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身体に巡る黒い影
しおりを挟むクリストフの視界に見えているものは、シンが彼に触れた時に影をリンクさせる事で引き起こした現象だった。
しかし極彩色の世界でシンは影を失い、スキルの効果を得ることが出来なくなっていた筈。ではどうやってクリストフの視界に影響を及ぼすスキルを発動させたのか。
そもそもクリストフの共感覚は、完全にシンのスキルを封じていた訳ではない。あくまで視界の共有という効果をシンにもたらしているだけであって、スキル自体は発動していたのだ。
だがそれを確認する術を奪われ、魔力だけ消費して何も効果が無いように感じさせられていた。シンがそのカラクリに気が付いたのは、一度目に極彩色の世界の対策を行った時だった。
自身の視界に影を送り込み、サングラスのように影でフィルター効果を付与する事で、目の疲労やダメージを抑え込む事に成功したシンは、スキル自体はちゃんと発動しているのだとそこで初めて知る事になる。
スキルの発動が視覚的に確認出来ないのなら、直接相手に接触し送り込むタイプのスキルを用いれば、相手の中でその影をコントロールする事は可能だと考えたのだ。
そしてわざと近接戦を仕掛けたシンは、ダメージと引き換えに自身の影とクリストフの影に繋がりを持たせて、視界に影響を与えるスキル“視影”を用いて、現実の世界でも存在する目の病気、或いは生理的なものとして知られる症状、飛蚊症と同じような症状を引き起こしていたのだ。
飛蚊症とは、その目で見ている光景に黒い虫のようなものが動いて見える症状のこと。しかしその黒いモノの形や大きさは様々で、ものによっては視点を動かすとそれに合わせて追いかけて来るものもある。
故に実際にはそこに虫など居ないのに、まるで何かが飛んでいたかのように錯覚してしまう。普段の生活であればそれ程弊害になる事もないのだろうが、集中している時や、今のシンやクリストフのように真剣な戦いの中において、視覚に錯覚を起こすという事は命の危機にも繋がる、決して無視出来ない効果だといえる。
ましてや、一瞬の隙を作り弱点を突く戦い方をする、シンのようなアサシンとは非常に相性の良い効果だろう。
仕切りに周囲を確認するような動作を行うクリストフに、シンは次々に攻撃を仕掛けていく。だが回避に特化した曲を聴くクリストフも、辛うじてシンの動きや投擲された物体の引き起こす風の動きを読み回避している。
「くッ・・・!気のせいか?奴の攻撃の手数が増えている。いや、実際の攻撃が混じっているから、どれが本物か判断が出来ないッ!」
目に映る黒い影が、素早く動くシンと連動して遮蔽物間を移動する彼の居場所と気配を分散させている。そして攻撃の際には、そこら中の物陰から自分に向かって迫って来る影が映り込む。
その全てに対応しようとすると、クリストフの疲労は何倍にも増していく。かといってどれが本物のシンか分からない以上、決して無視する事もできない。
共感覚により、クリストフの見ている景色がシンにも共有されているのではないかと思うかもしれないが、シンの視界にはただクリストフの極彩色の光景しか見えておらず、自身の仕掛けたスキルによる影は見えていない。
これは生理的に起こる飛蚊症の症状によく似た原理が用いられているからだった。
人の目の構造、つまり目玉の中身は空洞ではなく透明なゲル状のものである硝子体という物質で満たされている。この硝子体というものの成分は、時の流れと共に変化し、シワのようなものが出来てしまう。
すると、この部分が濁ってその影が網膜に映り込んで、視界に黒い虫のようなものが見えてしまう。要するに目玉の中にあるゲル状のものの劣化で、中身の変化がレンズに映り込んでしまっているという訳だ。
シンがクリストフに送り込んだ影は、彼の体内へと潜り込み、目玉の中身である硝子体の中で彼に影を見せている事になる。シンが自身の目に影のフィルターを張ったように、これはクリストフの目の中で起きている現象に過ぎないので、視覚の共有自体には影響を及ぼさなかったようだ。
長らく続いた戦闘によりシンの魔力にも余裕がなくなっていた。故にこのようなトリックに頼りチャンスを増やす他なくなっていた。だがクリストフ自身もまだツバキとそれ程変わらない少年。
体力的にも大人と比べれば長くは保たないだろう。単純にゲームとして考えるのであれば、レベルによる体力の上限の違いが、シンとクリストフの間にはある。
だがこれも、あくまで常識の範囲であればの話だ。クリストフはシン達の追う黒いコートの人物達と接触していた。そして彼らから力を与えられた事により、今のような本来のクラスや自身の能力値を超越する力を得た。
これまでもシン達は、WoFのゲーム内ではあり得ない力を持った者達と戦ってきた。その彼らも見た目からでは能力やステータスを想像することなど不可能だった。
見た目状の情報は当てにならず、魔力切れを狙うという時間稼ぎは自らの魔力を消費し、無尽蔵の相手と耐久戦をするも同じ事。限られた条件の中でチャンスを作り出し、やられる前にやるしかシンに勝ち目はないのだ。
「ここで決着を着けるッ!!」
勝負所をここだと見定めたシンは、視影によって複数の影に翻弄されるクリストフが事態に対応し始める前に決着を着けようと動き出す。
彼の視界に映り込む影を一斉に動かして、影に紛れて渾身の投擲を放った。四方八方から迫る気配に、身動きを取れずにいるクリストフ。シンが投げたのは、風の抵抗を受けにくい槍だった。
これであれば風を読むクリストフの動きでも、後手では回避するのは難しいだろうと踏んでの判断だった。シンの狙い通り、突然息を合わせたかのように一斉に動き出した影に気を取られたのか、投げ放たれた槍の軌道上からの回避が僅かに遅れる。
渾身の一撃が命中する。そう思った直後、クリストフの頭の周りに飛んでいた複数にシャボン玉が同時に割れて、音の衝撃を周囲に放った。
ビリビリと全身に伝わる程の振動。視界が波打つように歪み、鼓膜を震わせる振動は、シンの聴覚を奪う。自身の能力を犠牲にして放ったクリストフの行動はそれだけに留まらず、シンの放った槍の軌道を振動によってズラし、辛うじて直撃を免れた。
「危険な賭けだったが、致し方ない。能力は再度展開すれば良いだけの事。どうやら”今の“が貴方の渾身の一撃だったようですね?」
「・・・・・」
槍の軌道からシンの位置を特定したクリストフが、彼の隠れているであろう柱の方に視線を向ける。するとそこには、柱の影の他に人らしき影が床に映し出されていた。
能力の解除により共感覚も失われ、視界は通常のものへと戻った事により、影も視界の中に映し出されるようになっていた。
疲労と魔力切れで動けなくなったのか、柱の陰から出てこないシンに歩み寄ろうとするクリストフだったが、彼の足もまた何かに躓くように動かない。バランスを崩し、大きく一歩を踏み出したクリストフが自分の足を見ると、彼自身の影がまるで人の手のような形となり足首を掴んでいた。
「・・・?」
自身の身に何が起こったのか考えるよりも前に、彼は自身の身体を伝う生温かい感触に気がつく。
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