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籠絡まで、あと少し
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「お久しぶりです、ギュスターヴ殿下」
扉の前で待ち構えていたマリエットが、優雅にカーテシーをした。
「やあ、元気にしてたかい?」
「はい。殿下には過分にもこのような待遇をご用意していただき、感謝の言葉もありません」
軽く声をかけると、マリエットは胸に手を当てて微笑む。
この女の言葉、ちょっと皮肉がきき過ぎているんじゃないだろうか。
「だけど、この部屋から一歩も出られない上に、唯一外の景色が窺えるのはその窓だけだ。伯爵令嬢だった君からすれば、酷い待遇だと思うけどね」
「そんなことはありません。それを言うなら、本当であれば陽の光すら当たらないあの薄暗い地下牢で、ただ息をするだけだったんです。それを、ギュスターヴ殿下の温情でこうして過ごせるのですから……」
確かに、死刑なってもおかしくない敵国の罪人に対して、これはかなり破格だろう。
といっても、いざという時にこの女を利用するために、籠絡するためのものだからなんだけど。
「それで……ひょっとして、私の処刑が決まりましたか?」
「まさか。君にちょっと聞きたいことがあったから来たんだよ」
クスリ、と微笑むマリエットに、僕は肩を竦めた。
「聞きたいこと、ですか……」
「ああいや、そんなに身構えるようなことじゃない。君なら知っているだろう? 『霧の貴婦人』について」
僕が真相について聞き出そうとしたと勘違いしたのか、マリエットは警戒して身構えるが、僕は苦笑してかぶりを振って本題を尋ねた。
「……ギュスターヴ殿下は、どこでその名を?」
「僕だって一応、アビゲイル殿下の婚約者であり、今では皇国の剣なんて呼ばれているんだ。この国の情報ギルドの長の二つ名くらい、把握しているよ」
「そう、ですか……もうすっかり、皇国の人間になられたのですね」
「当然だよ。アビゲイル殿下との婚約した時から、僕の覚悟は決まっていた」
少し寂しそうな表情のマリエットに、僕ははっきりと告げる。
まあ、婚約の時どころか、最初から王国は敵だったけど。
「ねえ、マリエット。王国による皇都ロンディニア制圧作戦が頓挫して、二人の王子も処刑された今、別に王国を裏切ることにもならない」
「…………………………」
「だから、教えてくれないか? 『霧の貴婦人』と接触する方法を」
一度目の人生の人生において、マリエットは皇宮の外に関する情報把握や外部との連絡に当たり、『霧の貴婦人』を利用していた。
その時は、僕もマリエットに紹介してもらっただけなので、どうやったら会えるのかまでは分からないから。
「……ギュスターヴ殿下。お言葉ですが、仮に『霧の貴婦人』に接触できたとしても、絶対に協力を得られることはないと思います」
「それは、会ってみなければ分からないさ」
僕には『霧の貴婦人』を説得し、こちらの味方に引き入れる策がある。
一度目の人生で、顛末の全てを知っているから。
マリエットと見つめ合うこと、約一分。
「ハア……分かりました。お教えします」
「っ! ありがとう!」
僕は思わず溜息を吐くマリエットの手を取り、笑顔を見せた。
情報を聞き出すまでそれなりに時間がかかると思っていただけに、こんなにあっさりと折れてくれたことに喜びを隠し切れなかったみたいだ。
「わ、私も自分の命を保証していただくためにも、ある程度の譲歩が必要であることは分かっていますから……」
「それでもだよ! 本当に助かったよ!」
「はう……」
何故かうつむいてしまうマリエット。
どこか顔が赤いようだし、少し体調が悪いのかもしれない。
「その……もし具合が悪いようなら、日を改めようか?」
「い、いえ! 大丈夫です! それに、ギュスターヴ殿下は『霧の貴婦人』の情報がすぐに必要なんですよね?」
「あ、ああ……」
そういうことらしいので、僕はマリエットから『霧の貴婦人』との接触方法について教えてもらった。
それ以外にも、『霧の貴婦人』の特徴や王国との関係、僕にとってありとあらゆる情報の全てを。
正直、ここまで教えてもらえるとは思わなかったので驚きだ。
これなら、彼女を説得するのも難しくないだろう。
「本当にありがとう。君のおかげで、全部上手くいきそうだ」
「そ、それならよかったです」
僕は改めて礼を言うと、マリエットは嬉しそうにはにかむ。
今だけは、王国による皇都襲撃前の関係に戻ったみたいだ。
……全て、偽りではあったけど、ね。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「あ……」
そう言って席を立つと、マリエットが少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべ、手を伸ばそうとして慌てて引っ込めた。
この様子なら、完全に僕達に籠絡されるまで、それほど時間はかからなそうだ。
「マリエット、また来るよ」
「っ! ……いつでもお待ちしております、ギュスターヴ殿下」
部屋から出る僕を、マリエットは胸に手を当て恭しく一礼した。
扉の前で待ち構えていたマリエットが、優雅にカーテシーをした。
「やあ、元気にしてたかい?」
「はい。殿下には過分にもこのような待遇をご用意していただき、感謝の言葉もありません」
軽く声をかけると、マリエットは胸に手を当てて微笑む。
この女の言葉、ちょっと皮肉がきき過ぎているんじゃないだろうか。
「だけど、この部屋から一歩も出られない上に、唯一外の景色が窺えるのはその窓だけだ。伯爵令嬢だった君からすれば、酷い待遇だと思うけどね」
「そんなことはありません。それを言うなら、本当であれば陽の光すら当たらないあの薄暗い地下牢で、ただ息をするだけだったんです。それを、ギュスターヴ殿下の温情でこうして過ごせるのですから……」
確かに、死刑なってもおかしくない敵国の罪人に対して、これはかなり破格だろう。
といっても、いざという時にこの女を利用するために、籠絡するためのものだからなんだけど。
「それで……ひょっとして、私の処刑が決まりましたか?」
「まさか。君にちょっと聞きたいことがあったから来たんだよ」
クスリ、と微笑むマリエットに、僕は肩を竦めた。
「聞きたいこと、ですか……」
「ああいや、そんなに身構えるようなことじゃない。君なら知っているだろう? 『霧の貴婦人』について」
僕が真相について聞き出そうとしたと勘違いしたのか、マリエットは警戒して身構えるが、僕は苦笑してかぶりを振って本題を尋ねた。
「……ギュスターヴ殿下は、どこでその名を?」
「僕だって一応、アビゲイル殿下の婚約者であり、今では皇国の剣なんて呼ばれているんだ。この国の情報ギルドの長の二つ名くらい、把握しているよ」
「そう、ですか……もうすっかり、皇国の人間になられたのですね」
「当然だよ。アビゲイル殿下との婚約した時から、僕の覚悟は決まっていた」
少し寂しそうな表情のマリエットに、僕ははっきりと告げる。
まあ、婚約の時どころか、最初から王国は敵だったけど。
「ねえ、マリエット。王国による皇都ロンディニア制圧作戦が頓挫して、二人の王子も処刑された今、別に王国を裏切ることにもならない」
「…………………………」
「だから、教えてくれないか? 『霧の貴婦人』と接触する方法を」
一度目の人生の人生において、マリエットは皇宮の外に関する情報把握や外部との連絡に当たり、『霧の貴婦人』を利用していた。
その時は、僕もマリエットに紹介してもらっただけなので、どうやったら会えるのかまでは分からないから。
「……ギュスターヴ殿下。お言葉ですが、仮に『霧の貴婦人』に接触できたとしても、絶対に協力を得られることはないと思います」
「それは、会ってみなければ分からないさ」
僕には『霧の貴婦人』を説得し、こちらの味方に引き入れる策がある。
一度目の人生で、顛末の全てを知っているから。
マリエットと見つめ合うこと、約一分。
「ハア……分かりました。お教えします」
「っ! ありがとう!」
僕は思わず溜息を吐くマリエットの手を取り、笑顔を見せた。
情報を聞き出すまでそれなりに時間がかかると思っていただけに、こんなにあっさりと折れてくれたことに喜びを隠し切れなかったみたいだ。
「わ、私も自分の命を保証していただくためにも、ある程度の譲歩が必要であることは分かっていますから……」
「それでもだよ! 本当に助かったよ!」
「はう……」
何故かうつむいてしまうマリエット。
どこか顔が赤いようだし、少し体調が悪いのかもしれない。
「その……もし具合が悪いようなら、日を改めようか?」
「い、いえ! 大丈夫です! それに、ギュスターヴ殿下は『霧の貴婦人』の情報がすぐに必要なんですよね?」
「あ、ああ……」
そういうことらしいので、僕はマリエットから『霧の貴婦人』との接触方法について教えてもらった。
それ以外にも、『霧の貴婦人』の特徴や王国との関係、僕にとってありとあらゆる情報の全てを。
正直、ここまで教えてもらえるとは思わなかったので驚きだ。
これなら、彼女を説得するのも難しくないだろう。
「本当にありがとう。君のおかげで、全部上手くいきそうだ」
「そ、それならよかったです」
僕は改めて礼を言うと、マリエットは嬉しそうにはにかむ。
今だけは、王国による皇都襲撃前の関係に戻ったみたいだ。
……全て、偽りではあったけど、ね。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「あ……」
そう言って席を立つと、マリエットが少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべ、手を伸ばそうとして慌てて引っ込めた。
この様子なら、完全に僕達に籠絡されるまで、それほど時間はかからなそうだ。
「マリエット、また来るよ」
「っ! ……いつでもお待ちしております、ギュスターヴ殿下」
部屋から出る僕を、マリエットは胸に手を当て恭しく一礼した。
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