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第二章 復讐その二 ジェームズ=ゴドウィン
ゴドウィン卿の誘い
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「ん……美味しいですね」
ライラ様が正式に伯爵位を継承されてから一か月後、僕は今、ライラ様と一緒にテラスで優雅にお茶をしている。
「ふふ、わざわざ王都から取り寄せた甲斐がありました」
向かいに座るライラ様が、無表情ではあるものの嬉しそうな声で答えた。
なお、伯爵邸でライラ様がお使いになる家具類は、ライラ様(の義手・義足)の重量に耐えられるよう、全て金属製に変更してある。
もちろん、【製作】したのは僕だ。
「アデル様、おかわりはいかがですか?」
「あ、はい、ではお願いします」
ハンナさんが会釈すると、空になった僕のカップに紅茶を注いでくれた。
「アデル様、天気は良いですし、せっかくですのでギルドに行ってクエストでも受け……「いけません」」
ライラ様の言葉を遮り、ハンナさんが駄目出しをした。
「どうして!?」
「決まっています。お嬢様には“カートレット伯爵”としての執務がございます。今まで滞っていた分、お嬢様には貴族としての責務を果たしていただきませんと」
「あう……」
ライラ様は表情を変えないまま俯いた。
当然、尻尾の幻影もシュン、と下に垂れ下がっている。
「あはは……僕も手伝いますから、一緒に頑張りましょう」
「アデル様……はい!」
僕がそう申し出ると、ライラ様の声が明るくなった。
「はあ……アデル様はお優しすぎます」
「あ、あはは……」
こめかみを押さえてかぶりを振るハンナさんに、僕は愛想笑いをするしかなかった。
◇
「ふう……」
執務室で、ライラ様が深く息を吐いた。
ライラ様はやっと届いていた手紙全てに目を通し終えたところなのだ。
「はあ……本当に碌な手紙がありませんでしたね……」
「と、いいますと?」
額を押さえるライラ様に、興味が湧いた僕はつい尋ねる。
「いえ……九割がパーティーへの招待状、残り一割が縁談の話でした……」
「ああー……」
まあ、貴族は社交界に出ることも仕事の一つだもんなあ……。
それに、ライラ様は十四歳。縁談の一つや二つあってもおかしくない。
特に、家を継げない次男坊、三男坊は必死だろうな……。
「……アデル様はどう思いますか?」
ライラ様がチラリ、と、こちらを窺うような瞳で見る。
「まあ……ライラ様には復讐がありますし、今はそのようなことに構っている暇はないとは思います。それに……」
「それに?」
「そのようなパーティーの場であったなら、例の“ゴドウィン卿”が現れないとも限らないですので」
そう……ジェイコブと“ゴドウィン卿”の部下でもあった執事達を殺したライラ様を、“ゴドウィン卿”が放っておくとは思えない。
となると、パーティー会場でライラ様が狙われる可能性だってある。
単純に戦闘であればライラ様が遅れを取ることはないだろうけど、多勢に無勢ということだってあるし、何より毒を盛られでもしたら防ぎようがない。
だから、“ゴドウィン卿”の動きが分かるまでは、そういった危険を孕んだパーティーに参加することは控えたほうが……って。
「あの……ライラ様……?」
「むうううううううううう」
何故かライラ様は、頬をパンパンに膨らませていた。
な、何か怒らせるようなことを言っただろうか……。
「……アデル様は、私がパーティーで殿方と踊ったり楽しそうに話をしたりすること自体は、特に何も思ったりはしないのですね」
そう言うと、ライラ様は右の瞳でジロリ、見た。
まあ……多分、睨んでいるんだろう。
「いえ……そんなことはありませんよ? だって、近寄ってきた男が、“ゴドウィン卿”の手の者である可能性……も……」
「むうううううううううう!」
ああ、どうやらそういうことじゃなかったみたいだ……。
だけど、それ以上答えようがないんだけど。
「何より! 縁談が来ているという事実に、何も思うところはないのですか!?」
「え、縁談ですか……」
まあ、縁談自体は貴族なんだから、そんなことは当たり前な訳で……。
「いずれにせよ、ライラ様が最も幸せになる選択をすることこそが大切だとは思いますが……」
「そ、それはどういう意味でしょうか!」
「うわっ!?」
僕の言葉を受けてライラ様が詰め寄り、僕は思わず仰け反った。
や、やっぱり女の子としては、そういった話が好きなんだなあ……。
「こ、言葉通りの意味です。ライラ様は、誰よりも幸せになる権利があります。なので、ライラ様の御心のままに、その、殿方を選ぶべきかと……」
ジーッと見つめるライラ様に、僕はたじろぎながらそう答える。
「ふう……今はその答えで満足いたしましょう……」
「あ、あはは、そうですか……」
ややガッカリした様子で、ライラ様は自分の席に戻った。
——コンコン。
「紅茶をお持ちしましたので、休憩なさってくださいませ」
ハンナさんがノックして執務室に入ると、カップに紅茶を注いでそれぞれの席に置いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、いえ……」
お礼を言うと、ハンナさんがニコリ、と微笑む。
うーん、やっぱり普段はすごく綺麗な方だなあ……。
あくまで普段はだけど。
「むううううううううううううううう!」
それでライラ様は、何故そんなに頬を膨らませているのですか?
「……それより、お嬢様あてにまた一通お手紙が届いております」
急に真剣な表情になり、ハンナさんがライラ様に手紙を手渡す。
「この封蝋の家紋は……」
ライラ様はそう呟くと、封を切って手紙を取り出す。
「……手紙は何と?」
「パーティーの招待状です……ただし、送り主は“ゴドウィン卿”ですが」
「“ゴドウィン卿”!?」
「やはりそうでしたか……」
ライラ様の言葉に、ハンナさんは納得するように頷いた。
「何故“ゴドウィン卿”がライラ様をパーティーに……」
「分かりませんが……アデル様、いかがしましょうか?」
二人が一斉に僕を見る。
さて、どうしようか……。
僕は顎をさすりながらしばらく思案すると。
「……受けて、みましょうか」
そう、呟いた。
ライラ様が正式に伯爵位を継承されてから一か月後、僕は今、ライラ様と一緒にテラスで優雅にお茶をしている。
「ふふ、わざわざ王都から取り寄せた甲斐がありました」
向かいに座るライラ様が、無表情ではあるものの嬉しそうな声で答えた。
なお、伯爵邸でライラ様がお使いになる家具類は、ライラ様(の義手・義足)の重量に耐えられるよう、全て金属製に変更してある。
もちろん、【製作】したのは僕だ。
「アデル様、おかわりはいかがですか?」
「あ、はい、ではお願いします」
ハンナさんが会釈すると、空になった僕のカップに紅茶を注いでくれた。
「アデル様、天気は良いですし、せっかくですのでギルドに行ってクエストでも受け……「いけません」」
ライラ様の言葉を遮り、ハンナさんが駄目出しをした。
「どうして!?」
「決まっています。お嬢様には“カートレット伯爵”としての執務がございます。今まで滞っていた分、お嬢様には貴族としての責務を果たしていただきませんと」
「あう……」
ライラ様は表情を変えないまま俯いた。
当然、尻尾の幻影もシュン、と下に垂れ下がっている。
「あはは……僕も手伝いますから、一緒に頑張りましょう」
「アデル様……はい!」
僕がそう申し出ると、ライラ様の声が明るくなった。
「はあ……アデル様はお優しすぎます」
「あ、あはは……」
こめかみを押さえてかぶりを振るハンナさんに、僕は愛想笑いをするしかなかった。
◇
「ふう……」
執務室で、ライラ様が深く息を吐いた。
ライラ様はやっと届いていた手紙全てに目を通し終えたところなのだ。
「はあ……本当に碌な手紙がありませんでしたね……」
「と、いいますと?」
額を押さえるライラ様に、興味が湧いた僕はつい尋ねる。
「いえ……九割がパーティーへの招待状、残り一割が縁談の話でした……」
「ああー……」
まあ、貴族は社交界に出ることも仕事の一つだもんなあ……。
それに、ライラ様は十四歳。縁談の一つや二つあってもおかしくない。
特に、家を継げない次男坊、三男坊は必死だろうな……。
「……アデル様はどう思いますか?」
ライラ様がチラリ、と、こちらを窺うような瞳で見る。
「まあ……ライラ様には復讐がありますし、今はそのようなことに構っている暇はないとは思います。それに……」
「それに?」
「そのようなパーティーの場であったなら、例の“ゴドウィン卿”が現れないとも限らないですので」
そう……ジェイコブと“ゴドウィン卿”の部下でもあった執事達を殺したライラ様を、“ゴドウィン卿”が放っておくとは思えない。
となると、パーティー会場でライラ様が狙われる可能性だってある。
単純に戦闘であればライラ様が遅れを取ることはないだろうけど、多勢に無勢ということだってあるし、何より毒を盛られでもしたら防ぎようがない。
だから、“ゴドウィン卿”の動きが分かるまでは、そういった危険を孕んだパーティーに参加することは控えたほうが……って。
「あの……ライラ様……?」
「むうううううううううう」
何故かライラ様は、頬をパンパンに膨らませていた。
な、何か怒らせるようなことを言っただろうか……。
「……アデル様は、私がパーティーで殿方と踊ったり楽しそうに話をしたりすること自体は、特に何も思ったりはしないのですね」
そう言うと、ライラ様は右の瞳でジロリ、見た。
まあ……多分、睨んでいるんだろう。
「いえ……そんなことはありませんよ? だって、近寄ってきた男が、“ゴドウィン卿”の手の者である可能性……も……」
「むうううううううううう!」
ああ、どうやらそういうことじゃなかったみたいだ……。
だけど、それ以上答えようがないんだけど。
「何より! 縁談が来ているという事実に、何も思うところはないのですか!?」
「え、縁談ですか……」
まあ、縁談自体は貴族なんだから、そんなことは当たり前な訳で……。
「いずれにせよ、ライラ様が最も幸せになる選択をすることこそが大切だとは思いますが……」
「そ、それはどういう意味でしょうか!」
「うわっ!?」
僕の言葉を受けてライラ様が詰め寄り、僕は思わず仰け反った。
や、やっぱり女の子としては、そういった話が好きなんだなあ……。
「こ、言葉通りの意味です。ライラ様は、誰よりも幸せになる権利があります。なので、ライラ様の御心のままに、その、殿方を選ぶべきかと……」
ジーッと見つめるライラ様に、僕はたじろぎながらそう答える。
「ふう……今はその答えで満足いたしましょう……」
「あ、あはは、そうですか……」
ややガッカリした様子で、ライラ様は自分の席に戻った。
——コンコン。
「紅茶をお持ちしましたので、休憩なさってくださいませ」
ハンナさんがノックして執務室に入ると、カップに紅茶を注いでそれぞれの席に置いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、いえ……」
お礼を言うと、ハンナさんがニコリ、と微笑む。
うーん、やっぱり普段はすごく綺麗な方だなあ……。
あくまで普段はだけど。
「むううううううううううううううう!」
それでライラ様は、何故そんなに頬を膨らませているのですか?
「……それより、お嬢様あてにまた一通お手紙が届いております」
急に真剣な表情になり、ハンナさんがライラ様に手紙を手渡す。
「この封蝋の家紋は……」
ライラ様はそう呟くと、封を切って手紙を取り出す。
「……手紙は何と?」
「パーティーの招待状です……ただし、送り主は“ゴドウィン卿”ですが」
「“ゴドウィン卿”!?」
「やはりそうでしたか……」
ライラ様の言葉に、ハンナさんは納得するように頷いた。
「何故“ゴドウィン卿”がライラ様をパーティーに……」
「分かりませんが……アデル様、いかがしましょうか?」
二人が一斉に僕を見る。
さて、どうしようか……。
僕は顎をさすりながらしばらく思案すると。
「……受けて、みましょうか」
そう、呟いた。
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