居していた筈なんですけどねえ……」
とはいえ、このような事態を招いたのには、この私にも責任があると言わざるを得ないですからね……。
カベンディッシュ卿みたいな若造に陛下のお守りを任せなければ、陛下の野心を見抜けたんですから。
「まあ……私が今すべきことは、できる限り王国の資産をベネルクス王国へと運び出して、二人の殿下と共に再起を図れるように段取りをしておくことですから」
それが済んだら、私は宰相としての責任を取らないといけない。
この、命をもって。
「はあ……やれやれ」
私は溜息を吐いてかぶりを振ると、また準備へと戻った。
◇
「……そうですか」
次の日、ボロボロの姿で王都からやって来た騎士の報告を受け、私は天井を仰ぎながら呟いた。
やはり……“神の眷属”は陛下に従いませんでしたか……。
「とにかく、ご苦労だった。ゆっくり休むとよい」
「ハッ!」
騎士を下がらせ、私は思案する。
こうなっては、一刻も早くベネルクス王国へと船団を派遣し、二人の殿下と合流を果たさねば……。
だが、私はこの国に殉じると決めた。
せめて、その最後の時まで“神の眷属”に抗ってみせねば。
「失礼いたします」
「……どうした?」
「はい。こちらを……」
執事長から羊皮紙を手渡され、それに目を通す。
その内容は、[聖女]であるソフィア=アルベルティーニが従者一人を伴って港にやって来たというものだった。
そして、この街の教会の[聖騎士]達に連れていかれたらしい。
さらに……カロリング皇国行きの乗船名簿に、ライラ=カートレット伯爵の名前があったとのことだ。
「……そうですか。でしたら、こちらの皆さんをお招きしませんと、ね」
[聖女]をうまく取り込めば、ひょっとしたらファルマ聖法国の協力を仰げるかもしれない。
特に[聖女]の『天国への階段』への調査が起因して“神の眷属”の封印が解けたのだと、その責任問題を盾に交渉すれば……。
カートレット卿については……『天使への階段』を守護する一族の末裔という体で、私の代わりに二人の殿下に報告に向かってもらうとしよう。
それに、『天国への階段』の調査が縁で、[聖女]との面識もある。使者としてうってつけだろう。
いや、違う。
これは贖罪、だな……。
愚かな王と浅はかな前宰相達が行った、カートレット卿への仕打ちに対する罪滅ぼしとして。
「ハハ……何を言ってるんだろうねえ、今さら……」
私は苦笑しながらかぶりを振る。
カートレット卿が、私を……いや、王国を許すなどあり得ないのに。
だが。
「はあ……まあ、損な役回りをするのが、宰相の役目だしねえ……」
そう呟くと、私は執事長を呼んで今夜の晩餐の準備と、彼女達を招待するよう指示した。
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