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第四章 復讐その四 アルグレア王国と神の眷属 前編
僕達のこれから
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王都から帰って来たあの日、僕達三人はたくさん話をした。
復讐のこと……そして、その後のことを。
「……アルグレア国王、エドガー=フォン=アルグレアを討つことで、私はこの復讐に終止符をうちたいと思います……」
ライラ様は、その右の瞳でどこか遠くを見つめながら、静かにそう告げた。
「……分かりました。では、国王を討つために全力を尽くしましょう。それで、その後はどうなさいますか?」
僕はライラ様にそう問い掛けると、少しだけ迷う仕草をした後、すぐに意を決したように僕を見つめた。
「私は……“カートレット”の姓を捨てようと思います」
「「っ!?」」
ライラ様の決意めいた告白に、僕とハンナさんは思わず息を飲んだ。
「それは……今のお立場を捨てる、ということですか?」
そう尋ねると、ライラ様は無言で頷いた。
「……アデル様とハンナには、大変申し訳なく思っています。ここまで……それこそ、その全てを捧げる覚悟でこんな私のためについて来てくださっているのに、結局は何もお返しすることもないまま……」
そう言うと……ライラ様が俯き、肩を震わせた。
僕は……。
「あ……アデル、様……」
「僕は……あなたに救われました……幼馴染の恋人や、四年も一緒にいた仲間から“役立たず”と罵られ、捨てられた僕を認めてくれたのは……心から必要としてくれたのは、他ならぬライラ様でした……」
ライラ様をそっと抱き締めながら、僕はそう告げる。
「分かりますか? これまでの全てを否定され、居場所すら失くした僕が、どれ程ライラ様のあの言葉で救われたか……」
「…………………………」
「僕は……僕は、何物にも代えがたいあの言葉を、ライラ様からいただいたのです……それこそ、僕の人生の全てを捧げてもお返しできない程の……」
「う……うう……」
すると、ライラ様は僕の胸に顔をうずめ、聞こえない程の嗚咽を漏らした。
「お嬢様……このハンナも同じです……ドブネズミのような生活を強いられ、挙句人攫いに攫われ、玩具にされ、[暗殺者]に堕ち、復讐を果たして空っぽになってしまった私に、お嬢様は“家族”をくださいました……」
「ハ、ハンナ……」
ハンナさんもそっとライラ様の背中に寄り添い、耳元で静かに告げる。
「それに……私がお嬢様のために全てを捧げるのは当然ではないですか……だって、あなたは私の大切な、“妹”なのですから……!」
「ハンナ……ハンナ……!」
僕とハンナさんはライラ様をそっと包み込む。
この大切な……誰よりも大切な人を……。
その後も、僕達は復讐の後にことについて話し合った。
決まったことは、ライラ様は“カートレット”の姓を捨て、平民の道を選ぶこと。
そして、このアイザックの街を遠く離れ、辺境の地で静かに暮らすこと。
もちろん、僕達三人はこれからもずっと一緒にいる。
その命が尽きた後も、永遠に。
◇
「……ということでアデル様。お嬢様がお作りになられた食事をどうぞご堪能くださいませ」
ハンナさんが眼鏡をクイ、と持ち上げ、まるで仮面を被っているかと思う程無表情でそう告げた。
「ア、アデル様、どうぞお召し上がりください……!」
ライラ様が顔を伏せたまま、ずい、とバスケットを差し出した。
僕はそれを手に取り、蓋を開けると……。
「おお……!」
そこには、見るからに美味しそうな、パンでハムや野菜、チーズをサンドしたものが入っていた。
「こ、これをライラ様が?」
「……(コクコク)」
感嘆の声を漏らしながら尋ねると、ライラ様が恥ずかしそうにしながら頷いた。
どれどれ、それじゃ早速……。
「! ライラ様、美味しいです!」
僕はこれ以上ないくらい大きな口を開けて頬張ると、美味しそうな表情を浮かべながらそう告げた。
すると。
「ほ、本当ですか!」
ライラ様は顔を上げ、ぱあ、と咲き誇るような笑顔を見せた。
だけど。
「え……?」
一方のハンナさんは、あまりにも意外だという反応を見せ、そして……何故か、ぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。
「ハ、ハンナさん!? ど、どうしたんですか!?」
突然のことに驚いた僕は、思わずハンナさんの両肩をつかんで尋ねた。
ライラ様も、心配そうにハンナさんを見つめる。
「ア、アデル様……わ、私のせいで……っ!」
「え……?」
ハンナさんの言っている意味が分からず、僕はおろおろしてしまう。
ど、どうしてハンナさんのせいなんだ!?
「ハ、ハンナ! 一体どうしたというのですか!?」
ライラ様が問い質すと、ハンナさんがス、とパンのサンドを指差した?
…………………………あ。
「こ、これが何だと……?」
ライラ様は不思議そうにパンのサンドをつかむと、おもむろにそれを口に含む。
「……美味しく、ないですね……」
ライラ様はシュン、とした様子で俯いてしまった。
だけど、つまりはそういうことだ。
ハンナさんは気づいてしまった。
……僕の舌が、もう何も感じなくなってしまっていることを。
復讐のこと……そして、その後のことを。
「……アルグレア国王、エドガー=フォン=アルグレアを討つことで、私はこの復讐に終止符をうちたいと思います……」
ライラ様は、その右の瞳でどこか遠くを見つめながら、静かにそう告げた。
「……分かりました。では、国王を討つために全力を尽くしましょう。それで、その後はどうなさいますか?」
僕はライラ様にそう問い掛けると、少しだけ迷う仕草をした後、すぐに意を決したように僕を見つめた。
「私は……“カートレット”の姓を捨てようと思います」
「「っ!?」」
ライラ様の決意めいた告白に、僕とハンナさんは思わず息を飲んだ。
「それは……今のお立場を捨てる、ということですか?」
そう尋ねると、ライラ様は無言で頷いた。
「……アデル様とハンナには、大変申し訳なく思っています。ここまで……それこそ、その全てを捧げる覚悟でこんな私のためについて来てくださっているのに、結局は何もお返しすることもないまま……」
そう言うと……ライラ様が俯き、肩を震わせた。
僕は……。
「あ……アデル、様……」
「僕は……あなたに救われました……幼馴染の恋人や、四年も一緒にいた仲間から“役立たず”と罵られ、捨てられた僕を認めてくれたのは……心から必要としてくれたのは、他ならぬライラ様でした……」
ライラ様をそっと抱き締めながら、僕はそう告げる。
「分かりますか? これまでの全てを否定され、居場所すら失くした僕が、どれ程ライラ様のあの言葉で救われたか……」
「…………………………」
「僕は……僕は、何物にも代えがたいあの言葉を、ライラ様からいただいたのです……それこそ、僕の人生の全てを捧げてもお返しできない程の……」
「う……うう……」
すると、ライラ様は僕の胸に顔をうずめ、聞こえない程の嗚咽を漏らした。
「お嬢様……このハンナも同じです……ドブネズミのような生活を強いられ、挙句人攫いに攫われ、玩具にされ、[暗殺者]に堕ち、復讐を果たして空っぽになってしまった私に、お嬢様は“家族”をくださいました……」
「ハ、ハンナ……」
ハンナさんもそっとライラ様の背中に寄り添い、耳元で静かに告げる。
「それに……私がお嬢様のために全てを捧げるのは当然ではないですか……だって、あなたは私の大切な、“妹”なのですから……!」
「ハンナ……ハンナ……!」
僕とハンナさんはライラ様をそっと包み込む。
この大切な……誰よりも大切な人を……。
その後も、僕達は復讐の後にことについて話し合った。
決まったことは、ライラ様は“カートレット”の姓を捨て、平民の道を選ぶこと。
そして、このアイザックの街を遠く離れ、辺境の地で静かに暮らすこと。
もちろん、僕達三人はこれからもずっと一緒にいる。
その命が尽きた後も、永遠に。
◇
「……ということでアデル様。お嬢様がお作りになられた食事をどうぞご堪能くださいませ」
ハンナさんが眼鏡をクイ、と持ち上げ、まるで仮面を被っているかと思う程無表情でそう告げた。
「ア、アデル様、どうぞお召し上がりください……!」
ライラ様が顔を伏せたまま、ずい、とバスケットを差し出した。
僕はそれを手に取り、蓋を開けると……。
「おお……!」
そこには、見るからに美味しそうな、パンでハムや野菜、チーズをサンドしたものが入っていた。
「こ、これをライラ様が?」
「……(コクコク)」
感嘆の声を漏らしながら尋ねると、ライラ様が恥ずかしそうにしながら頷いた。
どれどれ、それじゃ早速……。
「! ライラ様、美味しいです!」
僕はこれ以上ないくらい大きな口を開けて頬張ると、美味しそうな表情を浮かべながらそう告げた。
すると。
「ほ、本当ですか!」
ライラ様は顔を上げ、ぱあ、と咲き誇るような笑顔を見せた。
だけど。
「え……?」
一方のハンナさんは、あまりにも意外だという反応を見せ、そして……何故か、ぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。
「ハ、ハンナさん!? ど、どうしたんですか!?」
突然のことに驚いた僕は、思わずハンナさんの両肩をつかんで尋ねた。
ライラ様も、心配そうにハンナさんを見つめる。
「ア、アデル様……わ、私のせいで……っ!」
「え……?」
ハンナさんの言っている意味が分からず、僕はおろおろしてしまう。
ど、どうしてハンナさんのせいなんだ!?
「ハ、ハンナ! 一体どうしたというのですか!?」
ライラ様が問い質すと、ハンナさんがス、とパンのサンドを指差した?
…………………………あ。
「こ、これが何だと……?」
ライラ様は不思議そうにパンのサンドをつかむと、おもむろにそれを口に含む。
「……美味しく、ないですね……」
ライラ様はシュン、とした様子で俯いてしまった。
だけど、つまりはそういうことだ。
ハンナさんは気づいてしまった。
……僕の舌が、もう何も感じなくなってしまっていることを。
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