上 下
100 / 101

『聖女』。転じて『悪女』

しおりを挟む
「私はゴールドン伯爵から王国へ宛てた書簡の一つを、あえて王国には報告せず、保険として手元に置いています」
「「っ!?」」

 マリエットの言葉に、僕とクレアは思わず目を見開いた。
 ゴールトン伯爵が暗躍していた証拠をつかみ、そこからブリジットの責任を追及することを考えていた僕達にとって、さらにそれ以上の成果が見込めるのだから、驚くと同時に色めき立ってしまう。

「そ、それで、その書簡というのは……」
「こちらです」

 マリエットは、懐にしまってあった一通の書簡を取り出した。
 いざという時のために、肌身離さず持っていたのだろう。

「これ……読んでもいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
「では……」

 僕はマリエットから手紙を受け取り、封蝋ふうろうを確認すると……っ!?

「こ、これ……」
「はい。ブリジット皇女の印章になります」

 書簡を出す際、王侯貴族は差出人の身分を証明するために、自分の印章を用いて封をする。
 つまり……この書簡は、ブリジットが王国に宛てたものだということ。

「ギュスターヴ殿下、驚くのはこれだけではありません。封入されている書面もご覧ください」
「あ、ああ……」

 マリエットに促され、僕は中から一通の手紙を取り出すと。

「……差出人は、ブリジット=オブ=ストラスクライド。そして、宛名は――」

 ここまで驚きの連続だったけど、まさかさらに驚かされることになるとは思わなかった。

 だって。

「――リアンノン聖教会の聖女、セシル=エルヴィシウス」
「あの聖女が……」

 そう告げた瞬間、クレアは声を失う。
 まさか教会の聖女が、そのような大それたことに加担しているなど、夢にも思わなかったのだろう。

 だけど、僕は心のどこかで納得もしていた。

 あの女は一度目の人生・・・・・・でも、わざわざ総司令官のルイと共に皇都襲撃に同行していたんだ。
 つまりは、それこそがあの聖女も一枚噛んでいることの証左だ。

 それに。

「マリエットも知っているだろう? セシル=エルヴィシウスという女は、女神リアンノン以外を崇拝する者を、決して認めはしないことを」
「……はい」
「ギュスターヴ殿下、それはどういう……?」
「そのままの意味だよ。あの女は、女神リアンノン以外を崇拝する者……つまり異教徒を、『魔女』と称して迫害している。拷問によって『魔女』であることを白状させ、火あぶりによって魂を浄化するために」
「そ、そんな……」

 クリスが、再び声を失う。
 そう……聖女が皇国を目の敵にしているのは、女神リアンノンではなく女神アリアンロッドを崇拝しているから。

「いずれにせよ、王国だろうが皇国だろうが、振り回しているのはいずれも宗教・・だということだ。まあ……それを利用する者がいるからこそ、そうなってしまうんだけどね」
「「…………………………」」

 クレアとマリエットは、押し黙ってしまった。
 『女神の代行者』であるブリジットはアリアンロッド教会の、『聖女』セシルはリアンノン聖教会の後押しを受けて、こんな暴挙を行っているのだから、二人だって笑えないだろう。
 何より、最も敵対視している二人が手を取り合っているのだから、どんな話だよ。

「とにかく、マリエットがもたらしてくれたこの証拠は、ブリジット皇女を追い込み、王国を滅亡させる切り札の一つであることは間違いない。あとは……これを、守り抜く・・・・だけ・・
「ギュスターヴ殿下、その……『守り抜く』というのは……?」
「言葉どおりだ。ブリジットは必ず、この書簡とマリエットの命を狙ってくる。それも、今すぐに・・・
「……そういうことですか」

 ブリジットと王国に対する決定的な証拠を持っている以上、遅かれ早かれこうなることは覚悟していたんだろう。
 マリエットは、覚悟をたたえた瞳で僕を見つめ、ゆっくりと頷いた。

「心配いらない。この僕が、絶対に守り抜いてみせる。この書簡も、そして……マリエットも・・・・・・
「っ!? ……どうして、ですか?」

 僕の言葉に目を見開き、マリエットはおずおずと尋ねる。

「もちろん、アビゲイル皇女がブリジット皇女を追い落とすためには、証人である君の存在も必要不可欠だからだ」
「そうです、ね……」
「それと」

 寂しくうつむくマリエットの言葉をさえぎり、僕は彼女を見つめると。

「マリエットには、義務がある。王国への復讐を果たし、亡くなってしまった弟の分まで生きて彼に報告する義務が」
「あ……」

 どんな事情があるにせよ、僕を裏切ったマリエットにこんなことを言うのは甘いかもしれない。……いや、実際甘いと思う。
 だけど、僕も一度目の人生・・・・・・で裏切られ、殺されてしまったからこそ、同じく裏切られてしまったマリエットの気持ちもよく分かる。

 何より……彼女は一度目の人生・・・・・・で僕と同じく裏切られただけでなく、二度目・・・さえも裏切られたのだから。

「そういうことだから、少なくとも王国を滅ぼすまでは、君を死なせるわけにはいかないんだよ」
「はい……はい……っ」

 マリエットは何度も頷き、大粒の涙をこぼす。

 一方の僕は、クレアに物言いたげな視線を向けられ、居たたまれなくなってそっぽを向いていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

信用してほしければそれ相応の態度を取ってください

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:195

私が消えた後のこと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:84,355pt お気に入り:385

虐げられてた侯爵令嬢は隣国の皇太子殿下の初恋の相手でした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:54

王立学園食堂部にて〜没落令嬢は観察中〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:89

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:3,620

型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,831pt お気に入り:5,416

転生令嬢はやんちゃする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:3,167

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,674pt お気に入り:3,825

処理中です...