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エドワード王との会食
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「待っていたぞ」
既に席に着くエドワード王が、ワインがなみなみと注がれたグラスを掲げて笑顔で迎えた。
中には……うん、エドワード王と僕、それにアビゲイル皇女が選抜した数人の給仕だけだ。
「本日はお誘いいただき、ありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はよせ。余とギュスターヴ殿下の仲だ」
「は、はあ……」
そんなこと言われても、まともに会話をしたのは洗礼祭の時だけなんだけど。
「今日のために、特別な食材も取り揃えてある。きっとお主も喜ぶはずだ」
「あ、ありがとうございます」
エドワード王が手を叩くと、料理が次々と運ばれる。
ふむ……確かに、これは特別な食材だね。ヴァルロワ王国特産のものが、ふんだんに使われているようだ。
「本音を言えば、余の口にはあまり合わんのだがな。特にヴァルロワのチーズは、臭くてかなわん」
「あ、あはは……」
顔をしかめ、肩を竦めておどけるエドワード王。
だけど……彼の瞳は、決して笑ってはいなかった。
「さて……本題に入ろう。まず、余に調理人達を入れ替えるように告げたこと、感謝する」
「はい」
エドワード王の感謝の言葉に、僕は頷く。
どうやら、あれから彼の体調が改善したみたいだ。
つまり、一度目の人生でエドワード王が死んだ原因は、毒によるものであると証明されたことになる。
「それで……何者であったのか、お分かりに?」
「……“モンゴメリ”伯爵、と言ってもお主は知らんか」
「はい……」
本当は、モンゴメリ伯爵が何者なのか知っている。
一度目の人生においても、ストラスクライド皇国の忠臣の一人として、エドワード王が崩御した後、皇位継承の正統性を主張して袂を分かったブリジットを引き留めようとした人物。
そして……アビゲイル皇女に最後まで付き従った、数少ない人物だ。
「とにかく、この件は全て秘密裏に処理する。無論、アビゲイルとブリジットにも伝えずに、だ」
エドワード王は、ギロリ、と僕を睨んだ。
アビゲイル皇女に口外するなと、釘を刺しているのだろう。
彼がこのようにするのも、理解はできる。
もし『金獅子王』の毒殺未遂が知れれば、皇国内に少なからず動揺が走る。
何故なら、これはエドワード王の求心力が低下していることを示しているのだから。
皇位継承争いを除いて一枚岩となっているこの国が、分裂してしまう恐れだってある。慎重に対応するのも当然だ。
「そういうことで、この事実を知っている者は貴族では宰相の“フレッチャー”侯爵。皇族では、お主だけだ」
その一言が、僕の肩に重くのしかかる。
もし、毒殺未遂の事実が露見すれば、僕は真っ先に疑われることになる。
だけど。
「陛下は、本当にそのモンゴメリ伯爵が犯人だと考えておいでですか?」
「……言うな」
エドワード王が苦虫を噛み潰したような表情で、視線を逸らした。
彼自身、犯人は別にいると考えている……いや、知っているのだろう。
それでも、あえてそのことに言及しないのは、彼にとって真犯人を特定してしまっては都合が悪いと言っているようなものだ。
「それにしても……ギュスターヴ殿下は王子の中でも末弟で不義の子であり、取るに足らない男だと聞いておったのだがな」
「…………………………」
「おっと、気を悪くするな。確かにそのほうが都合が良いと考え、婚姻を結ぶことになるアビゲイルの希望を聞いてやったことは事実だが、今ではその評価が真逆であったことを、素直に喜んでおるよ」
僕の視線を抗議と勘違いしたようで、エドワード王が慌てて否定した。
まあ、そのような評価を受けていても当然だと思う反面、逆に彼が僕を警戒するきっかけを作ってしまったのも事実。
とはいえ、あの日の一年前に起こる彼の死を防いだことは、その後に待ち受けている皇国の分裂とアビゲイル皇女の孤立を防ぐことに繋がるのだから、それくらい最初から受け入れる覚悟だったけどね。
「いずれにせよ、お主には期待している。アビゲイルのことしかり、王国のことしかり、な」
エドワード王はナプキンで口を拭うと、ゆっくりと席を立つ。
これで、話は終わりということらしい。
「……一つだけ、伺ってもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「僕はヴァルロワ王国の第六王子、ギュスターヴ=デュ=ヴァルロワです。それでも、そのようにして構わない、ということでよろしいですね?」
「無論だ。あの時、お主が言ったではないか。王国は、敵であると」
「…………………………」
「ではな」
エドワード王は、今度こそ食堂を後にした。
「ふう……」
緊張が解け、僕は息を吐いて首元を緩める。
てっきり毒殺未遂の件だけかと思ったが、まさかこのようなお墨付きをもらえるとはね。
エドワード王は暗に、僕にこう告げたのだ。
『皇王毒殺未遂の真犯人を特定することなく終わらせるために、アビゲイルを次の女王にしろ』
と。
それだけ、彼は真犯人が明かされることを恐れているということだ。
本当に……腹が立つ。
ああ。望みどおり、アビゲイル皇女を次の女王にしてみせるとも。
王国への復讐も含めて、最初からそのつもりだったしね。
だけど、全てが終わったら。
「オマエも、罪を償わせてやる」
娘であるアビゲイル皇女を蔑ろにした、その罪を。
既に席に着くエドワード王が、ワインがなみなみと注がれたグラスを掲げて笑顔で迎えた。
中には……うん、エドワード王と僕、それにアビゲイル皇女が選抜した数人の給仕だけだ。
「本日はお誘いいただき、ありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はよせ。余とギュスターヴ殿下の仲だ」
「は、はあ……」
そんなこと言われても、まともに会話をしたのは洗礼祭の時だけなんだけど。
「今日のために、特別な食材も取り揃えてある。きっとお主も喜ぶはずだ」
「あ、ありがとうございます」
エドワード王が手を叩くと、料理が次々と運ばれる。
ふむ……確かに、これは特別な食材だね。ヴァルロワ王国特産のものが、ふんだんに使われているようだ。
「本音を言えば、余の口にはあまり合わんのだがな。特にヴァルロワのチーズは、臭くてかなわん」
「あ、あはは……」
顔をしかめ、肩を竦めておどけるエドワード王。
だけど……彼の瞳は、決して笑ってはいなかった。
「さて……本題に入ろう。まず、余に調理人達を入れ替えるように告げたこと、感謝する」
「はい」
エドワード王の感謝の言葉に、僕は頷く。
どうやら、あれから彼の体調が改善したみたいだ。
つまり、一度目の人生でエドワード王が死んだ原因は、毒によるものであると証明されたことになる。
「それで……何者であったのか、お分かりに?」
「……“モンゴメリ”伯爵、と言ってもお主は知らんか」
「はい……」
本当は、モンゴメリ伯爵が何者なのか知っている。
一度目の人生においても、ストラスクライド皇国の忠臣の一人として、エドワード王が崩御した後、皇位継承の正統性を主張して袂を分かったブリジットを引き留めようとした人物。
そして……アビゲイル皇女に最後まで付き従った、数少ない人物だ。
「とにかく、この件は全て秘密裏に処理する。無論、アビゲイルとブリジットにも伝えずに、だ」
エドワード王は、ギロリ、と僕を睨んだ。
アビゲイル皇女に口外するなと、釘を刺しているのだろう。
彼がこのようにするのも、理解はできる。
もし『金獅子王』の毒殺未遂が知れれば、皇国内に少なからず動揺が走る。
何故なら、これはエドワード王の求心力が低下していることを示しているのだから。
皇位継承争いを除いて一枚岩となっているこの国が、分裂してしまう恐れだってある。慎重に対応するのも当然だ。
「そういうことで、この事実を知っている者は貴族では宰相の“フレッチャー”侯爵。皇族では、お主だけだ」
その一言が、僕の肩に重くのしかかる。
もし、毒殺未遂の事実が露見すれば、僕は真っ先に疑われることになる。
だけど。
「陛下は、本当にそのモンゴメリ伯爵が犯人だと考えておいでですか?」
「……言うな」
エドワード王が苦虫を噛み潰したような表情で、視線を逸らした。
彼自身、犯人は別にいると考えている……いや、知っているのだろう。
それでも、あえてそのことに言及しないのは、彼にとって真犯人を特定してしまっては都合が悪いと言っているようなものだ。
「それにしても……ギュスターヴ殿下は王子の中でも末弟で不義の子であり、取るに足らない男だと聞いておったのだがな」
「…………………………」
「おっと、気を悪くするな。確かにそのほうが都合が良いと考え、婚姻を結ぶことになるアビゲイルの希望を聞いてやったことは事実だが、今ではその評価が真逆であったことを、素直に喜んでおるよ」
僕の視線を抗議と勘違いしたようで、エドワード王が慌てて否定した。
まあ、そのような評価を受けていても当然だと思う反面、逆に彼が僕を警戒するきっかけを作ってしまったのも事実。
とはいえ、あの日の一年前に起こる彼の死を防いだことは、その後に待ち受けている皇国の分裂とアビゲイル皇女の孤立を防ぐことに繋がるのだから、それくらい最初から受け入れる覚悟だったけどね。
「いずれにせよ、お主には期待している。アビゲイルのことしかり、王国のことしかり、な」
エドワード王はナプキンで口を拭うと、ゆっくりと席を立つ。
これで、話は終わりということらしい。
「……一つだけ、伺ってもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「僕はヴァルロワ王国の第六王子、ギュスターヴ=デュ=ヴァルロワです。それでも、そのようにして構わない、ということでよろしいですね?」
「無論だ。あの時、お主が言ったではないか。王国は、敵であると」
「…………………………」
「ではな」
エドワード王は、今度こそ食堂を後にした。
「ふう……」
緊張が解け、僕は息を吐いて首元を緩める。
てっきり毒殺未遂の件だけかと思ったが、まさかこのようなお墨付きをもらえるとはね。
エドワード王は暗に、僕にこう告げたのだ。
『皇王毒殺未遂の真犯人を特定することなく終わらせるために、アビゲイルを次の女王にしろ』
と。
それだけ、彼は真犯人が明かされることを恐れているということだ。
本当に……腹が立つ。
ああ。望みどおり、アビゲイル皇女を次の女王にしてみせるとも。
王国への復讐も含めて、最初からそのつもりだったしね。
だけど、全てが終わったら。
「オマエも、罪を償わせてやる」
娘であるアビゲイル皇女を蔑ろにした、その罪を。
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