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宮殿入り口の戦い、終幕
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声を押し殺し、ツクヨの最後の姿を見送ったシン。彼が言った逃げろという言葉。初めは状況も分からず理解出来なかったが、今ならばその言葉の意味と、現状ではどうしようもない事がよく分かる。
何より彼自身がその選択を“信じている”と口にした事で、シンの中でも漸く決心する覚悟が決まった。
シンは一度だけクリスとジルの様子を伺う。倒れるジルに駆け寄り、彼女を抱え起こしているクリス。彼らもシンの気配には気付いていない様子だった。それが唯一の救いでもあった。
もし彼らが助けを求める視線をシンに送っていたのなら、そんな彼らを置き去りにするという罪悪感に耐えられなかったかも知れない。誰にも気付かれる事なくこの場を離れる。ただその目的を達成する事だけを考え、シンは影の中へと入り込み移動を開始する。
ツクヨをもう一つの世界へと送り届けた黒い人物とアンナは、残る障害であるシンの姿を探す。
「さて・・・後はあの影使いだが・・・」
宙に浮いたままの二人は、その場で周囲を見渡す。気配感知も行なっているのだろうが、シンのクラスであるアサシンは感知能力から逃れる術に長けている。視界に捉えた状態ならまだしも、一度目を離してしまったら尚更だろう。
「まぁ、多少の生き残りは問題ない。準備が整えば目的は達成できる。・・・やっと俺の念願が・・・本当の歴史を取り戻せるんだな・・・」
黒い人物はシンを探すつもりは無いらしい。どうやら彼を放っておいても目的は達成出来るようだ。黒い人物の言う本当の歴史を取り戻すとというのが一体どういう意味なのか、どうやってそのような事を成し遂げようというのか。シンにはそれにどれ程意味があるのか全く分からなかった。
「彼女がここへやって来たという事は、他の場所にも・・・。まぁ一番危惧していたここを制圧出来たのだから、他も問題ないとは思うが、一応援軍を送っておいた方がいいか・・・」
黒い人物はアンナに何かを伝えると、彼女は倒れるジルの胸にそっと手を添える。それをクリスは止めるでもなくただただ見つめていた。戦えないただの学生である彼にアンナや黒い人物を止める術もない。
無闇に抵抗しない方が賢明だろう。とはいうものの、今のクリスの場合は
そんな判断が出来たとは思えない。単に放心状態にでもなってしまっていたのだろう。
「既に援軍は送った・・・?そうか、それなら俺達はあの場所へ向かうとしよう」
アンナに触れられた事で、ジルの身体はツクヨと同じように黒く変色していき、塵となってクリスの腕の中から姿を消した。クリスはその場で膝をついたまま動かない。
影の中を移動し、広場を離れる最中にシンが見た最後の光景。ジルが消滅した後、黒い人物とアンナはクリスをその場に置き去りにしたまま、突然黒い靄に覆われて姿を消した。
消滅とは違い、何処かへ移動したといったところだろう。だがシンの脳裏に引っ掛かったのは、黒い人物が最後に言っていた言葉だった。彼は何者かと“会話”をしているようだった。
何か魔力を用いた通話手段とも考えられるが、彼が話している間、周りにそれらしきモノも反応も感じられなかった。アンナの霊体と話していたとも取れるが、彼女が言葉を話している様子をシンは知らない。
それに“他の場所”の状況をアンナが知っている筈がない。彼女はずっと宮殿入り口で、アンドレイらや援軍で現れたツクヨとプラチド、そしてシン達と連戦しており、他の場所に行っている余裕などなかったのだから。
ならば黒い人物はあの時、一体誰と会話していたのか。そんな疑問を残したまま、シンは影の中を移動してクリスの開けた広場の扉から司令室の方へと向かって行った。
「クリス・・・貴方・・・何故ここに・・・?」
姿を消す少し前のジルは、シンに聞こえないようなか細い声でクリスに言葉を掛けていた。アカリの治療が効いていたのか、何とか声を絞り出せるくらいには回復していたようだ。
しかし、何故かクリスはジルの問いには応えない。朦朧とする意識の中、ジルが見ていたクリスの様子は、泣いているという訳でもなく、悲しみに暮れているという様子でもなかった。
ただ何を考えているか分からない表情で、ジルの身体を抱え起こしていたに過ぎない。
「・・・クリス・・・?」
返事をしないクリスに疑問を抱いたジルが、もう一度彼に言葉を掛ける。すると彼は何やらジルにも理解出来ない事を話し始めた。
「どうして君はこんな事を・・・。いや、君だけじゃない、君達は何で危険だと分かっていながら・・・」
「クリス・・・?何を言ってるの?だって私達しか知らない事だから。それを何とかできる大人の人に知らせなきゃ・・・」
「僕は・・・君達はもっと冷めた人だと思ってた・・・。僕の事なんて知りもしなくて興味もなくて。自分が一番大切だと思ってる、手の届かない人達だって・・・」
「何を・・・言ってるの・・・?」
「それがまさか、こんな事になって初めて君達のことを知るなんて思わなかったから・・・」
誰かの足音と二つの影がジルの視界に映る。そして見上げた先には真っ黒で表情すら見えない何者かと、アンナ・マグダレーナの姿があった。
クリスだけでも逃さなくてはと、ジルは彼に何とかして逃げて欲しいと伝える。この状況では最早逃げることも出来ないのは理解している。それでも気持ちだけはクリスに伝えたかったのだ。
必死に思いの丈を、絞り出した声で伝えようとするジルの様子を見て、ジルの目には僅かにクリスの目が潤んでいるように見えていた。
「ありがとう、ジル・・・。“最期”に君達の事を知れて良かった・・・。だからどうか、君達は音楽を嫌いにならないで・・・」
「・・・クリス・・・?」
その後、アンナが黒い人物の指示で屈むと、ジルの胸に手を置いた。自分の身体が黒く変色するのを目の当たりにして、これまで見てきた人々と同じように、自分も消滅するのだと悟った時、ジルの身体から全ての力が抜ける。
それが自分の意思によるものだったのか、消滅による作用だったのかは分からない。しかしそこで彼女を支えていたものが途切れたのは確かだった。
不思議と安らかな感覚に包まれるジル。それとは反対に人が塵となって崩れていくという恐ろしい光景を前に、ジルを見送るクリスの表情は暖かく、どこか決意をしているような強い目をしているようにも見えた。
ジルが消滅し、黒い人物とアンナが姿を消し、シンも広場を去った。
誰も居なくなった宮殿入り口の広場で、唯一残ったクリスはゆっくりと立ち上がり、シンを追うように自分がこじ開けて来た扉の方へと静かに歩き出した。
何より彼自身がその選択を“信じている”と口にした事で、シンの中でも漸く決心する覚悟が決まった。
シンは一度だけクリスとジルの様子を伺う。倒れるジルに駆け寄り、彼女を抱え起こしているクリス。彼らもシンの気配には気付いていない様子だった。それが唯一の救いでもあった。
もし彼らが助けを求める視線をシンに送っていたのなら、そんな彼らを置き去りにするという罪悪感に耐えられなかったかも知れない。誰にも気付かれる事なくこの場を離れる。ただその目的を達成する事だけを考え、シンは影の中へと入り込み移動を開始する。
ツクヨをもう一つの世界へと送り届けた黒い人物とアンナは、残る障害であるシンの姿を探す。
「さて・・・後はあの影使いだが・・・」
宙に浮いたままの二人は、その場で周囲を見渡す。気配感知も行なっているのだろうが、シンのクラスであるアサシンは感知能力から逃れる術に長けている。視界に捉えた状態ならまだしも、一度目を離してしまったら尚更だろう。
「まぁ、多少の生き残りは問題ない。準備が整えば目的は達成できる。・・・やっと俺の念願が・・・本当の歴史を取り戻せるんだな・・・」
黒い人物はシンを探すつもりは無いらしい。どうやら彼を放っておいても目的は達成出来るようだ。黒い人物の言う本当の歴史を取り戻すとというのが一体どういう意味なのか、どうやってそのような事を成し遂げようというのか。シンにはそれにどれ程意味があるのか全く分からなかった。
「彼女がここへやって来たという事は、他の場所にも・・・。まぁ一番危惧していたここを制圧出来たのだから、他も問題ないとは思うが、一応援軍を送っておいた方がいいか・・・」
黒い人物はアンナに何かを伝えると、彼女は倒れるジルの胸にそっと手を添える。それをクリスは止めるでもなくただただ見つめていた。戦えないただの学生である彼にアンナや黒い人物を止める術もない。
無闇に抵抗しない方が賢明だろう。とはいうものの、今のクリスの場合は
そんな判断が出来たとは思えない。単に放心状態にでもなってしまっていたのだろう。
「既に援軍は送った・・・?そうか、それなら俺達はあの場所へ向かうとしよう」
アンナに触れられた事で、ジルの身体はツクヨと同じように黒く変色していき、塵となってクリスの腕の中から姿を消した。クリスはその場で膝をついたまま動かない。
影の中を移動し、広場を離れる最中にシンが見た最後の光景。ジルが消滅した後、黒い人物とアンナはクリスをその場に置き去りにしたまま、突然黒い靄に覆われて姿を消した。
消滅とは違い、何処かへ移動したといったところだろう。だがシンの脳裏に引っ掛かったのは、黒い人物が最後に言っていた言葉だった。彼は何者かと“会話”をしているようだった。
何か魔力を用いた通話手段とも考えられるが、彼が話している間、周りにそれらしきモノも反応も感じられなかった。アンナの霊体と話していたとも取れるが、彼女が言葉を話している様子をシンは知らない。
それに“他の場所”の状況をアンナが知っている筈がない。彼女はずっと宮殿入り口で、アンドレイらや援軍で現れたツクヨとプラチド、そしてシン達と連戦しており、他の場所に行っている余裕などなかったのだから。
ならば黒い人物はあの時、一体誰と会話していたのか。そんな疑問を残したまま、シンは影の中を移動してクリスの開けた広場の扉から司令室の方へと向かって行った。
「クリス・・・貴方・・・何故ここに・・・?」
姿を消す少し前のジルは、シンに聞こえないようなか細い声でクリスに言葉を掛けていた。アカリの治療が効いていたのか、何とか声を絞り出せるくらいには回復していたようだ。
しかし、何故かクリスはジルの問いには応えない。朦朧とする意識の中、ジルが見ていたクリスの様子は、泣いているという訳でもなく、悲しみに暮れているという様子でもなかった。
ただ何を考えているか分からない表情で、ジルの身体を抱え起こしていたに過ぎない。
「・・・クリス・・・?」
返事をしないクリスに疑問を抱いたジルが、もう一度彼に言葉を掛ける。すると彼は何やらジルにも理解出来ない事を話し始めた。
「どうして君はこんな事を・・・。いや、君だけじゃない、君達は何で危険だと分かっていながら・・・」
「クリス・・・?何を言ってるの?だって私達しか知らない事だから。それを何とかできる大人の人に知らせなきゃ・・・」
「僕は・・・君達はもっと冷めた人だと思ってた・・・。僕の事なんて知りもしなくて興味もなくて。自分が一番大切だと思ってる、手の届かない人達だって・・・」
「何を・・・言ってるの・・・?」
「それがまさか、こんな事になって初めて君達のことを知るなんて思わなかったから・・・」
誰かの足音と二つの影がジルの視界に映る。そして見上げた先には真っ黒で表情すら見えない何者かと、アンナ・マグダレーナの姿があった。
クリスだけでも逃さなくてはと、ジルは彼に何とかして逃げて欲しいと伝える。この状況では最早逃げることも出来ないのは理解している。それでも気持ちだけはクリスに伝えたかったのだ。
必死に思いの丈を、絞り出した声で伝えようとするジルの様子を見て、ジルの目には僅かにクリスの目が潤んでいるように見えていた。
「ありがとう、ジル・・・。“最期”に君達の事を知れて良かった・・・。だからどうか、君達は音楽を嫌いにならないで・・・」
「・・・クリス・・・?」
その後、アンナが黒い人物の指示で屈むと、ジルの胸に手を置いた。自分の身体が黒く変色するのを目の当たりにして、これまで見てきた人々と同じように、自分も消滅するのだと悟った時、ジルの身体から全ての力が抜ける。
それが自分の意思によるものだったのか、消滅による作用だったのかは分からない。しかしそこで彼女を支えていたものが途切れたのは確かだった。
不思議と安らかな感覚に包まれるジル。それとは反対に人が塵となって崩れていくという恐ろしい光景を前に、ジルを見送るクリスの表情は暖かく、どこか決意をしているような強い目をしているようにも見えた。
ジルが消滅し、黒い人物とアンナが姿を消し、シンも広場を去った。
誰も居なくなった宮殿入り口の広場で、唯一残ったクリスはゆっくりと立ち上がり、シンを追うように自分がこじ開けて来た扉の方へと静かに歩き出した。
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