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神代 コウ

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空から落ちる巨大なもの

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 その頃山頂では、濃霧に覆われた不自然な空に山の神と思しき何かの眼が浮かび、そこから離れた別に空には、赤黒い日本神話で出てくるような“龍”の形にも見える長いものが、上空を駆け巡っている。

 祭壇の周りに集まった生物達に動きはない。祈りを捧げていたミネは、上空を見上げそこにある異様な光景を虚な目で見つめていた。

 祭壇に集められた食事を確認した上空の巨大な眼は、数回ゆっくりと瞬きをすると、そのまま濃霧の中へと消えて行った。同時に空を駆け巡っていた赤黒い龍もいつの間にか姿を消しており、代わりに上空を巨大な何かが移動しているようだった。

 何かが擦れるような音と、まるでトンネルの中で響く心臓を震わせるような低い轟音が、静かに周囲の大気を震わせていた。上空に何がいるのかは見えない。その全貌は勿論のこと、山の神らしき生物の片鱗すら伺えない。

 ただ分かっているのは巨大な赫い眼が一つに、赤黒い龍のようなものが一匹、上空を泳ぐように駆けていたに過ぎない。それが一つの生物から成るものなのか、或いは別々の生命体なのかもの、地上にいる者達には判断のしようもなかった。

 巨大な眼と龍が消えてから暫くの間、重低音のような轟音を響かせていた上空がゆっくりと静かになっていく。祭壇に集まった生物の数、そしてそれまで大気を震わせる何かがそこにあったとは思えない程に静かな静寂。

 僅かな動きこそあれど音は聞こえないという異様な光景が、回帰の山の山頂にして儀式の場にもあった。

 するとそこへ、最も山頂へ近付いていたツクヨが到着する。彼はその道中で、濃霧が広がる上空を駆け巡る、赤黒い龍のような姿を目にしていた。だが位置が悪かったのか、巨大な眼に関しては目視出来ていなかったようだ。

「さっきの龍・・・あれが山の神なのか?だがあれでは・・・」

 ツクヨの目測では、先程まで上空にいた赤黒い龍に大きさでは、とてもではないが回帰の山の五号目までを飲み込めるほどではない。単純に食べるのではなく、魔法や特別な力によって削り取るのか。それとも単純にその赤黒い龍が遠くに見えていただけなのか。

 だがその答えは、直ぐに彼の前に異常な光景として表れる事となる。

 暫くの間静けさに包まれていた山頂に、再び先程のような大気を震わす低い轟音が遥か上空から聞こえてきた。それはまるで空から何か巨大な物が、回帰の山の山頂目掛けて落ちて来ているようだった。

 ただ事ではない事態に、ツクヨの中にある生物としての本能が、今直ぐその場を立ち去れと全身に駆け巡る。しかし彼はここまでミネを助けに、自らの身を危険に晒してまでやって来たのだ。

 何事も成せぬままおめおめと山を下っては、ツクヨは自分で自分が許せなかった。ミネは神饌の儀式が行われ、山のヌシとしての役割から解放された時がチャンスだと言っていた。

 彼の言う“役割から解放される時”というのがいつやって来るのかは、ツクヨには分からない。漠然とした推測として、役割から解放されたのならミネは自我を取り戻す筈という事だ。

「ミネさん・・・!マズイよ、いつ役割から解放されるって言うんだ!?何か良くないものが空から・・・・・えっ?」

 その時だった。

 上空を見上げたツクヨの目に映ったのは、濃霧の先が徐々に暗くなり、果ての見えない巨大な大穴が空から落ちて来るという、あり得ない光景だったのだ。

「あっ・・・穴だッ!巨大な穴が・・・落ちて来るッ!?」

 自分でも口から出た言葉の意味がおかしい事に、ツクヨ自身も気が付いていた。だがそれ以外に例えようがなかったのだ。何故それが大穴だと分かったのか、それは大穴の先が更に果てしなく深淵へと続くトンネルのようになっていたからだ。

 最初に彼の生物としての本能に従い、恥を忍んで逃げ出していれば、仲間達の元に辿り着けただろうか。脳裏に浮かんだのは、このWolfの世界にやって来てから、同じ境遇を共有する彼らとの思い出だった。

 走馬灯のように一瞬にして蘇る過去の光景に、一瞬身体の力が抜けるツクヨだったが、直ぐに我に返るとそれらの光景を振り払うように頭を振り、ミネの様子が分かるように祭壇に近い木の上に登る。

 そしてミネの言っていた言葉を信じ、ツクヨは彼が我に返るのを待つ。例えその間に何が起ころうとも、誰よりも回帰の山に詳しく、山のヌシとして山のシステムを知った彼を信じ、“その時”が来るのをひたすら待ち続ける。

「今更逃げても間に合わない・・・。ミネさん、私・・・俺も腹を括るよ。貴方がチャンスを待つというのなら、俺もそのチャンスに賭けてみる事にする。こっちの世界の事を知ってから、いつもそんな事ばかりだったじゃないかッ・・・!今までの記憶が蘇って来たのは、俺にそれを思い出させる為だったんだろッ!?」

 覚悟を決めた表情で、落ちて来る大穴に取り込まれるのに備えるツクヨ。そんな彼の気配を感じ、遠くの上空に浮かんで見守る一人の男がいた。これまで姿を消していた謎の男。

 その人物は漆黒の衣に身を包み、濃霧で視認する事が出来ない筈の山頂と、そこにいるツクヨの位置を正確に見つめている。この男には、対象の位置が“座標”として見えていたからだ。
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