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ハンスの仕事

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「では、あくまでも名代・・としてですが、ここに私のサインを加えて同盟締結、ですね」

 ハンスが皇宮にやって来た次の日の夜、僕達は正式に同盟のための協定を取り交わした。

 主な内容は三つ。
 アビゲイル皇女が女王になるまでの間、情報ギルドは最大限の支援を行うことと、アビゲイル皇女が女王になったら、モナ王国の再興を認め、領土を全て返還すること。

 そして……どちらかが裏切った時は、同盟に関わった全員の死をもって償うこと。

 最後に関しては、僕達とは組織としても個人としても差があり過ぎるため、僕達が裏切っても特に心配する必要がないように思うかもしれないが、聞いたところによると、情報ギルドはやはり皇宮内にもそれなりの数の手下を潜り込ませており、僕達を始末するのは簡単とのこと。

「……といっても、そんなことをしてもモナ王国が再興を果たせるわけではないのですが」

 協定書のその一文を見つめ、ハンスが自虐的に笑う。
 中身はサンドラであるが、彼女の正体を僕達が知っていることを気づかれないようにするため、呼び方などは徹底することをアビゲイル皇女と昨夜確認している。

 僕もアビゲイル皇女を不安にさせないためにも、ここは徹底しないと。
 ハンスを本来の女性……サンドラと意識してしまったら、アビゲイル皇女は絶対に悲しむから。

「それで、私達情報ギルドは、これから何をすればよろしいですか?」
「はい。まずは、ノルウィッチにいる第二皇女ブリジット殿下の動向を常に監視すること。次に、エドワード王の看病に当たっている、第一皇妃・・・・のパトリシア妃殿下の監視です」

 これまではアビゲイル皇女の陣営の者を間者としてノルウィッチに送り込みたくても、それすらもままならかったからね。
 パトリシアに関しても、一応はグレンが騎士団長の職務として常にエドワード王に付き従っているものの、それも四六時中見張ることは不可能だし、何より、ちょっとした変化や機微な動きに気づくのは難しい。

 結局、こういうことは専門家である彼等に任せるべきだ。

「その程度、お安い御用です……が、別に情報ギルドで請け負うほどのことでもないと思いますが?」
「もちろん、それだけではありませんよ。並行して、次のことをしてほしいのです」

 僕は身を乗り出し、情報ギルドにしてもらいたい事を説明した。
 一つは、パトリシアの周辺について調べてほしいというもの。特に、これまで引きこもっていたパトリシアが、どうして急に表舞台に現れたのか、その理由について。

 もう一つは、僕達が王国へ遠征中に、ブリジットとパトリシアを除いてエドワード王に接触した者がいないかどうか。
 その者が、ブリジットあるいはパトリシアの手の者であればなおいい。

「……最後に、ブリジットとパトリシアが、お互いに連絡を取り合っている証拠などを探してほしいんです」
「それは、二人が共謀しているということですか?」

 依頼内容を全て話したところで、ハンスがすかさず尋ねてきた。

「ええ。そもそも二人は実の親子ですので、互いに協力し合うこと自体はおかしなことではありません。ですが……僕は、二人の間にも何かあると見ています」

 一度目の人生・・・・・・では、全く表舞台に姿を現さなかったパトリシアだけど、裏でブリジットと繋がっているのは間違いないだろう。
 でも……妙に引っかかるんだ。

 実の親子であるにもかかわらず、公式な場以外でも二人の接点を目撃したことがない。
 なら、以前のエドワード王の容体の原因について、疑われないようにあえて距離を取っているように見せかけているか、あるいは、二人の間に僕達が知らない確執があるか。

 いずれにせよ、あの二人のことについて知らないことには、何の手を打つこともできない。

「では、調査はこれで全部ということで……」
「あ、一つ忘れていました」

 僕はハンスに、最後の依頼を静かに告げる。

 ルイとフィリップを尋問して知った、彼女・・の理由。
 その時のために、僕達は全てを知っておかなければいけないから。

 どうして、ここまでの忠誠を見せるのかを。

「……分かりました。すぐに諜報員を手配し、調査させます」
「よろしくお願いします」

 僕は膝に手をつき、深々とお辞儀をした。

「おやめください。同盟を結んだ以上、私達は持ちつ持たれつの関係。お礼を言うのであれば、それは最後・・に考慮していただければ」

 ハンスは僕に頭を上げるように促すと、少しおどけてそんなことを言った。
 言葉だけの礼なんかより、実利を求めるのは当然か。

「もちろんそのつもりです。私達は同盟関係、こちらの目的が達成されれば、モナ王国の・・・・・再興に・・・関してなら・・・・・最大限の見返りを約束いたします」

 胸に手を当て、僕に代わって答えるアビゲイル皇女。
 だけど、見返りの内容がやたらと限定的に聞こえるのは、気のせいだろうか。

「ええ、期待しておりますよ」

 ハンスは微笑みをたたえ、満足げに頷いた。
 ただし、その前に意味深に僕を見ていたけど。

「コホン……それでは、こちらはハンス殿の身分・・になります」

 少しだけ気まずくなった僕は、咳払いをして一枚の紙を差し出した。

「なるほど。私は今日から、“ハンス=アンダーソン”ですか……」

 このアンダーソン姓は、都合よく・・・・没落した男爵家のもの。
 そこへ僕達が支援を持ちかけ、その見返りとしてハンスを養子として迎えるように手配したのだ。

 これで、ハンスが僕の秘書となったとしても疑う者はいないだろう。
 アンダーソン男爵に確認しようにも、それも不可能・・・だしね。

「では、これからよろしくお願いします。ハンス殿……」
「私のことは、ただハンスとお呼びください。そのような敬語も不要ですよ」

 僕の口を人差し指で塞ぎ、ハンスはニコリ、と微笑む。
 お願いだから、アビゲイル皇女の前でそういうことをするのはやめてください。

「むう……」

 ああほら、あからさまに不機嫌になってしまったじゃないか……。

 僕はどこか嬉しそうなハンスを見やり、今夜もアビゲイル皇女に詰問されることを想像して天井を仰いだ。
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