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ギロチン皇女の秘めたる想い ※アビゲイル=オブ=ストラスクライド視点
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■アビゲイル=オブ=ストラスクライド視点
「アビゲイル殿下、やはり私は反対です」
お風呂に浸かる私のお世話をするクレアが、険しい表情で訴える。
私ほどではないけれど、あまり感情を見せない彼女にしては珍しい。
「どうして?」
「既にご存知のとおり、ヴァルロワ王国は無用の王子を殿下にあてがわれたのです。これ以上の侮辱はありません」
「…………………………」
私の強い口調での問いかけにも物怖じせず、クレアが淡々と告げた。
彼女の言うとおり、ギュスターヴ殿下は王と使用人の間に生まれた不義の子として、王国内では空気以下の存在として扱われている。
……いえ、空気以下であればまだよかった。
だって、実際にはそれ以上に酷い扱いを受けていたのだから。
生みの親である母は彼が生まれてすぐに他界し、父であるはずの国王をはじめ、五人の兄達、王宮の使用人や騎士、貴族達と、全ての者が、彼が存在するだけで罪であると虐げてきたのです。
勉学や剣術など、どれだけ努力を重ねて素晴らしい成績を収めても、決して認められることなく、むしろ五人の兄を軽んじる行為だとして、逆に咎められ、罰を受ける始末。
その結果、ギュスターヴ殿下の心は壊れてしまい、息をしているだけの抜け殻になってしまわれた……。
本当に、王国にいる諜報員達からの報告が届くたびに、何度八つ裂きにしてやりたいと思ったことか。
これ以上あの御方が苦しまなくていいようにと、何度祈ったことか。
だからこそ、私はお父様……国王陛下に、休戦協定の条件の一つに、ギュスターヴ殿下との婚姻を加えていただくようにお願いしたのだから。
「それに、晩餐会での向こうの聖女セシルとのやり取りをご覧になられましたように、やはりギュスターヴ殿下は、使用人にお手付きをした好色なシャルル国王や、それを受け入れた不埒な使用人の母と同じ血を……」
「クレア」
「っ!? ……申し訳ございません」
これ以上言うのなら、たとえ時には姉のように長年仕えてくれたクレアであっても、絶対に許しはしない。
それが分かったからこそ、彼女はこれ以上ギュスターヴ殿下のことについて話すことをやめた。
私はお風呂から上がり、ナイトウェアに着替えると。
「下がりなさい」
「はい……殿下、おやすみなさいませ」
恭しく一礼し、クレアは部屋を出て行った。
今夜はもう、彼女の顔は見たくない。
私のギュスターヴ殿下を悪し様に言ったのです。
たとえそれが私のことを想ってのものだとしても、絶対に許せなかった。
「でも……」
諜報員からの報告には、続きがあった。
私との婚約が決まって以降、今まで部屋に引きこもっておられたギュスターヴ殿下が、人が変わったように剣術の稽古に励んでおられたとのこと。
ただ、一心不乱に。ただ、無我夢中に。
ひょっとしたら、敵である皇国に来ることになり、ご自分の身を守るために鍛えておられるのかもしれない。
そう思うと、私の我儘で婚約を結んだことを、申し訳なく思ってしまう。
もちろん、ギュスターヴ殿下に危害が及ぶようなことは絶対にさせませんし、仮にそのような不届き者がいれば、この私が全力で排除します。
だけど。
「……まさかギュスターヴ殿下が、あのような……っ」
恥ずかしさのあまり、私は両手で顔を覆う。
まさか、私の手にその……く、口づけをなさるなんて……。
「で、ですが、私とギュスターヴ殿下は婚約したのですから、おかしくはありませんよね」
そうです。
私は念願叶い、あの御方と夫婦になるのです。
幼い頃……あの時からずっと想い続けていた、ギュスターヴ殿下と。
自分がそうなるように仕組んだとはいえ、ギュスターヴ殿下の私への予想外の振る舞いはさすがに心臓が持ちません。
しかも、王国であのような仕打ちを受けておられたにもかかわらず、あの御方が私に向けてくださるまなざしは、そのお心遣いは、あの時と同じようにとても優しくて、温かくて……。
「……ですが、やはり覚えてはいらっしゃいませんでしたね」
調印式の場でお逢いした時、私を見て突然涙をお見せになったので、ひょっとしたらと思いましたが、その後の様子を窺う限りではあの時のことは覚えていらっしゃらない様子。
とはいえ、あの御方には色々ありましたから、お忘れになっていたとしても仕方ありません。
少し切なくはあるものの、それはこれから育んでいけばいい。
私達の……二人の未来を。
「まあ……その前に、あの女のことを調べなければなりませんが」
私のギュスターヴ殿下に、しかもこの私の目の前であのような真似をした失礼な女。
聖女だかなんだか知りませんが、相応の報いを受けていただかないと気が済みません。
といっても、どうせ碌な女ではないことは目に見えておりますが。
「ふふ……これから楽しみです」
あの御方に決して見せることのできない微笑を浮かべ、私はいつも肌身離さず持ち続けている宝物……子供用の衣装に付いていた、小さな小さな金のボタンを、ギュ、と握りしめた。
「アビゲイル殿下、やはり私は反対です」
お風呂に浸かる私のお世話をするクレアが、険しい表情で訴える。
私ほどではないけれど、あまり感情を見せない彼女にしては珍しい。
「どうして?」
「既にご存知のとおり、ヴァルロワ王国は無用の王子を殿下にあてがわれたのです。これ以上の侮辱はありません」
「…………………………」
私の強い口調での問いかけにも物怖じせず、クレアが淡々と告げた。
彼女の言うとおり、ギュスターヴ殿下は王と使用人の間に生まれた不義の子として、王国内では空気以下の存在として扱われている。
……いえ、空気以下であればまだよかった。
だって、実際にはそれ以上に酷い扱いを受けていたのだから。
生みの親である母は彼が生まれてすぐに他界し、父であるはずの国王をはじめ、五人の兄達、王宮の使用人や騎士、貴族達と、全ての者が、彼が存在するだけで罪であると虐げてきたのです。
勉学や剣術など、どれだけ努力を重ねて素晴らしい成績を収めても、決して認められることなく、むしろ五人の兄を軽んじる行為だとして、逆に咎められ、罰を受ける始末。
その結果、ギュスターヴ殿下の心は壊れてしまい、息をしているだけの抜け殻になってしまわれた……。
本当に、王国にいる諜報員達からの報告が届くたびに、何度八つ裂きにしてやりたいと思ったことか。
これ以上あの御方が苦しまなくていいようにと、何度祈ったことか。
だからこそ、私はお父様……国王陛下に、休戦協定の条件の一つに、ギュスターヴ殿下との婚姻を加えていただくようにお願いしたのだから。
「それに、晩餐会での向こうの聖女セシルとのやり取りをご覧になられましたように、やはりギュスターヴ殿下は、使用人にお手付きをした好色なシャルル国王や、それを受け入れた不埒な使用人の母と同じ血を……」
「クレア」
「っ!? ……申し訳ございません」
これ以上言うのなら、たとえ時には姉のように長年仕えてくれたクレアであっても、絶対に許しはしない。
それが分かったからこそ、彼女はこれ以上ギュスターヴ殿下のことについて話すことをやめた。
私はお風呂から上がり、ナイトウェアに着替えると。
「下がりなさい」
「はい……殿下、おやすみなさいませ」
恭しく一礼し、クレアは部屋を出て行った。
今夜はもう、彼女の顔は見たくない。
私のギュスターヴ殿下を悪し様に言ったのです。
たとえそれが私のことを想ってのものだとしても、絶対に許せなかった。
「でも……」
諜報員からの報告には、続きがあった。
私との婚約が決まって以降、今まで部屋に引きこもっておられたギュスターヴ殿下が、人が変わったように剣術の稽古に励んでおられたとのこと。
ただ、一心不乱に。ただ、無我夢中に。
ひょっとしたら、敵である皇国に来ることになり、ご自分の身を守るために鍛えておられるのかもしれない。
そう思うと、私の我儘で婚約を結んだことを、申し訳なく思ってしまう。
もちろん、ギュスターヴ殿下に危害が及ぶようなことは絶対にさせませんし、仮にそのような不届き者がいれば、この私が全力で排除します。
だけど。
「……まさかギュスターヴ殿下が、あのような……っ」
恥ずかしさのあまり、私は両手で顔を覆う。
まさか、私の手にその……く、口づけをなさるなんて……。
「で、ですが、私とギュスターヴ殿下は婚約したのですから、おかしくはありませんよね」
そうです。
私は念願叶い、あの御方と夫婦になるのです。
幼い頃……あの時からずっと想い続けていた、ギュスターヴ殿下と。
自分がそうなるように仕組んだとはいえ、ギュスターヴ殿下の私への予想外の振る舞いはさすがに心臓が持ちません。
しかも、王国であのような仕打ちを受けておられたにもかかわらず、あの御方が私に向けてくださるまなざしは、そのお心遣いは、あの時と同じようにとても優しくて、温かくて……。
「……ですが、やはり覚えてはいらっしゃいませんでしたね」
調印式の場でお逢いした時、私を見て突然涙をお見せになったので、ひょっとしたらと思いましたが、その後の様子を窺う限りではあの時のことは覚えていらっしゃらない様子。
とはいえ、あの御方には色々ありましたから、お忘れになっていたとしても仕方ありません。
少し切なくはあるものの、それはこれから育んでいけばいい。
私達の……二人の未来を。
「まあ……その前に、あの女のことを調べなければなりませんが」
私のギュスターヴ殿下に、しかもこの私の目の前であのような真似をした失礼な女。
聖女だかなんだか知りませんが、相応の報いを受けていただかないと気が済みません。
といっても、どうせ碌な女ではないことは目に見えておりますが。
「ふふ……これから楽しみです」
あの御方に決して見せることのできない微笑を浮かべ、私はいつも肌身離さず持ち続けている宝物……子供用の衣装に付いていた、小さな小さな金のボタンを、ギュ、と握りしめた。
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