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喜劇の幕開け
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「フフ……ギュスターヴ殿下、アビゲイル殿下とのお話しは楽しかったですか?」
……ルイの次は聖女か。席に戻ってくるなり、鬱陶しいな。
とはいえ、この女には最後の最後まで騙されてもらわないといけないから、さっきのルイみたいな扱いもできない。
「はい。おかげさまで」
僕は笑顔の仮面を貼りつけ、嬉しそうに答えた。
だけど、さっきからアビゲイル皇女の視線を感じる……。
「それはよかったです。これで、王国と皇国の未来は安泰ですね」
同じくセシルも、満足げに僕に微笑み返す。
この女からの指示の一つは、アビゲイル皇女を籠絡するというものだから、初日としてはまずまずとでも思っているのだろう。
「ですが」
「っ!?」
「……おつらいでしょうが、王国の……いえ、この私のために、どうかお力を貸してください」
突然身体を寄せてきたかと思うと、そんなことを耳打ちしてきた。
この女……アビゲイル皇女が見ているんだぞ? こんな真似をして、一体何を考えているんだ。
少なくとも、オマエの目的のためにはアビゲイル皇女から信頼を得なければならないことくらい、分かっているはずなのに……って。
「…………………………」
「…………………………」
ひしひしと感じる、射殺すような視線。
一つは言うまでもなく隣のアビゲイル皇女。もう一つは、ルイのものだった。
ああ、そうか。ルイは皇都襲撃の際、この聖女と仲睦まじい姿を見せていたな。つまり、この頃からこの女に懸想していたということだ。
こんな女狐がいいなんて、あの男も趣味が悪い。
それはともかく、アビゲイル皇女の誤解だけは絶対に解いておかないと。
「聖女様、お戯れはおやめください。僕にはアビゲイル殿下という素敵な婚約者がおります」
「フフ、そうでしたね」
口元を抑え、クスリ、と笑うと、セシルはすぐに僕から離れた。
少し不機嫌な様子を見せて毅然と断ったからだろう。アビゲイル皇女の視線が、先程よりも少しだけ柔らかく感じる。
「ですが、今の私の言葉だけはお忘れなきよう」
「…………………………」
僕とアビゲイル皇女にそれぞれ恭しく一礼すると、セシルは自分の席へと戻って行った。
◇
「アビゲイル殿下、どうぞお手を」
緊張に包まれた晩餐会もようやく終わり、僕はアビゲイル皇女の前で跪いて手を差し出した。
「ギュスターヴ殿下、わざわざそのようになさらなくても結構です」
「いいえ、そういうわけにはまいりません」
アビゲイル皇女は断ろうとするが、ここで折れるわけにはいかない。
何しろ、あの聖女のせいで終始不機嫌になってしまっているのだから。表情こそ変わらないまでも、視線を逸らしているのがよい証拠だ。
だけど、それも当然だ。彼女からすれば、自分の婚約の場であるにもかかわらず、多くの者の面前で恥をかかされたようなものなのだから。
ともあれ、僕は今日一日で色々と思い知らされた。
一度目の人生の彼女は、ずっと表情も変えず冷たい視線だけを向け続ける、『ギロチン皇女』の名に相応しい冷酷な女性なのだと思っていた。
だけど、あの日の彼女を知って、こうして再びめぐり逢えて、その仕草や心遣いなどから、本当はとても温かく人間味のある女性なのだと知った。
僕はそれだけ、一度目の人生で何も見ようとしてこなかったんだ。
だからこそ、僕はもっと知りたい。
アビゲイル=オブ=ストラスクライドという女性のことを。
「……ギュスターヴ殿下は、意外にも頑固なのですね」
「あはは、それは初めて言われました」
アビゲイル皇女の皮肉に、僕は苦笑する。
でも、彼女は折れてくれたようで、その小さな手をそっと添えた。
「では、まいりましょう」
「はい」
僕とアビゲイル皇女は、それぞれの侍女であるマリエットとクレアを連れ、会場を後にする。
一応、形式上は、出席者達が拍手で見僕達を送ってくれた。その中には、ルイとセシルの姿も。
だけど、出る直前に視界の端に映ったのは、聖女に詰め寄るルイの姿だった。おそらく、先程のやり取りの件について問い質しているのだろう。
ただ、僕としてはこのままお互いが仲違いすることで、計画が頓挫してしまうことだけは避けたい。後でマリエットにそれとなく言って、様子を探ることにしよう。
「……ギュスターヴ殿下」
「? なんでしょうか?」
「その……あの方とは、どのような関係なのでしょうか……?」
部屋へと向かう途中、アビゲイル皇女が僕の顔を覗き込む。
彼女の言う『あの方』というのは、言うまでもなくセシルのことだろう。
さて……どうしたものか。
すぐにあの女との関係を否定したいけど、あいにくマリエットの奴がいる。下手なことを言ったら、聖女に伝わってしまう。
なら。
「アビゲイル殿下もご存知のとおり、彼女はヴァルロア王国の国教であるリアンノン聖教会の聖女様です。先程は、女神リアンノンの代行者として、あなたと僕の婚約を祝福してくださったのですよ」
当たり障りのない言葉で、お茶を濁す。
これなら、僕に絡んできたのはあくまでも聖女としての立場であり、決してそれ以上の関係ではないと思うだろうから。
「で、では……いえ、なんでもありません」
さらに何かを尋ねようとしたアビゲイル皇女だったが、かぶりを振って口を噤んだ。
そうして無言で歩く中、彼女の部屋の前に到着すると。
「アビゲイル殿下……これから、どうぞよろしくお願いします」
「あ……」
僕は跪き、彼女の手の甲に口づけを落とす。
「では、おやすみなさい」
「そ、その、おやすみなさい」
微笑んでお辞儀をし、僕はマリエットを連れて部屋へと戻った。
さあ……いよいよ、復讐と言う名の喜劇が幕を開ける。
聖女を、ルイを、フィリップを、マリエットを、王国の全ての者を、僕が味わった以上の絶望へと導いてやろう。
窓の外に見える漆黒の海を眺め、僕はニタア、と口の端を吊り上げた。
……ルイの次は聖女か。席に戻ってくるなり、鬱陶しいな。
とはいえ、この女には最後の最後まで騙されてもらわないといけないから、さっきのルイみたいな扱いもできない。
「はい。おかげさまで」
僕は笑顔の仮面を貼りつけ、嬉しそうに答えた。
だけど、さっきからアビゲイル皇女の視線を感じる……。
「それはよかったです。これで、王国と皇国の未来は安泰ですね」
同じくセシルも、満足げに僕に微笑み返す。
この女からの指示の一つは、アビゲイル皇女を籠絡するというものだから、初日としてはまずまずとでも思っているのだろう。
「ですが」
「っ!?」
「……おつらいでしょうが、王国の……いえ、この私のために、どうかお力を貸してください」
突然身体を寄せてきたかと思うと、そんなことを耳打ちしてきた。
この女……アビゲイル皇女が見ているんだぞ? こんな真似をして、一体何を考えているんだ。
少なくとも、オマエの目的のためにはアビゲイル皇女から信頼を得なければならないことくらい、分かっているはずなのに……って。
「…………………………」
「…………………………」
ひしひしと感じる、射殺すような視線。
一つは言うまでもなく隣のアビゲイル皇女。もう一つは、ルイのものだった。
ああ、そうか。ルイは皇都襲撃の際、この聖女と仲睦まじい姿を見せていたな。つまり、この頃からこの女に懸想していたということだ。
こんな女狐がいいなんて、あの男も趣味が悪い。
それはともかく、アビゲイル皇女の誤解だけは絶対に解いておかないと。
「聖女様、お戯れはおやめください。僕にはアビゲイル殿下という素敵な婚約者がおります」
「フフ、そうでしたね」
口元を抑え、クスリ、と笑うと、セシルはすぐに僕から離れた。
少し不機嫌な様子を見せて毅然と断ったからだろう。アビゲイル皇女の視線が、先程よりも少しだけ柔らかく感じる。
「ですが、今の私の言葉だけはお忘れなきよう」
「…………………………」
僕とアビゲイル皇女にそれぞれ恭しく一礼すると、セシルは自分の席へと戻って行った。
◇
「アビゲイル殿下、どうぞお手を」
緊張に包まれた晩餐会もようやく終わり、僕はアビゲイル皇女の前で跪いて手を差し出した。
「ギュスターヴ殿下、わざわざそのようになさらなくても結構です」
「いいえ、そういうわけにはまいりません」
アビゲイル皇女は断ろうとするが、ここで折れるわけにはいかない。
何しろ、あの聖女のせいで終始不機嫌になってしまっているのだから。表情こそ変わらないまでも、視線を逸らしているのがよい証拠だ。
だけど、それも当然だ。彼女からすれば、自分の婚約の場であるにもかかわらず、多くの者の面前で恥をかかされたようなものなのだから。
ともあれ、僕は今日一日で色々と思い知らされた。
一度目の人生の彼女は、ずっと表情も変えず冷たい視線だけを向け続ける、『ギロチン皇女』の名に相応しい冷酷な女性なのだと思っていた。
だけど、あの日の彼女を知って、こうして再びめぐり逢えて、その仕草や心遣いなどから、本当はとても温かく人間味のある女性なのだと知った。
僕はそれだけ、一度目の人生で何も見ようとしてこなかったんだ。
だからこそ、僕はもっと知りたい。
アビゲイル=オブ=ストラスクライドという女性のことを。
「……ギュスターヴ殿下は、意外にも頑固なのですね」
「あはは、それは初めて言われました」
アビゲイル皇女の皮肉に、僕は苦笑する。
でも、彼女は折れてくれたようで、その小さな手をそっと添えた。
「では、まいりましょう」
「はい」
僕とアビゲイル皇女は、それぞれの侍女であるマリエットとクレアを連れ、会場を後にする。
一応、形式上は、出席者達が拍手で見僕達を送ってくれた。その中には、ルイとセシルの姿も。
だけど、出る直前に視界の端に映ったのは、聖女に詰め寄るルイの姿だった。おそらく、先程のやり取りの件について問い質しているのだろう。
ただ、僕としてはこのままお互いが仲違いすることで、計画が頓挫してしまうことだけは避けたい。後でマリエットにそれとなく言って、様子を探ることにしよう。
「……ギュスターヴ殿下」
「? なんでしょうか?」
「その……あの方とは、どのような関係なのでしょうか……?」
部屋へと向かう途中、アビゲイル皇女が僕の顔を覗き込む。
彼女の言う『あの方』というのは、言うまでもなくセシルのことだろう。
さて……どうしたものか。
すぐにあの女との関係を否定したいけど、あいにくマリエットの奴がいる。下手なことを言ったら、聖女に伝わってしまう。
なら。
「アビゲイル殿下もご存知のとおり、彼女はヴァルロア王国の国教であるリアンノン聖教会の聖女様です。先程は、女神リアンノンの代行者として、あなたと僕の婚約を祝福してくださったのですよ」
当たり障りのない言葉で、お茶を濁す。
これなら、僕に絡んできたのはあくまでも聖女としての立場であり、決してそれ以上の関係ではないと思うだろうから。
「で、では……いえ、なんでもありません」
さらに何かを尋ねようとしたアビゲイル皇女だったが、かぶりを振って口を噤んだ。
そうして無言で歩く中、彼女の部屋の前に到着すると。
「アビゲイル殿下……これから、どうぞよろしくお願いします」
「あ……」
僕は跪き、彼女の手の甲に口づけを落とす。
「では、おやすみなさい」
「そ、その、おやすみなさい」
微笑んでお辞儀をし、僕はマリエットを連れて部屋へと戻った。
さあ……いよいよ、復讐と言う名の喜劇が幕を開ける。
聖女を、ルイを、フィリップを、マリエットを、王国の全ての者を、僕が味わった以上の絶望へと導いてやろう。
窓の外に見える漆黒の海を眺め、僕はニタア、と口の端を吊り上げた。
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