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第二皇妃パトリシア

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「陛下はお身体がすぐれませんので、代わりにこの私が報告を受けましょう」

 そう語るのは、力なく玉座に座るエドワード王に寄り添っている、一人の女性。

 ――第二皇妃、パトリシア=オブ=ストラスクライド。

 ブリジットの母でもあるこの女の出自は、この百年の戦争において皇国を裏切ってヴァルロワ王国にくみした、かつて存在した隣国“アルプ王国”の王女だ。
 後顧こうこの憂いを絶つために、先代皇王の“リチャード=オブ=ストラスクライド“はアルプ王国の侵攻に乗り出し、アルプ王国を征服、滅亡へと追いやったのだ。

 つまりパトリシアは、その戦利品として幼い頃に当時はまだ皇太子だったエドワード王の妃としてあてがわれたというわけだ。

 アビゲイル皇女の母君であるレオノーラ第一皇妃よりも早い婚約及び婚姻であったのだが、それにもかかわらずパトリシアの地位は第二皇妃に甘んじている。
 これは、そもそもパトリシアとの婚姻は、征服したアルプ王国の民を服従させるためにあてがったもの。

 そのような経緯がある中でこのような仕打ちを行ったのは、皇国は裏切り者のアルプ王国の王女を、まともに扱うつもりはないということを示したのだ。

 言ってしまえば、パトリシアという女も長く続いた戦争における、犠牲者の一人ということになる。

 話を戻そう。

 このパトリシアは、一度目の人生・・・・・・でもほとんど表舞台に姿を現すことがなかった。
 僕の記憶では、顔を合わせたのはエドワード王の葬儀の時の、その一回だけだったと記憶している。

 じゃあ、この女はどうして姿を見せなかったのかというと、毒による体調不良をおくびにも見せないエドワード王とは真逆で、パトリシアは表向きは・・・・病弱であることを理由にして、全ての公務から離れていることになっていた。


 とにかく、パトリシアが急に姿を見せたことにも驚きだが、それ以上にエドワード王の様子も気になる。
 調理人達を全てアビゲイル皇女が人選を行って入れ替えた後は、回復の兆しを見せていたはずなのに……。

「あら? 此度こたびの遠征では、特に報告することはないということでよかったのかしら……」
「あ……し、失礼いたしました」

 アビゲイル皇女とサイラス将軍が深々と頭を下げ、ヴァルロワ王国遠征についてつぶさに報告した。
 柔らかい表情で時折頷くパトリシアとは対照的に、虚ろな目で天井を見つめているエドワード王。

 ……少なくとも、これまで口に入れていた毒とは違うようだけど、何かを・・・された・・・のは間違いない。
 いずれにせよ、この謁見が終わり次第確認しないと。

「……報告は以上になります」
「そう……皆、大変だったわね……陛下がこのような状態でなければ、ひょっとしたら王国に勝利し、長く続いた戦争に終止符が打てるところだったのに……」

 うれいを帯びた表情で、頬に手を当てるパトリシア。
 こういう感情とは別の表情を自在に使い分けるところは、娘であるブリジットと同じだな。

 ……これ以上は、話をしても無駄か。

「アビゲイル殿下……」

 僕は後ろからアビゲイル皇女に声をかけると、彼女は頷き、パトリシアを見据えた。

「パトリシア妃殿下、私達は遠征から戻ってきたばかり。兵達を休ませてあげなければなりませんので、失礼いたします」
「ええ、ご苦労様」

 玉座に座ったままのエドワード王とパトリシアを一瞥いちべつし、僕達は謁見の間を出た。

「……ギュスターヴ殿下はご存知ではないと思いますが、あの御方は第二皇妃のパトリシア妃殿下で、ブリジットの母君になります」

 一応、死に戻った後のこの世界では初対面になるから、アビゲイル皇女が説明する。
 もちろん僕は知っているけど、ちゃんと真剣に聞いているとも。

「それでは、どうしてパトリシア妃殿下が急にお姿を見せたのでしょうか……それに、今の話では病弱とのことですが、妃殿下の様子を見る限りそのような節は見当たりませんでしたが」
「……私にも、分かりません」

 アビゲイル皇女は、困った表情でかぶりを振った。
 まあ、普通に考えれば、病弱であるということが最初から嘘だったということだ。

 なら、どうしてそんな嘘を吐いて、何年も表舞台に姿を見せなかったのか。
 可能性として考えるなら、皇妃としての役割に嫌気がさしたか、あるいは、陰に隠れている必要があったかということだ。

 あの様子から察するに、理由は後者だと思うけど。

「……いずれにせよ、僕達が皇都を離れていた間に何があったのか、詳しく調べる必要があります。グレン卿、あなたは強引にでも騎士団長という立場を利用して、エドワード陛下のそばで監視を頼む」
「分かった。だが、監視はパトリシア妃殿下だけでいいのか?」
「いや、他にも陛下に近づく者がいれば、逐次ちくじ教えてほしい」

 当たり前だが、グレンは騎士であり武人だ。間者働きができるわけではないけど、僕達の中で一番エドワード王のそばにいることができるのは彼だけ。
 無理を承知で、やってもらうしかない。

「ほ……では、私は何をするかな」
「サイラス将軍は普段どおりで構いません。いえ、むしろそのように振る舞ってください」
「というと?」
「勝利目前だった僕達を帰還させたということは、それを望んでいない者がいるということです。エドワード陛下の様子からも、このような決定ができる状態であるとも思えません」
「うむ」
「ひょっとしたら、普段と様子が変わらない将軍を見て、何者かがごうを煮やして接触してくるかもしれませんね。あくまで僕の勘ですが、向こう・・・はこちらの出方を探っていると思いますし」
「そうですな」

 サイラス将軍は、納得の表情で頷く。

「では、私達はどういたしますか?」
「もちろん、僕達も普段どおり……と言いたいところですが、これまでずっと忙しくしておりましたし、せっかくなので羽でも伸ばしましょう」
「あ……は、はい!」

 僕がおどけてそう提案すると、アビゲイル皇女はパアア、と満面の笑みを浮かべた。

「では、そういうことで」
「うむ」
「ああ」

 ここで別れ、グレンはエドワード王のもとへ、サイラス将軍は遠征の後片付けを行っている最中の兵舎へ、そして僕とアビゲイル皇女は、せっかくなので庭園でお茶をすることにした。

 その途中。

「あれは……」

 通路の陰でこちらを見ているのは、先程応接室に僕達を呼びに来た、あの侍従だった。
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