1,642 / 1,646
神饌の儀式
しおりを挟む
しかし危険を察知して動いたにも関わらず、その回避が間に合うことはなかった。黒衣の男による目にも止まらぬ凄まじい斬撃は、遠距離にいるアクセルの隠れていた大木のみを真っ二つに切断した。
大木は切断された断面から僅かに浮かび上がり、咄嗟に飛び退いていたアクセルの身体を“斬る”のではなく、勢いよく後方へと吹き飛ばしたのだ。
「なッ・・・!無い!?斬られたんじゃッ・・・!?」
空中で自身の身体に、斬られたと思っていた箇所を探すアクセルだったが、何処にもそんなものはなく、その内に彼は斬られた大木から遠く離れた別の大木にぶつかり漸く止まる。
衝撃で全身が麻痺して動かない身体に鞭を打ち、直ぐに黒衣の男の追撃に備えようとするアクセルだったが、その後黒衣の男からの攻撃が飛んで来ることはなかった。
再び気配を探そうとするも、やはり黒衣の男の気配は感じられない。急激に静かになった森に違和感を覚えたアクセルは、危険と分かっていてもその場を動き出し、元の場所へと戻ろうとした。
するとそんな彼の元に、一人の男が現れる。それはアクセルの相棒でもあるケネトだった。彼は野営を飛び出し、アクセルと黒衣の男の戦闘の音を頼りに方向を変えながら向かって来ていた。
そんな彼の元に、黒衣の男によって吹き飛ばされたアクセルがやって来たのだ。大地を揺るがす程の衝撃に、ただ事では無い事を察したケネトが向かうと、そこで漸く二人は再会することが出来たという訳だ。
「アっアクセル!?大丈夫か!何があった!?」
「お・・・おう、ケネト。何だってお前がここに?」
「馬鹿野郎ッ!お前が心配で戻って来たんだ。何だこの傷は!?一体どういう状況だこりゃぁ?」
周囲を見渡し、直ぐに気配を探るケネト。アクセルは彼の行動に口を挟むことなく見守ると、再び視線を戻したケネトに質問を投げ掛ける。
「何か・・・居たか?」
「いや、誰も居ないようだ・・・。俺はてっきり、ツクヨから聞いていた黒衣の男とやらと戦っているものだとばかり・・・」
「知ってたのか・・・」
ケネトと合流し安心したのか、アクセルの中で張り詰めていた緊張の糸が切れてその場に倒れ込んでしまう。急ぎアクセルの回復を始めるケネト。ただ全快にしている時間は惜しいとして、取り敢えず満足に動けるくらいに頼むとケネトに言ったアクセルは、その間に何があったのかを語った。
「黒い服の男ッ!?」
「まぁ、そういう反応になるよな。だが別人だ。俺達を助けてくれたあの人とは全く違う。あの人自体、どんな人かも分からねぇが、少なくとも奴は違う・・・」
黒衣の男との戦闘を思い出し顔が強張るアクセル。彼はその黒衣の男に何度も殺されかけ、何度も回復させられ、男の言う予行練習の相手をさせられていた。
「予行練習?その男はこれから何かするつもりなのか?」
「さぁな。だがこれから何かあるとすりゃぁ・・・」
「シンとツクヨが聞いたと言う、神饌の儀だな」
これから山で起こる大きな出来事と言えば、ミネの言っていた山の神が山のヌシに集めさせた精気を纏った生命体を食べるという、神饌の儀式と呼ばれるものに他ならない。
黒衣の男はそこで何か大事を起こそうというのだろうか。ただ男の口ぶりからは、神饌自体は行わせたいのだというのが窺える。その為にツクヨを先に行かせたのだから。
「詳しくは語らなかったが、恐らくその神饌の儀式で何かが起こる。シンとツクヨは何かを隠していたように俺は感じたが、お前はどうだった?ケネト」
「あの場にはカガリも居た。恐らくミネはその神饌の儀式で・・・」
「だろうな。ツクヨの奴はどういう訳か、そのミネを助けようとしている。自らの身を危険に晒してでも・・・な」
「彼は何故そこまでする?彼らの目的は山を越える事だろう?」
「さぁ、それは俺も分からねぇが、それだけ回帰の山に関する重大な秘密を知っていたのなら、ミネはきっとこの山の謎を解き明かす貴重な存在となる」
「もう山の犠牲になる人がいなくなる・・・。俺達にとっても、いや俺達だけじゃない。ハインドの街やその周辺諸国にだって貴重な存在だ」
「それに、ミネのだ話が全て本当だとするなら、俺達を助けてくれた黒い衣の人の事も知ってるかも知れねぇしな!」
二人は口角を上げて笑みを浮かべる。そして動けるようになったアクセルとケネトは、直ぐに山頂へ向かったというミネの元へと向かって走り出した。
その頃、山頂に到着した山のヌシと光脈の精気を浴びた生物達の配置が完了し、遂に神饌の準備が整う。すると祈りを捧げていた山のヌシとなったミネが、その身体からありったけの精気を上空へと放ち出した。
山のヌシは、回帰の山の地中に眠る光脈から精気を吸い上げる装置の役割を与えられる。彼を介して光脈から吸い上げられた精気は、蒸気船の煙のように目に見える形で上空へと広がっていき、山の神に神饌の儀式の準備が整った事を知らせる。
広く濃く広がる光脈に精気は、まるで濃霧のように山頂とその周囲一帯の空と山を覆い尽くす。
山頂を目指す者達の周りにも、その精気が瞬く間に広まっていき、直ぐに視界は悪くなって数本先の木の向こう側も見えなくなるくらいに真っ白になってしまう。
遂に神饌の儀式が始まったかと、彼らの胸がざわつく中、山頂で真っ白に覆われたミネや多くの生物達の眼前に、濃霧の中から覗かせる、赫く巨大な眼が一つ上空に浮かび上がる。
大木は切断された断面から僅かに浮かび上がり、咄嗟に飛び退いていたアクセルの身体を“斬る”のではなく、勢いよく後方へと吹き飛ばしたのだ。
「なッ・・・!無い!?斬られたんじゃッ・・・!?」
空中で自身の身体に、斬られたと思っていた箇所を探すアクセルだったが、何処にもそんなものはなく、その内に彼は斬られた大木から遠く離れた別の大木にぶつかり漸く止まる。
衝撃で全身が麻痺して動かない身体に鞭を打ち、直ぐに黒衣の男の追撃に備えようとするアクセルだったが、その後黒衣の男からの攻撃が飛んで来ることはなかった。
再び気配を探そうとするも、やはり黒衣の男の気配は感じられない。急激に静かになった森に違和感を覚えたアクセルは、危険と分かっていてもその場を動き出し、元の場所へと戻ろうとした。
するとそんな彼の元に、一人の男が現れる。それはアクセルの相棒でもあるケネトだった。彼は野営を飛び出し、アクセルと黒衣の男の戦闘の音を頼りに方向を変えながら向かって来ていた。
そんな彼の元に、黒衣の男によって吹き飛ばされたアクセルがやって来たのだ。大地を揺るがす程の衝撃に、ただ事では無い事を察したケネトが向かうと、そこで漸く二人は再会することが出来たという訳だ。
「アっアクセル!?大丈夫か!何があった!?」
「お・・・おう、ケネト。何だってお前がここに?」
「馬鹿野郎ッ!お前が心配で戻って来たんだ。何だこの傷は!?一体どういう状況だこりゃぁ?」
周囲を見渡し、直ぐに気配を探るケネト。アクセルは彼の行動に口を挟むことなく見守ると、再び視線を戻したケネトに質問を投げ掛ける。
「何か・・・居たか?」
「いや、誰も居ないようだ・・・。俺はてっきり、ツクヨから聞いていた黒衣の男とやらと戦っているものだとばかり・・・」
「知ってたのか・・・」
ケネトと合流し安心したのか、アクセルの中で張り詰めていた緊張の糸が切れてその場に倒れ込んでしまう。急ぎアクセルの回復を始めるケネト。ただ全快にしている時間は惜しいとして、取り敢えず満足に動けるくらいに頼むとケネトに言ったアクセルは、その間に何があったのかを語った。
「黒い服の男ッ!?」
「まぁ、そういう反応になるよな。だが別人だ。俺達を助けてくれたあの人とは全く違う。あの人自体、どんな人かも分からねぇが、少なくとも奴は違う・・・」
黒衣の男との戦闘を思い出し顔が強張るアクセル。彼はその黒衣の男に何度も殺されかけ、何度も回復させられ、男の言う予行練習の相手をさせられていた。
「予行練習?その男はこれから何かするつもりなのか?」
「さぁな。だがこれから何かあるとすりゃぁ・・・」
「シンとツクヨが聞いたと言う、神饌の儀だな」
これから山で起こる大きな出来事と言えば、ミネの言っていた山の神が山のヌシに集めさせた精気を纏った生命体を食べるという、神饌の儀式と呼ばれるものに他ならない。
黒衣の男はそこで何か大事を起こそうというのだろうか。ただ男の口ぶりからは、神饌自体は行わせたいのだというのが窺える。その為にツクヨを先に行かせたのだから。
「詳しくは語らなかったが、恐らくその神饌の儀式で何かが起こる。シンとツクヨは何かを隠していたように俺は感じたが、お前はどうだった?ケネト」
「あの場にはカガリも居た。恐らくミネはその神饌の儀式で・・・」
「だろうな。ツクヨの奴はどういう訳か、そのミネを助けようとしている。自らの身を危険に晒してでも・・・な」
「彼は何故そこまでする?彼らの目的は山を越える事だろう?」
「さぁ、それは俺も分からねぇが、それだけ回帰の山に関する重大な秘密を知っていたのなら、ミネはきっとこの山の謎を解き明かす貴重な存在となる」
「もう山の犠牲になる人がいなくなる・・・。俺達にとっても、いや俺達だけじゃない。ハインドの街やその周辺諸国にだって貴重な存在だ」
「それに、ミネのだ話が全て本当だとするなら、俺達を助けてくれた黒い衣の人の事も知ってるかも知れねぇしな!」
二人は口角を上げて笑みを浮かべる。そして動けるようになったアクセルとケネトは、直ぐに山頂へ向かったというミネの元へと向かって走り出した。
その頃、山頂に到着した山のヌシと光脈の精気を浴びた生物達の配置が完了し、遂に神饌の準備が整う。すると祈りを捧げていた山のヌシとなったミネが、その身体からありったけの精気を上空へと放ち出した。
山のヌシは、回帰の山の地中に眠る光脈から精気を吸い上げる装置の役割を与えられる。彼を介して光脈から吸い上げられた精気は、蒸気船の煙のように目に見える形で上空へと広がっていき、山の神に神饌の儀式の準備が整った事を知らせる。
広く濃く広がる光脈に精気は、まるで濃霧のように山頂とその周囲一帯の空と山を覆い尽くす。
山頂を目指す者達の周りにも、その精気が瞬く間に広まっていき、直ぐに視界は悪くなって数本先の木の向こう側も見えなくなるくらいに真っ白になってしまう。
遂に神饌の儀式が始まったかと、彼らの胸がざわつく中、山頂で真っ白に覆われたミネや多くの生物達の眼前に、濃霧の中から覗かせる、赫く巨大な眼が一つ上空に浮かび上がる。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる