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洗礼祭

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「ギュスターヴ殿下、お聞きになりましたか? 皇国は、謝罪として『女神の涙』を送ったそうです」
「へえー」

 マリエットが嬉しそうに話す『女神の涙』というのは、ストラスクライド皇国に伝わる大きなエメラルドの宝石のことだ。
 なんでも、女神アリアンロッドゆかりの地である、聖地“グラントン”で採掘されたらしい。

 皇国は『女神の涙』を国宝扱いしていたはずだけど、あれしきのことで思い切ったなあ。
 それだけ、王国との休戦協定に重きを置いていることの表れでもある。

 ……まあ、二年後・・・を考えれば当然か。

「ただ……」
「ただ?」
「このことにブリジット殿下がご立腹とのことで、騎士団長のグレン=コルベットを糾弾したそうです」
「ふうん」

 今さら何か言ったところで、グレンはこの件に関して不問になったのだから、どうにもならないんだけどね。
 それを分かっていながらも、あの女は何か言わずにはいられなかったんだろう。

 確か、一度目の人生・・・・・・では『女神の涙』の所有者だったし。

「いずれにせよ、僕の知ったことではないよ。それより、そろそろ行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」

 マリエットに送り出され、僕は日課となっている騎士達の訓練場へと足を運ぶ。
 グレンとの立ち合いから三か月が経ったけど、サイラス将軍の特訓のおかげで剣術の腕前は驚くほど上達している……んだけど。

「何をしておるか! そんなことでは、敵を打ち倒すことなどできんわ!」
「は、はい!」

 とまあ、サイラス将軍はとうとう付きっきりで僕の指導にあたっている。
 最初のあの無意味なやり取りは何だったのかと言いたいけど、どうやら彼もまどろっこしくなったようだ。

 それ以外にも、ちょっとした変化があって。

「それにしても、ギュスターヴ殿下はよくサイラス閣下のしごき・・・に耐えておられますね……」
「あ、あはは……」

 とまあ、一部の騎士達が気さくに話しかけてくれるようになった。
 それとなく聞いたことがあったけど、僕がサイラス将軍の特訓について行けず、すぐに音を上げると思っていたらしい。要は、僕のことを見直したということだ。

 といっても、それらはサイラス将軍の配下の者だけであって、他の騎士達からは相変わらず白い目で見られているんだけどね。それでも、嬉しいことには変わりない。
 だって……あの最低だった一度目の人生・・・・・・を、少しでも変えることができるんだって、証明できたのだから。

「ギュスターヴ殿下」
「アビゲイル殿下」

 日が暮れてようやく訓練が終わった頃、いつものようにアビゲイル皇女が訓練場にやって来た。
 公務で忙しいはずなのに、この時間になると必ずこうやって迎えに来てくれるのだから、嬉しいに決まっている。

「では、まいりましょう」
「はい……」

 そして、僕達が立ち去る際にグレンがこちらを見ていることも、いつもどおり。
 後ろでクレアが、見られていないと思って不機嫌な表情をしていることも、ね。

 ◇

「洗礼祭、ですか……」
「はい。毎年この日は、女神アリアンロッドの洗礼を受け、全ての国民が祝福されることとなっています」

 深夜、アビゲイル皇女の部屋のベッドで隣同士に座り、説明を受ける。
 一度目の人生・・・・・・でも、この行事は毎年開催されており、僕も嫌々ながら参加していた。

 ただ……洗礼祭の主役は、決まってブリジットだった。
 ヴァルロワ王国に聖女がいるように、皇国においてもそれに負けじとブリジットを『女神の代行者』として位置づけ、皇室の神秘性と国民の高揚に一役買っている。

 ……アビゲイル皇女には、『ギロチン皇女』なんて役割を押し付けているくせに。

「あ……も、もちろん、お嫌であれば欠席いただいても……」
「いいえ、是非とも参加いたします。あなたの婚約者として」

 いけない。彼女の理不尽な扱いに腹を立てていたせいで、余計な気を遣わせてしまった。
 それに、この行事への参加は僕にとっても絶好の機会。逃すわけにはいかない。

「よかった……」
「当然じゃないですか。この行事で、あなたの隣には僕がいるのだと、初めて国民に披露するのですから」

 安堵の表情を浮かべるアビゲイル皇女の手を、そっと握る。
 一度目の人生・・・・・・ならともかく、今の僕が彼女に恥をかかせるような真似をするはずがない。

 婚約者不在でたった一人、国民の前でさらし者にするなど。

「ところで、皇王陛下は当然ながらご出席されると思いますが、それは式典の最後まで……?」
「? はい。毎年、この日は他の公務を入れないこととなっておりますので……」

 不思議そうな表情でアビゲイル皇女は答えるが、どうやらそういうことらしい。
 なら……接触する機会はありそうだ。

「ありがとうございます。今からあなたの婚約者だと紹介されることが、待ち遠しくてたまりません」
「あ……わ、私もです……」

 恥ずかしそうにうつむくアビゲイル皇女。
 その口元は、とても嬉しそうに緩んでいた。
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