World of Fantasia

神代 コウ

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そして誰も居なくなり・・・

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 我々の記憶とは、五感で感じたことと感情の動きがセットで記録されたエピソードによる記憶である。

 その時に見た情景や鼻を抜ける匂い、聞こえてくる音や肌に感じる温度、そしてその時感じた感情までもセットにしたものこそがエピソード記憶であり、脳はそれを無意識のうちに記録し、想起しているとされている。

 以前、この物語では脳には“ニューロン”という神経細胞があり、それによって記憶や身体への伝達などが行われているとし、とある人物は魔力を用いて他人の脳にあるニューロンを操作することで、相手を“操縦”するという恐ろしい試みを現実のものにしていた。

 脳には様々な種類のニューロンから構成されており、これらニューロンが出力部分であるシナプスを介して神経回路を構築しているのだと言われている。

 記憶は、グルタミン酸を神経伝達物質とするニューロンによって、神経回路に保存されていると考えられているのだが、その実記憶を構成するニューロン数や記憶回路の広がり方、及びその実態については明らかになっていないのだそうだ。



 礼拝堂から教団の騎士隊長であるオイゲンが消え去り、カルロスの前にその人物が歩み寄ると、困惑する彼に安心させるようにゆっくりと触れながら、優しい笑みを浮かべる。

「ありがとう、カルロス。もういいんだ、巻き込んでしまってすまなかったね・・・」

「いっいや、そうじゃなくて・・・ッ!?」

 自らの身体に起きた違和感に気付いた時には既に遅かった。カルロスの身体は、今まさに目の前で消えたオイゲンと同様に足の指先、手の指先から徐々に黒く変色していくのが視界に映し出される。

「なッ・・・何だよッコレェ・・・!?」

 まるで腐食していくように自分の身体が変色していくのを目の当たりにし、他人の変色の時とは比べ物にならない恐怖が彼を襲った。パニックになるカルロスがその人物の手を払い除ける。

 足に力が入らなくなり、人形のように膝から崩れ落ちたカルロスは、力の入らなくなった腕をぶらりと身体の横で垂れ下がる。そして身体の先端から、彼にもその時が訪れた。

 視線を落としたカルロスは、砂のようにサラサラと崩れ去っていく足や腕を見て、走馬灯のように式典以降にアルバで起きた異変の事を思い出していた。思えばカルロスがアルバの異変に気が付いたのは、式典と宮殿で行われたパーティーの後日のことだった。

 何人も宮殿から帰って来ない者がおり、おかしいと思った彼は宮殿の警備隊に事情を聞いていた。だが警備隊は宮殿で起きている事件には一切触れず、彼の質問を誤魔化して答えていた。

 苦しい言い訳に納得がいかず突っ掛かっていると、同じくアルバの異変に気が付いていたレオン達と合流する事になった。そこから彼らと共に事件について調べ、そして宮殿へと侵入して巻き込まれていった。

 思い出してみれば、カルロスは犯人のとある言動に違和感を覚えていた。そして他の者もそれに気が付き、その時は様子を見るようにしていたが、その時点で止めることもできたかも知れない。

 薄っすらと怪しいと分かっていながら、まさかそんな筈はないと無意識に思い込んでいたのかも知れない。宮殿に侵入してからは、更にその考えが加速した。

 彼らが思っていたよりも、宮殿内部では想像以上に酷い状況になっていた。違和感を覚えた人物に、こんな行動が起こせるなどと考えもしなかった。故に意識の中から薄れていったのかも知れない。

 カルロスは消滅する寸前までその人物を見つめていた。何を思うでもなく、ただ脳内に巡る記憶と今の感情が入り混じり、他の身体の機能が停止してしまっていたのかも知れない。

 身体が消え、最後に見たその人物の顔は何処か悲しみの表情を浮かべながら、カルロスを見送った。

 これにより礼拝堂には、その黒幕とアンナしか居なくなった。残る生存者は屋上のミア達だけ。しかしそれも、黒幕にとっては勝敗などどうでも良かった。

 あくまで時間稼ぎ。屋上であれば儀式を始めたところで間に合う事はない。黒幕はアンナに指示して、オルガンに並べられたバッハの月光写譜を回収させる。

 と、その時再び何かがアンナの身体を一瞬にして貫いた。

「ッ!?」

 それは黒い人物が貫かれた時と同じ物だった。長い槍が彼女の身体を貫き、その後暫くしてアンナの身体は黒い塵となって消えていった。

 礼拝堂にはもう一人いる。全ての事情を目撃していたその男が、ゆっくりと影の中から姿を現した。

「まさか・・・お前が今回の事件の黒幕だったなんて・・・」

「俺も驚きましたよ。あなた方最期に俺の目的の障害になるなんて・・・。まぁ部外者の事は想定外でしたから、計画の中には組み込まれていませんでしたからね」

「何故こんな事を・・・。お前は他の者達よりも、あまり音楽に情熱があるようには見えなかったが・・・」

「逆ですよ」

「逆・・・?」

「俺は誰よりも音楽に対する情熱があった。だからこそ本当の歴史を取り戻したいと思った・・・」

「歴史がお前とどんな関係がある!?」

「あるんですよ。だって、みんなが知っている“バッハ”が盗み出した音楽の力は、元々俺の先祖が代々引き継いできた力だったんだから・・・」

「何・・・?だがバッハが幼少期に先生として慕っていたのも確か・・・」

「そうです。俺もあの“バッハ”と同じ、元を辿れば同じ血脈の一族だったんです」

「お前が・・・あのバッハと同じ家系・・・!?」

 二人が話をしていると、礼拝堂の扉が開き一人の人物がやって来た。その人物の登場にシンは驚いたが、黒幕はカルロスが消滅した時と同様に悲しい表情を浮かべた。

「もういい、君が全てを捧げる必要はないだろ・・・。なぁ?“クリス”・・・いや、もう偽る必要もないか。”クリストフ・バッハ“・・・」

「ッ!?」

 礼拝堂にやって来たもう一人の人物とは、クリスの面倒をその父から託され我が子のように育てて来た、アルバの教会の司祭、”マティアス・ルター“だった。
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