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リヒトルの犯人像
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一行が一つの目的の為に、あの問題児であったバルトロメオさえ強力的になる中、宮殿内で唯一静観を貫き通している一行がいる。宮殿内にまだ僅かに残っている教団の護衛隊や警備隊に頼る事なく生き残れているのは、彼ら自身が謎の人物を容易に退けるくらいの実力を持っているからだろう。
或いは、犯人は謎の人物達に好戦的な者や目的の邪魔をしようとする者を優先的に狙うように指示でもしているか。どちらにせよ、その一行のいる部屋の周りだけは、騒がしくなる宮殿内においてまるでそこだけが別の時間を過ごしているかのように穏やかだった。
「外が騒がしくなってきましたね。いいのですか?アナタはこのまま静観していて・・・」
夫が今回の一件に全く関与しようとしない様子を見てきた妻は、彼が一体何を考えているのか分からず、ただ時々やって来る謎の人物を退ける中で過ごす穏やかな時間の中で、バルトロメオが屋上から一階まで至る大穴を開けた事による騒音と揺れを機に、直接本人に何を考えているのかを尋ねた。
しかし夫は、そんな妻の質問にすぐに答える訳でもなく、自ら注いだ紅茶をカップに注ぎ、口元で優雅に香りを堪能した後、呑気にそれを口の中へと含み味わいと風味を楽しんだ後にようやく言葉を返した。
「問題はない。我々が関与しようがしまいが、この一件に関しての結末は決まっている」
「何故そう言い切れるのです?それに結末って?」
夫はカップを音を立てないように静かに置くと、そっと目を閉じながら椅子の背もたれに寄りかかると、大きく一度だけ深呼吸をする。無垢な質問を投げかける彼女を憐んでいた訳ではない。
だが自分の中にあるこの一件の結末をどう説明したものか。どうすれば理解できるかを考えていたのかもしれない。
答えを求める者に答えを与えるのは簡単だ。だがそれが真実であろうとなかろうと、深く考えることもせず答えを求める者は、それがあたかも真実であるかのように捉えてしまうからだ。
あまりにも現実離れした事を言えば、当然それが嘘である事や正しくない事は、答えを求める者にも分かってしまうが、絶妙に現実味のある話や誰もが知る事実を織り交ぜることで、あたかもそれが真実であるかのように相手の思考をコントロールすることが出来てしまう。
こういった陰謀めいた話は、現実にも歴史の中で何度も繰り返されてきた。それは情報量の増えた未来であれば尚の事。しかし情報というものはいつの時代も曖昧なもので、誰しもが真実のみを言い伝えてきた訳ではない。
そこには作られた物語や、当時の人々による願望が織り交ぜられている。彼が妻に話そうとしている事もまた、本当に犯人の思考を理解し何をしようとしているのかが分かっている訳ではない。
彼の名はリヒトル・ワグナー。
ロマン派オペラの頂点と言われ、楽劇の創始者として楽劇王と呼ばれている。自作歌劇の台本を単独執筆しており、理論家、文筆家とも知られオンガク界隈だけでなく幅広い分野で活躍している人物だ。
多くの物語を執筆する中で培った観察眼や洞察力、想像力で普段の生活の中でも街行く人々の行動や癖、言動からどのような生活をしどのような人生を歩んできたのか想像を膨らませる事が多かった。
それが例え嘘や設定であっても、今のその人物を構成している結果に行き着けば本人は満足し、周りへの説得力にも繋がる。そういった彼の癖とも言える能力から、宮殿にいた者達を観察し、興味のある人物達に自身の思い描く物語を付与し、楽劇に使えそうな人物像としてのストックになるかどうかを兼ねた妄想をしていた。
取り分け彼が興味を持った人物は、同じく音楽家であるブルース・ワルターと、別の世界の住人であるシン達だったのだ。彼らの人物像を想像する中で共通するものは、今の彼らを成しているものとその過去が一致しないというものだった。
教団の力を借り、魂を肉体から分離させる能力を得たブルースは、その精巧に作られた肉体と人生観が一致しないのは大凡想像がつく。しかしシン達のように別の世界からやって来た者達の過去は全く想像が付かなかったのだ。
それでも想像で物語を付与し、仮の設定を設けるにしてもシン達に至ってはその発想すら思い浮かばなかったのだ。その事が彼のプライドに火を付けたのか、どうしても現在の彼らを構成する物語を納得がいくように組み立ててみせると、宮殿の部屋に閉じこもってしまった。
そう、リヒトルは思わせぶりな事を周りに話し、実際は極めて利己的な理由で部屋に篭り、事件を静観しているかのように見せかけていたに過ぎなかったのだ。
だが奇しくも彼の能力は、宮殿で起きている事件の真相に迫る一つの物語を作り上げる事となった。
宮殿で毎夜一人の教団関係者が殺され、犯人が宮殿内にいると思われる中で捜査が続くもその足掛かりすら掴めぬまま、現在では謎の人物達が宮殿内を飛び回り無差別に生存者を襲っている。
そもそも謎の人物達は、犯行が行われるようになった日から存在しており、自分たちはいつの間にか記憶の中からその事を抜き取られているのではないか。所謂、集団催眠の一種であるという説を作り上げた。
催眠は事件に関係する者達全てに掛けられている事から。式典やその後の宮殿内で行われた可能性があると仮定した。それどころか、この事件は随分と前から計画されていたとし、アルバに舞うシャボン玉もまた催眠に掛かっている者達の幻覚であるのではないかとすら考えていた。
要するに、我々は犯人による催眠に掛かっている状態にあり、記憶の改竄を受けているのだと結論付けたのだ。故に犯人の標的でもない限り殺されることはなく、邪魔をしなければ目をつけられる事もないというのが、部屋で静観する理由。
と、いうのがリヒトルが妻と護衛に聞かせた物語だった。
勿論、彼の理解者である妻のイーリスや護衛のマイルズは、そんな話にわかには信じ難いといった様子だった。現に五感に働きかける全てのものが現実的であり、もしも催眠によるものだとしたら痛みやショックで目を覚ますのではないかと考えていたからだ。
では何故犯人の手掛かりが出てこないかというリヒトルの質問に、二人は答えることが出来なかった。
「我々が殺されていないという事が何よりの証拠だ。恐らく時折攻め込んでくるあの謎の者達に捕らわれたところで、我々が死ぬことはないだろう」
「じゃぁ犯人の目的は何なの?目的が分からないわ」
「消されているであろう記憶と、そうでない記憶。それが重要なのだろう。犯人は我々に何らかの記憶を植え付けたいのかもしれんな・・・」
「記憶を植え付ける・・・?一体何の為に」
リヒトルは架空の犯人の思考を想像するに、本来世界中に伝わっている記憶を別の記憶にすり替えたいのではないかと話した。その記憶はアルバの地に深く関係しており、殺された者達の共通点から教団を利用する中で、犯人の求めている真実を知り、それを正史にすり替えようとしているのではないかと、犯人の目的について自身の考えを説明した。
或いは、犯人は謎の人物達に好戦的な者や目的の邪魔をしようとする者を優先的に狙うように指示でもしているか。どちらにせよ、その一行のいる部屋の周りだけは、騒がしくなる宮殿内においてまるでそこだけが別の時間を過ごしているかのように穏やかだった。
「外が騒がしくなってきましたね。いいのですか?アナタはこのまま静観していて・・・」
夫が今回の一件に全く関与しようとしない様子を見てきた妻は、彼が一体何を考えているのか分からず、ただ時々やって来る謎の人物を退ける中で過ごす穏やかな時間の中で、バルトロメオが屋上から一階まで至る大穴を開けた事による騒音と揺れを機に、直接本人に何を考えているのかを尋ねた。
しかし夫は、そんな妻の質問にすぐに答える訳でもなく、自ら注いだ紅茶をカップに注ぎ、口元で優雅に香りを堪能した後、呑気にそれを口の中へと含み味わいと風味を楽しんだ後にようやく言葉を返した。
「問題はない。我々が関与しようがしまいが、この一件に関しての結末は決まっている」
「何故そう言い切れるのです?それに結末って?」
夫はカップを音を立てないように静かに置くと、そっと目を閉じながら椅子の背もたれに寄りかかると、大きく一度だけ深呼吸をする。無垢な質問を投げかける彼女を憐んでいた訳ではない。
だが自分の中にあるこの一件の結末をどう説明したものか。どうすれば理解できるかを考えていたのかもしれない。
答えを求める者に答えを与えるのは簡単だ。だがそれが真実であろうとなかろうと、深く考えることもせず答えを求める者は、それがあたかも真実であるかのように捉えてしまうからだ。
あまりにも現実離れした事を言えば、当然それが嘘である事や正しくない事は、答えを求める者にも分かってしまうが、絶妙に現実味のある話や誰もが知る事実を織り交ぜることで、あたかもそれが真実であるかのように相手の思考をコントロールすることが出来てしまう。
こういった陰謀めいた話は、現実にも歴史の中で何度も繰り返されてきた。それは情報量の増えた未来であれば尚の事。しかし情報というものはいつの時代も曖昧なもので、誰しもが真実のみを言い伝えてきた訳ではない。
そこには作られた物語や、当時の人々による願望が織り交ぜられている。彼が妻に話そうとしている事もまた、本当に犯人の思考を理解し何をしようとしているのかが分かっている訳ではない。
彼の名はリヒトル・ワグナー。
ロマン派オペラの頂点と言われ、楽劇の創始者として楽劇王と呼ばれている。自作歌劇の台本を単独執筆しており、理論家、文筆家とも知られオンガク界隈だけでなく幅広い分野で活躍している人物だ。
多くの物語を執筆する中で培った観察眼や洞察力、想像力で普段の生活の中でも街行く人々の行動や癖、言動からどのような生活をしどのような人生を歩んできたのか想像を膨らませる事が多かった。
それが例え嘘や設定であっても、今のその人物を構成している結果に行き着けば本人は満足し、周りへの説得力にも繋がる。そういった彼の癖とも言える能力から、宮殿にいた者達を観察し、興味のある人物達に自身の思い描く物語を付与し、楽劇に使えそうな人物像としてのストックになるかどうかを兼ねた妄想をしていた。
取り分け彼が興味を持った人物は、同じく音楽家であるブルース・ワルターと、別の世界の住人であるシン達だったのだ。彼らの人物像を想像する中で共通するものは、今の彼らを成しているものとその過去が一致しないというものだった。
教団の力を借り、魂を肉体から分離させる能力を得たブルースは、その精巧に作られた肉体と人生観が一致しないのは大凡想像がつく。しかしシン達のように別の世界からやって来た者達の過去は全く想像が付かなかったのだ。
それでも想像で物語を付与し、仮の設定を設けるにしてもシン達に至ってはその発想すら思い浮かばなかったのだ。その事が彼のプライドに火を付けたのか、どうしても現在の彼らを構成する物語を納得がいくように組み立ててみせると、宮殿の部屋に閉じこもってしまった。
そう、リヒトルは思わせぶりな事を周りに話し、実際は極めて利己的な理由で部屋に篭り、事件を静観しているかのように見せかけていたに過ぎなかったのだ。
だが奇しくも彼の能力は、宮殿で起きている事件の真相に迫る一つの物語を作り上げる事となった。
宮殿で毎夜一人の教団関係者が殺され、犯人が宮殿内にいると思われる中で捜査が続くもその足掛かりすら掴めぬまま、現在では謎の人物達が宮殿内を飛び回り無差別に生存者を襲っている。
そもそも謎の人物達は、犯行が行われるようになった日から存在しており、自分たちはいつの間にか記憶の中からその事を抜き取られているのではないか。所謂、集団催眠の一種であるという説を作り上げた。
催眠は事件に関係する者達全てに掛けられている事から。式典やその後の宮殿内で行われた可能性があると仮定した。それどころか、この事件は随分と前から計画されていたとし、アルバに舞うシャボン玉もまた催眠に掛かっている者達の幻覚であるのではないかとすら考えていた。
要するに、我々は犯人による催眠に掛かっている状態にあり、記憶の改竄を受けているのだと結論付けたのだ。故に犯人の標的でもない限り殺されることはなく、邪魔をしなければ目をつけられる事もないというのが、部屋で静観する理由。
と、いうのがリヒトルが妻と護衛に聞かせた物語だった。
勿論、彼の理解者である妻のイーリスや護衛のマイルズは、そんな話にわかには信じ難いといった様子だった。現に五感に働きかける全てのものが現実的であり、もしも催眠によるものだとしたら痛みやショックで目を覚ますのではないかと考えていたからだ。
では何故犯人の手掛かりが出てこないかというリヒトルの質問に、二人は答えることが出来なかった。
「我々が殺されていないという事が何よりの証拠だ。恐らく時折攻め込んでくるあの謎の者達に捕らわれたところで、我々が死ぬことはないだろう」
「じゃぁ犯人の目的は何なの?目的が分からないわ」
「消されているであろう記憶と、そうでない記憶。それが重要なのだろう。犯人は我々に何らかの記憶を植え付けたいのかもしれんな・・・」
「記憶を植え付ける・・・?一体何の為に」
リヒトルは架空の犯人の思考を想像するに、本来世界中に伝わっている記憶を別の記憶にすり替えたいのではないかと話した。その記憶はアルバの地に深く関係しており、殺された者達の共通点から教団を利用する中で、犯人の求めている真実を知り、それを正史にすり替えようとしているのではないかと、犯人の目的について自身の考えを説明した。
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