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演技に塗れた音楽家
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依然としてリヒトル一行は部屋を出る気はないようだ。何ならこのまま謎の人物にやられたとしても構わないといった様子すら窺える。恐らく今更シン達の行おうとしている作戦を伝えたところで、彼らの重い腰は上がることはないだろう。
その頃、司令室を出て行った一行は宮殿入り口へ向かうジルとそれを護衛するシン、そしてツバキとアカリ、紅葉が同行した。そして楽器を探しに行ったのがオイゲンとケヴィン、肝心の演奏者としてアンドレイが合流し、そして宮殿内の荷物などの運搬に関わっていたマティアス司祭とその付き人であるクリスを案内役に、残りの音楽学校の学生であるレオンとカルロスが付き添う事となった。
「なぁカルロス、お前こっちに着いてきてよかったのか?」
道中、これまで行動を共にしてきたカルロスが何故素直にこちらへと着いてきたのか気になったレオンは、様子のおかしいカルロスに理由を尋ねる。
「しょうがねぇだろ。本人が一人でいいって言うんだから・・・。それにアイツの言う通りだとも思ってよ」
「言う通りって?」
「入り口にいる親玉ってのは、楽器じゃなく歌を歌うんだろ?俺が着いて行ったところで歌なんて俺には出来ねぇ・・・。だったら足手まといになる入り口組より、演奏できんだからこっちに合流した方が“合理的”だろ?」
カルロスらしくない。レオンは率直にそう思った。彼はレオンやジルとは違い、理屈ではなくその時感じた感情を優先して動く直感タイプの人間だと思っていたからだ。
現にこの一件があってから、レオンはカルロスのそういった行動力に突き動かされてきた。その張本人がまるで変わる前の自分のように、理屈や合理性といったものに流され従っているのが、レオンにはどうにも気に入らなかった。
「何だよ、合理的って・・・。お前はそんなんじゃねぇだろ・・・」
「・・・分かったような事・・・言うな」
「楽器を見たらお前、ジルのところへ行けよ」
「あぁ!?何で・・・」
「アイツは・・・一人じゃダメなんだよ。分かるだろ?一緒に居たんなら」
「・・・・・」
レオンの言う通り、ジルは学校でも外でも同世代からは近寄り難い空気を醸し出しているのがよく分かる。それでも着いてくる取り巻きの学生達は、彼女ではなくその先にある彼女のお溢れしか見ていない。
プライドを持って張り合っていては、誰からも目を付けてもらえないのが彼らを取り巻く界隈の現状だった。実力でジルやレオンと戦っていては、並大抵の実力では相手にすらならない。
レオンは演奏こそ一流に手が届きそうなほどの腕前だが、まるで機械的だというのが欠点だった。いつもコンクールや発表会では、求められる音楽を精密機械のように奏でる。
大半の人間はそれで十分以上に満足するだろう。だがフェリクスやアンドレイらのような、その先の音楽を体現する彼らからすれば何ともつまらない演奏だと酷評される事もあった。
公に言われることはなかったが、フェリクスはそんな彼の演奏を心配し、少しでも感情を乗せて演奏できるようにと指導してくれていたのだ。だからこそレオンにとって今のフェリクスは、今後の彼の音楽家としての道を変えてくれる貴重な存在になっていたのだ。
だがジルはレオンとも少し違う才能の持ち主だった。彼との大きな違いこそ正にその感情を乗せて演奏するといった点だった。しかし彼女の欠点というのも、実のところその部分にあったのだ。
感情のこもった演奏や歌唱を披露する彼女だが、その感情自体が彼女の演技に過ぎない。つまり彼女は自分の感情で演奏や歌唱を行っているのではなく、楽譜やその背景にあるものから感情を読み取り演技しているのだ。
これが中々に厄介なもので、レオンの演奏以上にそれを見抜く事が難しく、音楽学校の先生やカントルであるフェリクスらでさえ、彼女の演奏や歌唱は見事なものに感じられる。
その絶妙な違和感は、境遇を同じくするカタリナにしか気が付けなかったのだろう。求められるものを遂行し、必要とされる感情を演技と分からせぬよう演じる。それがジルの音楽にある欠点だった。
当然、そんな仮面を付けているかのような生活をしていれば、自ずと私生活や友人関係でもその演技が出てしまう。浅い付き合い程度なら全く気になることはないだろうが、深く彼女を知ろうとすればするほど、彼女の振る舞いや言動に本物の彼女がいない事に気がつく。
そして彼女のそんな演技に気がつく様になる成長を見せたのが、同じ境遇を共にするようになったレオンとカルロスだったのだ。
「ジルがお前になんて言ったかなんて知らないけどよ。アイツのその言葉が演技だってことくらい、お前も気付いてたんじゃなかったのか?」
「・・・・・」
「アイツの演技に気付いている奴は少ない。きっと本人でさえそれに気が付いてない筈だ」
レオンに諭され、カルロスの中で漸く決意が固まった。
「分かった。俺がアイツに本当の自分を教えてやらねぇとな!だが、まずは・・・」
「あぁ、先ずは楽器を確認しなきゃならない。アンドレイさんが居るとはいえまだ安心は出来ないからな」
二人がジルの欠点を補うべく、次の動きについて相談していると先頭を行くマティアス司祭とクリスの足が止まる。
その頃、司令室を出て行った一行は宮殿入り口へ向かうジルとそれを護衛するシン、そしてツバキとアカリ、紅葉が同行した。そして楽器を探しに行ったのがオイゲンとケヴィン、肝心の演奏者としてアンドレイが合流し、そして宮殿内の荷物などの運搬に関わっていたマティアス司祭とその付き人であるクリスを案内役に、残りの音楽学校の学生であるレオンとカルロスが付き添う事となった。
「なぁカルロス、お前こっちに着いてきてよかったのか?」
道中、これまで行動を共にしてきたカルロスが何故素直にこちらへと着いてきたのか気になったレオンは、様子のおかしいカルロスに理由を尋ねる。
「しょうがねぇだろ。本人が一人でいいって言うんだから・・・。それにアイツの言う通りだとも思ってよ」
「言う通りって?」
「入り口にいる親玉ってのは、楽器じゃなく歌を歌うんだろ?俺が着いて行ったところで歌なんて俺には出来ねぇ・・・。だったら足手まといになる入り口組より、演奏できんだからこっちに合流した方が“合理的”だろ?」
カルロスらしくない。レオンは率直にそう思った。彼はレオンやジルとは違い、理屈ではなくその時感じた感情を優先して動く直感タイプの人間だと思っていたからだ。
現にこの一件があってから、レオンはカルロスのそういった行動力に突き動かされてきた。その張本人がまるで変わる前の自分のように、理屈や合理性といったものに流され従っているのが、レオンにはどうにも気に入らなかった。
「何だよ、合理的って・・・。お前はそんなんじゃねぇだろ・・・」
「・・・分かったような事・・・言うな」
「楽器を見たらお前、ジルのところへ行けよ」
「あぁ!?何で・・・」
「アイツは・・・一人じゃダメなんだよ。分かるだろ?一緒に居たんなら」
「・・・・・」
レオンの言う通り、ジルは学校でも外でも同世代からは近寄り難い空気を醸し出しているのがよく分かる。それでも着いてくる取り巻きの学生達は、彼女ではなくその先にある彼女のお溢れしか見ていない。
プライドを持って張り合っていては、誰からも目を付けてもらえないのが彼らを取り巻く界隈の現状だった。実力でジルやレオンと戦っていては、並大抵の実力では相手にすらならない。
レオンは演奏こそ一流に手が届きそうなほどの腕前だが、まるで機械的だというのが欠点だった。いつもコンクールや発表会では、求められる音楽を精密機械のように奏でる。
大半の人間はそれで十分以上に満足するだろう。だがフェリクスやアンドレイらのような、その先の音楽を体現する彼らからすれば何ともつまらない演奏だと酷評される事もあった。
公に言われることはなかったが、フェリクスはそんな彼の演奏を心配し、少しでも感情を乗せて演奏できるようにと指導してくれていたのだ。だからこそレオンにとって今のフェリクスは、今後の彼の音楽家としての道を変えてくれる貴重な存在になっていたのだ。
だがジルはレオンとも少し違う才能の持ち主だった。彼との大きな違いこそ正にその感情を乗せて演奏するといった点だった。しかし彼女の欠点というのも、実のところその部分にあったのだ。
感情のこもった演奏や歌唱を披露する彼女だが、その感情自体が彼女の演技に過ぎない。つまり彼女は自分の感情で演奏や歌唱を行っているのではなく、楽譜やその背景にあるものから感情を読み取り演技しているのだ。
これが中々に厄介なもので、レオンの演奏以上にそれを見抜く事が難しく、音楽学校の先生やカントルであるフェリクスらでさえ、彼女の演奏や歌唱は見事なものに感じられる。
その絶妙な違和感は、境遇を同じくするカタリナにしか気が付けなかったのだろう。求められるものを遂行し、必要とされる感情を演技と分からせぬよう演じる。それがジルの音楽にある欠点だった。
当然、そんな仮面を付けているかのような生活をしていれば、自ずと私生活や友人関係でもその演技が出てしまう。浅い付き合い程度なら全く気になることはないだろうが、深く彼女を知ろうとすればするほど、彼女の振る舞いや言動に本物の彼女がいない事に気がつく。
そして彼女のそんな演技に気がつく様になる成長を見せたのが、同じ境遇を共にするようになったレオンとカルロスだったのだ。
「ジルがお前になんて言ったかなんて知らないけどよ。アイツのその言葉が演技だってことくらい、お前も気付いてたんじゃなかったのか?」
「・・・・・」
「アイツの演技に気付いている奴は少ない。きっと本人でさえそれに気が付いてない筈だ」
レオンに諭され、カルロスの中で漸く決意が固まった。
「分かった。俺がアイツに本当の自分を教えてやらねぇとな!だが、まずは・・・」
「あぁ、先ずは楽器を確認しなきゃならない。アンドレイさんが居るとはいえまだ安心は出来ないからな」
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