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忠臣サイラス①

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「ほう……アリアンロッド教会が、ですか」
「え、ええ」

 訓練場でいつものように手ほどきを受けながら、僕はサイラス将軍に例の教会の件について相談した。
 彼は皇国でも古参の将軍だから、パトリシアのことについて何か知っているかと思って。

「確かに、エドワード陛下とパトリシア妃殿下の結婚式では、アリアンロッド教会は盛大に祝福しておりましたな。……その三年後に行われた、レオノーラ妃殿下の結婚式の時よりも」

 いつも豪快に笑う皇国最強の一角であるサイラス将軍にしては珍しく、どこか悔しさをにじませたような表情を浮かべた。

「その……このようなことをお聞きして恐縮なのですが、サイラス将軍は二人の妃殿下と何かあるのですか……?」
「そう、ですな……ギュスターヴ殿下、少々休憩しましょう」
「は、はあ……」

 話を打ち切るように、サイラス将軍が剣の手を止める。
 どうやら、込み入った事情があるみたい……って。

「……どうぞこちらへ」

 ……いや、サイラス将軍は僕に話してくれるみたいだ。
 いつになく真剣な彼の表情が、それを物語っている。

「ふう……ギュスターヴ殿下は、他ならぬアビゲイル殿下の伴侶となられる御方。ならば、お聞きくだされ。お嬢様……いや、レオノーラ=オー=グイネッド殿下のことを」

 ◇

 殿下もご存知かもしれませぬが、このストラスクライド皇国というのは、ブリント島にあった様々な国の集合体なのです。

 それを、この百年にもわたる戦争の契機となった、まだ王国だったストラスクライドが隣の強国デメティア王国を打ち滅ぼしたことにより、ブリント島の勢力図が塗り替えられました。

 この時、小国の一つであったグイネッド公国は、デメティア王国の属国であったため、やはり国を解体する憂き目にあってしまいました。
 それでも、温情により王族は処刑を免れ、皇国の小さな地方貴族として存続を許されたのです。

 ……お分かりのとおり、私はそのグイネッド公国……いや、グイネッド子爵家の騎士でしてな。皇国が解体される以前から、ガーランド家は代々仕えておりました。解体当時から数えると、私で五代目になります。

 私がまだ騎士として駆け出しだった十八歳の頃、グイネッド家に一人の女の子が生まれました。
 それが、レオノーラお嬢様……皇国の第一皇妃であり、アビゲイル殿下の母君であらせられます。

 お嬢様はすくすくと成長され、その笑顔はグイネッド家に幸せをもたらした、まさに太陽のような存在となられました。
 私もまた、グイネッド家に……お嬢様にお仕えすることに、誇りを感じておりました。

 永遠に続くと思われた幸せな日々でしたが、ヴァルロワ王国との戦争が激化したことに伴い、グイネッド家にも召集命令が下ったことで一変いたしたのです。

 私も主君であるグイネッド閣下と共に戦場に赴き、数々の武功を上げることができました。
 最初の遠征から皇国に帰還すると、当時の皇王、リチャード陛下より勲章を賜りましてな。

 私は誇らしかった。
 『グイネッド家に、サイラス=ガーランドあり』と知らしめることができたことを。

 ですが、それこそが私の過ちでしたわい。
 リチャード陛下が、この私を部下にと欲しがったのです。

 当然、私は即座に断りましたとも。
 私が仕える主は、グイネッド家のみ。

 それでも、リチャード陛下……いや、もはや陛下などとは呼びますまい。リチャードは、してはならぬことをしたのです。

 次の遠征で再び戦場に赴いたグイネッド閣下と私でしたが、何故か皇国軍の後詰めが到着せずに戦場で孤立。
 私達は寡兵で奮闘したものの、グイネッド閣下が敵の矢によって命を失ってしまわれたのです……。

 私達グイネッド兵は閣下の遺体を抱え、戦場から敗走。そのまま皇国へと戻りました。
 閣下の死という、ぬぐいきれないと、お嬢様にそのことをお伝えしなければならないを抱えて。

 なのにお嬢様は、その小さなお身体でおめおめと逃げ帰って平伏す私を抱きしめ、こうおっしゃったのです。

『サイラスが無事でよかった』

 涙でくしゃくしゃになった顔を、無理やり笑顔に変えて。

 後に知ったことですが、この時我々の後詰めを担当していたのは、若干二十歳のモンゴメリ伯爵。
 私は怒りに任せ、グイネッド閣下の仇を討つためにモンゴメリ伯爵の屋敷に単身乗り込み、ハルバードの切っ先を奴の首筋に突きつけてやったのです。

 この時……私は真相を知りました。
 リチャードが、私が部下となることを蹴った腹いせに、モンゴメリに兵を出さぬように指示をしたことを。

 ただの小物でしかないモンゴメリを殴り飛ばし、そのまま皇宮へ乗り込んでやろうと考えたのですが、さらにリチャードは、主を失ったグイネッド家を人質に取ってきたのです。

 グイネッド家の取り潰しをちらつかせて。

「おのれ……卑劣な真似を……っ!」

 結局、お嬢様の未来のため、私は苦渋の決断をしました。
 そう……グイネッド家の存続と支援を条件に、リチャードの要求に従うことを。

 それからの私は皇国の将軍として、鬼気迫る勢いで戦場で敵をほふり続けました。
 逃げるように、すがるように、言い訳をするように。

 気づけば私は、『皇国の盾』、『難攻不落』などと呼ばれるようになりました。
 私の居場所は、グイネッド家の……お嬢様のおそばであるべきなのに。

 その後、王国と四度目の休戦協定が締結されることとなり、ひとまず戦争が終わって私は皇国に帰還しました。

 そして、知ったのです。

 ――お嬢様とエドワード皇太子が、正式に婚約したことを。
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