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例外の末路
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いよいよアビゲイル皇女との婚約、そしてストラスクライド皇国へと向かう日を一週間後に控え、僕は今日も訓練場の片隅で剣を振るう。
フィリップとの手合わせ以降、騎士達が僕に絡んでくることはなく、ただ侮蔑の視線を向けてくるだけだった。
まあ、あの騎士のように僕に負けてしまったら、名誉を傷つけられるばかりか、下手をすれば命だって奪われかねないのだから、絡んでこないのも当然なんだけど。
……いや、一人だけ例外がいたか。
「ギュスターヴ殿下、俺と手合わせ願います」
「ハア……またお前か」
後ろから声をかけられ、僕は振り返って溜息を吐く。
この男の名は“レナルド=ルクレール”。王宮騎士団の中では最も若く、最も下っ端なんだけど、とにかくバラケ副団長に咎められても、性懲りもなく絡んでくるので困ったものだよ。
「ひょっとして、俺に負けるのが怖いんですか?」
「何を言っている。これまで百回以上手合わせをしているが、全て僕に負けているじゃないか」
レナルドの下手くそな挑発に、思わず呆れてしまう。
とはいえ。
「いいよ、やろうか」
「っ! よろしくお願いします!」
実力差があるとはいえ、手合わせをすることは僕が強くなるために必要だし、それにレナルドも何度も手合わせをしているせいか、最初の頃と比べてかなり剣の腕が上達している。
これじゃ、僕が将来の敵を鍛えているみたいだな。
そんなことを考え、僕は思わず苦笑した。
「む……何がおかしいのですか」
「ああ、ごめんごめん。さあ、始めようか」
ジト目で睨むレナルドに軽く謝り、手合わせをした……んだけど。
「クソ……ッ!」
レナルドは地面に転がり、悔しそうな表情を見せる。
周囲の騎士達は、もはやいつもの光景なのでこちらを見向きもしない。
「ふう……これで今日の手合わせは五回目だし、もう満足したよね?」
「っ! もう一回! もう一回だけ手合わせ願います!」
ええー……正直、僕の体力が限界なんだけど。
いつも思うけどレナルドの奴、無駄に体力と打たれ強さだけはあるんだよな……。
「……次で本当に最後だぞ」
「はい!」
ということで、泣きの一回の手合わせをするものの、やはりレナルドは僕に打ちのめされてうずくまった。
「じゃあ、今度こそ終わりだ」
「…………………………」
右手を差し出すと、レナルドは悔しそうな表情で手を取り、立ち上がる。
「……なあ」
「? 何ですか?」
「どうしてお前は、そんなにも僕に立ち合いを挑んでくるんだ?」
僕は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
他の騎士達は、僕との手合わせどころか一切関わってこようとはしない。
にもかかわらず、この男は、まるで僕に負けることもお構いなしに何度も挑み続けている。
何より……レナルドの言葉も、その態度も、僕を侮辱するようなものは窺えなかった。
王宮の者達は、僕のことをよく思っていないはずなのに。
「もちろん、ギュスターヴ殿下に勝ちたいからです」
「いや、それは分かっているけど、そうじゃなくて……」
「俺は、あの立ち合いを見て思ったんです。自分より年下の殿下が、どうして年不相応な実力を持っているのかと」
それに関しては、一度目の人生で培ったものではあるんだけど、当然ながらそんなこと言えない。
「殿下がここまでの実力を手に入れるためには、並大抵の努力ではなかったでしょう。それは、普段の鬼気迫る訓練の様子からも分かります」
「…………………………」
「だから俺、思ったんです。そんなギュスターヴ殿下と立ち合い、勝ってみたいと」
驚いた。
レナルドは、王宮騎士であるにもかかわらず、色眼鏡なく僕のことをそんなにも評価してくれていたなんて。
「まあ、そういうことで、ギュスターヴ殿下が皇国に行かれるまであと一週間。絶対に勝ってみせますよ」
「そうか……」
レナルドは、そう言って屈託のない笑顔を見せる。
僕は、王国内で初めて自分という人間を評価してくれた目の前の男に、同じく微笑んでみせた。
◇
「……珍しいこともあるんだな」
アビゲイル皇女との婚約まであと三日に迫り、素振りを行いながら僕はポツリ、と呟く。
いつもなら、レナルドの奴が鬱陶しいくらい絡んでくるというのに……って、これじゃ僕があいつを待っているみたいじゃないか。
そもそも僕が鍛えているのは、王国への復讐と、自分とアビゲイル皇女を守るためなんだ。
だから、別にあいつがいなくても、どうだっていいんだよ。
「あははっ」
まるで言い訳じみたことを考えてしまい、僕は笑ってしまった。
結局のところ、面倒に思いつつも、あいつとのやり取りが存外嫌いじゃないみたいだ。
「いやあ、残り三日しかないのに、レナルドも一日無駄にしちゃったね。これは、僕の全勝で決着がつきそう……」
「ギュスターヴ殿下」
肩を竦めて素振りを再開しようとしたところで、バラケ副団長が声をかけてきた。
騎士との立ち合い以降、一度も関わってこなかったくせに、どういう風の吹き回しだ?
「……なんだ?」
「王宮騎士レナルド=ルクレールは、訓練中の事故により死亡しました」
「…………………………は?」
バラケ副団長の突然の報告に、僕は呆けた声を漏らす。
あいつが……レナルドが、死んだ?
「訓練の一環としてフィリップ殿下と手合わせをしたのですが、打ちどころが悪かったようでして……遺体をご確認なさいますか?」
「…………………………」
部下が……仲間が死んだっていうのに、どこか愉快そうな様子のバラケ副団長。
それが気になった僕は、無言で頷いてレナルドの遺体がある霊安室に案内してもらうと。
「これ、は……」
手足があらぬ方向に折れ曲がり、全身痣だらけの身体。
その双眸は見開いており、まるで僕に訴えかけているようにも見えた。
レナルドが受けた、その無念を。
「いやあ……レナルドは将来有望で、今回のことは大変残念ではありますが、事故ならば仕方ありません。殿下もそう思われるでしょう?」
よく言うよ。レナルドの身体を見る限り、一方的に暴行を受けたのは間違いないじゃないか。おそらく、フィリップだけでなく他の騎士達も加わっていたんだろう。
まったく……僕に関わったりしたせいで、こんなことになったんだ。本当に、馬鹿な奴だよ。
「ギュスターヴ殿下、どちらへ?」
「…………………………」
下卑た笑みを浮かべて尋ねるバラケ副団長を無視し、踵を返して訓練場へと戻る。
まあ、知ったことじゃないけど……安心してよ。
お前をこんな姿にした連中は、いずれ僕の手によって、それ以上の目に遭わせてやるから。
僕はニタア、と口の端を吊り上げ、この場から去った。
滴り落ちた血が、服を汚すこともいとわないほど、拳を強く握りしめて。
フィリップとの手合わせ以降、騎士達が僕に絡んでくることはなく、ただ侮蔑の視線を向けてくるだけだった。
まあ、あの騎士のように僕に負けてしまったら、名誉を傷つけられるばかりか、下手をすれば命だって奪われかねないのだから、絡んでこないのも当然なんだけど。
……いや、一人だけ例外がいたか。
「ギュスターヴ殿下、俺と手合わせ願います」
「ハア……またお前か」
後ろから声をかけられ、僕は振り返って溜息を吐く。
この男の名は“レナルド=ルクレール”。王宮騎士団の中では最も若く、最も下っ端なんだけど、とにかくバラケ副団長に咎められても、性懲りもなく絡んでくるので困ったものだよ。
「ひょっとして、俺に負けるのが怖いんですか?」
「何を言っている。これまで百回以上手合わせをしているが、全て僕に負けているじゃないか」
レナルドの下手くそな挑発に、思わず呆れてしまう。
とはいえ。
「いいよ、やろうか」
「っ! よろしくお願いします!」
実力差があるとはいえ、手合わせをすることは僕が強くなるために必要だし、それにレナルドも何度も手合わせをしているせいか、最初の頃と比べてかなり剣の腕が上達している。
これじゃ、僕が将来の敵を鍛えているみたいだな。
そんなことを考え、僕は思わず苦笑した。
「む……何がおかしいのですか」
「ああ、ごめんごめん。さあ、始めようか」
ジト目で睨むレナルドに軽く謝り、手合わせをした……んだけど。
「クソ……ッ!」
レナルドは地面に転がり、悔しそうな表情を見せる。
周囲の騎士達は、もはやいつもの光景なのでこちらを見向きもしない。
「ふう……これで今日の手合わせは五回目だし、もう満足したよね?」
「っ! もう一回! もう一回だけ手合わせ願います!」
ええー……正直、僕の体力が限界なんだけど。
いつも思うけどレナルドの奴、無駄に体力と打たれ強さだけはあるんだよな……。
「……次で本当に最後だぞ」
「はい!」
ということで、泣きの一回の手合わせをするものの、やはりレナルドは僕に打ちのめされてうずくまった。
「じゃあ、今度こそ終わりだ」
「…………………………」
右手を差し出すと、レナルドは悔しそうな表情で手を取り、立ち上がる。
「……なあ」
「? 何ですか?」
「どうしてお前は、そんなにも僕に立ち合いを挑んでくるんだ?」
僕は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
他の騎士達は、僕との手合わせどころか一切関わってこようとはしない。
にもかかわらず、この男は、まるで僕に負けることもお構いなしに何度も挑み続けている。
何より……レナルドの言葉も、その態度も、僕を侮辱するようなものは窺えなかった。
王宮の者達は、僕のことをよく思っていないはずなのに。
「もちろん、ギュスターヴ殿下に勝ちたいからです」
「いや、それは分かっているけど、そうじゃなくて……」
「俺は、あの立ち合いを見て思ったんです。自分より年下の殿下が、どうして年不相応な実力を持っているのかと」
それに関しては、一度目の人生で培ったものではあるんだけど、当然ながらそんなこと言えない。
「殿下がここまでの実力を手に入れるためには、並大抵の努力ではなかったでしょう。それは、普段の鬼気迫る訓練の様子からも分かります」
「…………………………」
「だから俺、思ったんです。そんなギュスターヴ殿下と立ち合い、勝ってみたいと」
驚いた。
レナルドは、王宮騎士であるにもかかわらず、色眼鏡なく僕のことをそんなにも評価してくれていたなんて。
「まあ、そういうことで、ギュスターヴ殿下が皇国に行かれるまであと一週間。絶対に勝ってみせますよ」
「そうか……」
レナルドは、そう言って屈託のない笑顔を見せる。
僕は、王国内で初めて自分という人間を評価してくれた目の前の男に、同じく微笑んでみせた。
◇
「……珍しいこともあるんだな」
アビゲイル皇女との婚約まであと三日に迫り、素振りを行いながら僕はポツリ、と呟く。
いつもなら、レナルドの奴が鬱陶しいくらい絡んでくるというのに……って、これじゃ僕があいつを待っているみたいじゃないか。
そもそも僕が鍛えているのは、王国への復讐と、自分とアビゲイル皇女を守るためなんだ。
だから、別にあいつがいなくても、どうだっていいんだよ。
「あははっ」
まるで言い訳じみたことを考えてしまい、僕は笑ってしまった。
結局のところ、面倒に思いつつも、あいつとのやり取りが存外嫌いじゃないみたいだ。
「いやあ、残り三日しかないのに、レナルドも一日無駄にしちゃったね。これは、僕の全勝で決着がつきそう……」
「ギュスターヴ殿下」
肩を竦めて素振りを再開しようとしたところで、バラケ副団長が声をかけてきた。
騎士との立ち合い以降、一度も関わってこなかったくせに、どういう風の吹き回しだ?
「……なんだ?」
「王宮騎士レナルド=ルクレールは、訓練中の事故により死亡しました」
「…………………………は?」
バラケ副団長の突然の報告に、僕は呆けた声を漏らす。
あいつが……レナルドが、死んだ?
「訓練の一環としてフィリップ殿下と手合わせをしたのですが、打ちどころが悪かったようでして……遺体をご確認なさいますか?」
「…………………………」
部下が……仲間が死んだっていうのに、どこか愉快そうな様子のバラケ副団長。
それが気になった僕は、無言で頷いてレナルドの遺体がある霊安室に案内してもらうと。
「これ、は……」
手足があらぬ方向に折れ曲がり、全身痣だらけの身体。
その双眸は見開いており、まるで僕に訴えかけているようにも見えた。
レナルドが受けた、その無念を。
「いやあ……レナルドは将来有望で、今回のことは大変残念ではありますが、事故ならば仕方ありません。殿下もそう思われるでしょう?」
よく言うよ。レナルドの身体を見る限り、一方的に暴行を受けたのは間違いないじゃないか。おそらく、フィリップだけでなく他の騎士達も加わっていたんだろう。
まったく……僕に関わったりしたせいで、こんなことになったんだ。本当に、馬鹿な奴だよ。
「ギュスターヴ殿下、どちらへ?」
「…………………………」
下卑た笑みを浮かべて尋ねるバラケ副団長を無視し、踵を返して訓練場へと戻る。
まあ、知ったことじゃないけど……安心してよ。
お前をこんな姿にした連中は、いずれ僕の手によって、それ以上の目に遭わせてやるから。
僕はニタア、と口の端を吊り上げ、この場から去った。
滴り落ちた血が、服を汚すこともいとわないほど、拳を強く握りしめて。
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