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第五章 復讐その四 アルグレア王国と神の眷属 後編
愚王の勝算
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■エドガー=フォン=アルグレア視点
「……“レッドキャップ”からの報告は?」
余は傍におった侍従の一人に尋ねる。
「ハッ、あれ以降、まだ連絡はありません」
「そうか……」
余直属の暗部、“レッドキャップ”から十日前に『天国への階段』を発見、潜入を開始したとの報を受けて以降、消息が途絶えた。
それまでは日々定期報告があったのに、だ。
つまり。
「……[聖女]に気づかれ、始末されたか……」
あの[聖女]にそれ程の戦闘能力があるとは思えん。となると……あの女が雇ったという冒険者が相当手練れであった、ということか……?
「ですが、あの“レッドキャップ”がそう易々と……ヒッ!?」
侍従が余に声を掛けようとして、その顔が恐怖で引きつった。
フフ……まあ、今の余の顔はそれ程までに醜いということであろう。
“レッドキャップ”は、この王国に伝わる秘術によって生み出した存在。
そもそもゴブリンは多種族の女を苗床として繁殖する習性があるが、その場合、生まれてくる者は全てゴブリンとなる。
だが、王家にのみ伝わる、アイザック王が遺した書物に記されている秘術を用いれば、ゴブリンとしての種族の本能に支配されず、ニンゲンの理性を持ったままゴブリンとしての能力を有することが可能となる。
といっても、所詮はゴブリンであるので、ニンゲンに毛の生えた程度の能力の上昇しか期待はできんがな。
では何故そのようなことをしてまで“レッドキャップ”を生み出したかというと、その習性にある。
ゴブリンは、長である存在に絶対の忠誠を誓う。
それが、死ねという命令であったとしても。
また、ゴブリンは個の能力は大したことはないが、集団での戦闘には目をみはるものがある。
これも、魔物の中では弱い存在であるからこその本能なのであろうが。
つまり……どんな無理難題であったとしても、遂行するという選択肢以外を思考しないゴブリンの習性は、まさにうってつけであるのだ。
とはいえ。
「……何故アイザック王がこんなことを知っていたのか、また、こんな記録を残しているのかは分からんがな」
まあ、一介の村人に過ぎなかった男が、一代にしてアルビオニア島全土を統一したのだ。当然闇も抱えていた、ということであろう。
[英雄]である王たるもの、そうでなくてはな。
「失礼します」
その時、別の侍従が部屋に入ってきた。
「アーガイル卿、グロウスター卿のお二人が陛下に面会を求めております」
「そうか。謁見の間に通せ」
「ハッ」
侍従は恭しく一礼すると、部屋を出て行った。
「さて……二人は一体何のようかな?」
余は椅子から腰を上げると、謁見の間へと足を運んだ。
◇
「「国王陛下に拝謁し、恐悦至極に存じます」」
「堅苦しい挨拶はよい。それで、今日はどういった用件なのだ?」
「「ハッ……」」
すると、二人が困惑した表情で顔を見合わせる。
「? どうしたというのだ?」
「ハッ……実は……」
グロウスター卿が、緊張した面持ちで説明を始める。
というのも、卿の話す内容があまりにも滑稽で、あり得ないものであるのだから。
なにせ、卿の口から出てきた内容……それは。
「……十日程前、アルビオニア島北部の“マクドゥイル山”から、巨大な“紅い竜”が飛び立った……とのことです」
「“紅い竜”だと!?」
グロウスター卿の言葉に、余は思わず立ち上がる。
何故なら。
「まさか……伝承にある、“ア=ズライグ”だというのか……っ!?」
アイザック王に従い“レグネセス王国”を滅ぼした伝説の“神の眷属”が一柱、紅き竜“ア=ズライグ”。
それが今の世に突然現れた。
だが、それを意味するところはつまり……。
「とうとう、『天国への階段』の扉が開いた、ということか……」
それが“レッドキャップ”によるものなのか、それとも[聖女]の仕業なのかは分からん。
だが、『天国への階段』の扉が開いたからこそ、“ア=ズライグ”が降臨したと考えれば、全てつじつまが合う。
「フ……フフ……」
「……陛下?」
余が思わず笑みを零すと、アーガイル卿が心配そうに声を掛けた。
「いよいよだ……いよいよ、この余が世界に覇を唱える時がきたのだ!」
「おお! では、あの紅き竜はやはり……!」
「うむ、そうであるに違いない! それで、紅き竜はどこへ向かったのだ?」
「ハッ! “マクドゥイル山”から真っ直ぐ南を目指して飛び去ったとのことです!」
「おお……やはり……!」
つまり、“ア=ズライグ”はこの王都又は『天国への階段』を目指しているということだ。
真の主を求めて。
「ウハハハハ! これであの憎き“カロリング皇国”を滅ぼすことができますな!」
「何を言うアーガイル卿、滅ぼすのは全てだ!」
高らかに笑うアーガイル卿の言葉を、余は訂正した。
その時。
「た、大変です!」
突然、外に控えていた近衛兵の一人が謁見の間に飛び込んできた。
「貴様! 無礼であるぞ!」
アーガイル卿が一喝する。
だが、息を切らしたその近衛兵は、そんなアーガイル卿の恫喝が耳に入っていないらしく、混乱した様子でそのまま跪いた。
「リ……“リューズ”の街が壊滅いたしましたっ!」
「「「な、何だと!?」」」
余とアーガイル卿、グロウスター卿が揃って驚きの声を上げる。
「ど、どういうことだ!?」
「ハ、ハッ! “リューズ”の街に突然“紅い竜”が飛来し、全てを破壊しつくしていったとのことです!」
「ぬう……!」
近衛兵の報告にアーガイル卿が唸る。
「そ、それで、それはいつのことですか?」
「そ、それが……」
「早く申せ」
「ハ、ハッ! 三日前とのことです!」
「「「三日前!?」」」
その言葉に、また余達三人が声を上げた。
“ア=ズライグ”が“マクドゥイル山”から飛び立ったのを目撃されたのが十日前、そして、“リューズ”の街が壊滅させられたのが三日前。
つまり……。
「……あと四日程で、“ア=ズライグ”はこの王都に到着する計算ですね」
グロウスター卿が冷静にそう告げる。
だが、その瞳は明らかに泳いでいた。
だが。
「……心配せずともよい」
「「陛下?」」
余は静かに目を閉じる。
そして。
「アイザック王は、どうやって“神の眷属”を従えていたか知っているか?」
二人に対し、そう問い掛けた。
「……“レッドキャップ”からの報告は?」
余は傍におった侍従の一人に尋ねる。
「ハッ、あれ以降、まだ連絡はありません」
「そうか……」
余直属の暗部、“レッドキャップ”から十日前に『天国への階段』を発見、潜入を開始したとの報を受けて以降、消息が途絶えた。
それまでは日々定期報告があったのに、だ。
つまり。
「……[聖女]に気づかれ、始末されたか……」
あの[聖女]にそれ程の戦闘能力があるとは思えん。となると……あの女が雇ったという冒険者が相当手練れであった、ということか……?
「ですが、あの“レッドキャップ”がそう易々と……ヒッ!?」
侍従が余に声を掛けようとして、その顔が恐怖で引きつった。
フフ……まあ、今の余の顔はそれ程までに醜いということであろう。
“レッドキャップ”は、この王国に伝わる秘術によって生み出した存在。
そもそもゴブリンは多種族の女を苗床として繁殖する習性があるが、その場合、生まれてくる者は全てゴブリンとなる。
だが、王家にのみ伝わる、アイザック王が遺した書物に記されている秘術を用いれば、ゴブリンとしての種族の本能に支配されず、ニンゲンの理性を持ったままゴブリンとしての能力を有することが可能となる。
といっても、所詮はゴブリンであるので、ニンゲンに毛の生えた程度の能力の上昇しか期待はできんがな。
では何故そのようなことをしてまで“レッドキャップ”を生み出したかというと、その習性にある。
ゴブリンは、長である存在に絶対の忠誠を誓う。
それが、死ねという命令であったとしても。
また、ゴブリンは個の能力は大したことはないが、集団での戦闘には目をみはるものがある。
これも、魔物の中では弱い存在であるからこその本能なのであろうが。
つまり……どんな無理難題であったとしても、遂行するという選択肢以外を思考しないゴブリンの習性は、まさにうってつけであるのだ。
とはいえ。
「……何故アイザック王がこんなことを知っていたのか、また、こんな記録を残しているのかは分からんがな」
まあ、一介の村人に過ぎなかった男が、一代にしてアルビオニア島全土を統一したのだ。当然闇も抱えていた、ということであろう。
[英雄]である王たるもの、そうでなくてはな。
「失礼します」
その時、別の侍従が部屋に入ってきた。
「アーガイル卿、グロウスター卿のお二人が陛下に面会を求めております」
「そうか。謁見の間に通せ」
「ハッ」
侍従は恭しく一礼すると、部屋を出て行った。
「さて……二人は一体何のようかな?」
余は椅子から腰を上げると、謁見の間へと足を運んだ。
◇
「「国王陛下に拝謁し、恐悦至極に存じます」」
「堅苦しい挨拶はよい。それで、今日はどういった用件なのだ?」
「「ハッ……」」
すると、二人が困惑した表情で顔を見合わせる。
「? どうしたというのだ?」
「ハッ……実は……」
グロウスター卿が、緊張した面持ちで説明を始める。
というのも、卿の話す内容があまりにも滑稽で、あり得ないものであるのだから。
なにせ、卿の口から出てきた内容……それは。
「……十日程前、アルビオニア島北部の“マクドゥイル山”から、巨大な“紅い竜”が飛び立った……とのことです」
「“紅い竜”だと!?」
グロウスター卿の言葉に、余は思わず立ち上がる。
何故なら。
「まさか……伝承にある、“ア=ズライグ”だというのか……っ!?」
アイザック王に従い“レグネセス王国”を滅ぼした伝説の“神の眷属”が一柱、紅き竜“ア=ズライグ”。
それが今の世に突然現れた。
だが、それを意味するところはつまり……。
「とうとう、『天国への階段』の扉が開いた、ということか……」
それが“レッドキャップ”によるものなのか、それとも[聖女]の仕業なのかは分からん。
だが、『天国への階段』の扉が開いたからこそ、“ア=ズライグ”が降臨したと考えれば、全てつじつまが合う。
「フ……フフ……」
「……陛下?」
余が思わず笑みを零すと、アーガイル卿が心配そうに声を掛けた。
「いよいよだ……いよいよ、この余が世界に覇を唱える時がきたのだ!」
「おお! では、あの紅き竜はやはり……!」
「うむ、そうであるに違いない! それで、紅き竜はどこへ向かったのだ?」
「ハッ! “マクドゥイル山”から真っ直ぐ南を目指して飛び去ったとのことです!」
「おお……やはり……!」
つまり、“ア=ズライグ”はこの王都又は『天国への階段』を目指しているということだ。
真の主を求めて。
「ウハハハハ! これであの憎き“カロリング皇国”を滅ぼすことができますな!」
「何を言うアーガイル卿、滅ぼすのは全てだ!」
高らかに笑うアーガイル卿の言葉を、余は訂正した。
その時。
「た、大変です!」
突然、外に控えていた近衛兵の一人が謁見の間に飛び込んできた。
「貴様! 無礼であるぞ!」
アーガイル卿が一喝する。
だが、息を切らしたその近衛兵は、そんなアーガイル卿の恫喝が耳に入っていないらしく、混乱した様子でそのまま跪いた。
「リ……“リューズ”の街が壊滅いたしましたっ!」
「「「な、何だと!?」」」
余とアーガイル卿、グロウスター卿が揃って驚きの声を上げる。
「ど、どういうことだ!?」
「ハ、ハッ! “リューズ”の街に突然“紅い竜”が飛来し、全てを破壊しつくしていったとのことです!」
「ぬう……!」
近衛兵の報告にアーガイル卿が唸る。
「そ、それで、それはいつのことですか?」
「そ、それが……」
「早く申せ」
「ハ、ハッ! 三日前とのことです!」
「「「三日前!?」」」
その言葉に、また余達三人が声を上げた。
“ア=ズライグ”が“マクドゥイル山”から飛び立ったのを目撃されたのが十日前、そして、“リューズ”の街が壊滅させられたのが三日前。
つまり……。
「……あと四日程で、“ア=ズライグ”はこの王都に到着する計算ですね」
グロウスター卿が冷静にそう告げる。
だが、その瞳は明らかに泳いでいた。
だが。
「……心配せずともよい」
「「陛下?」」
余は静かに目を閉じる。
そして。
「アイザック王は、どうやって“神の眷属”を従えていたか知っているか?」
二人に対し、そう問い掛けた。
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