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当たり前にそこにあったもの
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凍った床の上に立ち、その先に透けて見える宮殿の内部を見下ろすアンブロジウス。何も語らぬその姿に何を思うのか、相手の出方を伺ったまま身動きが取れずにいるニノン。
大穴への狙撃を行ったミアは、その隙に次の弾丸を銃に込めていた。するとアンブロジウスもその手にヴァイオリンを召喚し、あろう事か凍った大穴の上で演奏を始めようとしていた。
「ッ!?氷を割る気か?」
反対の手に持った弓がヴァイオリンの弦に触れようとした瞬間、何の躊躇いもなく次の銃弾がアンブロジウスの腕に向けて放たれる。ミアの銃撃に演奏の効果は関係ないとはいえ、それ以外の動きには支障が出る。
狙撃ポイントを移動する際に余計な力が身体に加わっていれば、移動が困難になるだけではなく屋上という周りが開放された高所であるが故に、場合によっては命の危機に陥る可能性も大いにあり得る。
攻撃には影響しないが、それ以外では厄介な能力となるアンブロジウスの演奏を止めるべく放たれた弾丸は、真っ直ぐ弓を持つ彼の腕を捉えて向かっていったのだが、どういうわけかその寸前で弾丸は軌道を変えて逸れていってしまったのだ。
「なッ・・・!?」
「銃弾が・・・一体何がッ・・・!?あれは糸!?」
ミアよりもアンブロジウスに近い位置にいたニノンは、演奏する彼の周りに微かに見える例の糸の存在を確認した。だが見えたのは一瞬であり、確かにそれが糸であったと断言できる程ではなかった。
すぐに見えなくなってしまった糸は、ミアの凍らせた大穴の氷を光が反射して見えていただけに過ぎず、音を奏で始めたアンブロジウスの動きで光の入射角が変わり、ニノンの位置からでは糸が確認出来なくなってしまった。
「ミアッ!糸だ!奴の側に糸が・・・?」
ニノンは彼女に銃弾が逸れていった原因を伝えようとしたが、自分の声の違和感に気がつく。それはまるで、自分の周りに壁でもあるかのように声が遮られている感覚があった。
「声が・・・なんで?」
一体自分の身に何が起きているのか、自分の喉に手を当てながら周囲に知っ線を送ると、いつの間にそこにあったのか、彼女の周囲にはアルバの街に空気のように浮遊するシャボン玉が少量だが浮遊しているのが視界に入ってきた。
「えっ・・・いつの間に・・・」
シャボン玉は彼女の周りだけでなく、遠くにいるミアの周りにも出現していた。それどころか戦場となっている屋上のそこら中に、そのシャボン玉が発生していたのだ。
今まで声が遮られるような事はなかった。これは今になって彼女らの意識に飛び込んできたシャボン玉による影響と考えるのが妥当だろう。
しかしこうも当たり前に発生していたシャボン玉に、何故今まで気がつくことができなかったのか。アンブロジウスを追って宮殿の外に出るまで、彼女らはずっと室内にいた。
故に外に飛んでいたシャボン玉を見る機会を失っていたのは確かだ。それに式典が開かれるまで、街の至る所で空気と共にあったソレは、いつの間にか彼女らにとって当たり前になるくらいに馴染んでしまっていた。
それが外に出ればシャボン玉があるという、当たり前のことを認識する能力を鈍らされていたのだ。
遠くに見えるミアも、ニノンの方を見て何かのジェスチャーを送っているが、声はニノンの元まで届かない。彼女の意図が読み取れず、首を横に振るニノン。
「クソッ!聞こえていないのか?急に聞こえが悪くなったのは、周囲のシャボン玉の影響だろう。これも奴の能力なのか?アタシとニノンを分断する為に撒いたのか?」
だが、今更連携を断ち切ったところで、ミアもニノンもそれほど息を合わせた戦闘を行なっていない。故に彼女らにとって声が届かなくなった程度であり、別段不利になったようには思えない。
ミアもニノンも、互いに状況や相手の思考に対して鋭い考察や着眼点を持っていることは理解している。ならば自ずと、シャボン玉が戦場の音を制御していることに辿り着くはず。
二人ともほぼ同時に、アンブロジウスの演奏を止める為に次の行動へと移った。演奏が再開されてしまった以上、慣れぬ身体で高所を飛び回るのは命に関わる。
ミアは今いる高台から降りると、屋上の床を低い体勢で小走りに遮蔽物の影を渡って、次なる狙撃ポイントへと移動する。
一方ニノンの方は、大きさの違う光球をその場に作り出していた。本来であれば同じ大きさのものを発生させる彼女のスキルなのだが、アンブロジウスの演奏により魔力放出量も狂わされており、大きさを揃えることが出来なかったのだ。
「形は些か歪になったが・・・これでいい。私の手から切り離されたこの光球は、もう演奏の影響に左右されない。つまりミアの魔弾と同じだ。ただそれが魔力の塊か物質に魔力を込めた物の違いでしかない。もう一度実験に付き合ってもらおうか・・・」
ニノンは自分で生み出した光球を従えて、アンブロジウスの前に姿を晒す。そして光球の一つを演奏する彼に向けて拳で撃ち放った。球を発射する威力はあくまでニノンの身体能力に影響する。
威力が増されているのであればそれに越した事はない。全力までとはいかないが、それなりのジャブを打つつもりで光球を殴ると、それは彼女自身が想像していた以上の力でアンブロジウスへと向かっていく。
「やっぱり制御は難しいか・・・。だがこれならッ!」
光球の狙いは正確。このままの軌道であれば間違いなく命中する、そう思っていた。しかし光球はミアの放った銃弾と同じく、彼の周囲に近づいた途端、軌道を変えて逸れていってしまったのだ。
「またかッ!また糸に阻まれた!?だが原理としてはミアの銃弾と同じだった筈・・・何が違う?」
ニノンはすぐに別の遮蔽物の裏に身を隠した。実験の一段階目としては、ある程度想像していた通りだったが、光球の軌道からシャボン玉は道を開けるように風に乗って光球を避けていた。
それ自体はごく普通の事だったかもしれないが、妙だったのは光球の軌道上からは全く関係ない位置にあったシャボン玉が、何の前触れもなく割れたのだ。それが何かの合図だったのかのように、その直後に光球はアンブロジウスを避けるように軌道を変えたように、ニノンには見えたのだ。
大穴への狙撃を行ったミアは、その隙に次の弾丸を銃に込めていた。するとアンブロジウスもその手にヴァイオリンを召喚し、あろう事か凍った大穴の上で演奏を始めようとしていた。
「ッ!?氷を割る気か?」
反対の手に持った弓がヴァイオリンの弦に触れようとした瞬間、何の躊躇いもなく次の銃弾がアンブロジウスの腕に向けて放たれる。ミアの銃撃に演奏の効果は関係ないとはいえ、それ以外の動きには支障が出る。
狙撃ポイントを移動する際に余計な力が身体に加わっていれば、移動が困難になるだけではなく屋上という周りが開放された高所であるが故に、場合によっては命の危機に陥る可能性も大いにあり得る。
攻撃には影響しないが、それ以外では厄介な能力となるアンブロジウスの演奏を止めるべく放たれた弾丸は、真っ直ぐ弓を持つ彼の腕を捉えて向かっていったのだが、どういうわけかその寸前で弾丸は軌道を変えて逸れていってしまったのだ。
「なッ・・・!?」
「銃弾が・・・一体何がッ・・・!?あれは糸!?」
ミアよりもアンブロジウスに近い位置にいたニノンは、演奏する彼の周りに微かに見える例の糸の存在を確認した。だが見えたのは一瞬であり、確かにそれが糸であったと断言できる程ではなかった。
すぐに見えなくなってしまった糸は、ミアの凍らせた大穴の氷を光が反射して見えていただけに過ぎず、音を奏で始めたアンブロジウスの動きで光の入射角が変わり、ニノンの位置からでは糸が確認出来なくなってしまった。
「ミアッ!糸だ!奴の側に糸が・・・?」
ニノンは彼女に銃弾が逸れていった原因を伝えようとしたが、自分の声の違和感に気がつく。それはまるで、自分の周りに壁でもあるかのように声が遮られている感覚があった。
「声が・・・なんで?」
一体自分の身に何が起きているのか、自分の喉に手を当てながら周囲に知っ線を送ると、いつの間にそこにあったのか、彼女の周囲にはアルバの街に空気のように浮遊するシャボン玉が少量だが浮遊しているのが視界に入ってきた。
「えっ・・・いつの間に・・・」
シャボン玉は彼女の周りだけでなく、遠くにいるミアの周りにも出現していた。それどころか戦場となっている屋上のそこら中に、そのシャボン玉が発生していたのだ。
今まで声が遮られるような事はなかった。これは今になって彼女らの意識に飛び込んできたシャボン玉による影響と考えるのが妥当だろう。
しかしこうも当たり前に発生していたシャボン玉に、何故今まで気がつくことができなかったのか。アンブロジウスを追って宮殿の外に出るまで、彼女らはずっと室内にいた。
故に外に飛んでいたシャボン玉を見る機会を失っていたのは確かだ。それに式典が開かれるまで、街の至る所で空気と共にあったソレは、いつの間にか彼女らにとって当たり前になるくらいに馴染んでしまっていた。
それが外に出ればシャボン玉があるという、当たり前のことを認識する能力を鈍らされていたのだ。
遠くに見えるミアも、ニノンの方を見て何かのジェスチャーを送っているが、声はニノンの元まで届かない。彼女の意図が読み取れず、首を横に振るニノン。
「クソッ!聞こえていないのか?急に聞こえが悪くなったのは、周囲のシャボン玉の影響だろう。これも奴の能力なのか?アタシとニノンを分断する為に撒いたのか?」
だが、今更連携を断ち切ったところで、ミアもニノンもそれほど息を合わせた戦闘を行なっていない。故に彼女らにとって声が届かなくなった程度であり、別段不利になったようには思えない。
ミアもニノンも、互いに状況や相手の思考に対して鋭い考察や着眼点を持っていることは理解している。ならば自ずと、シャボン玉が戦場の音を制御していることに辿り着くはず。
二人ともほぼ同時に、アンブロジウスの演奏を止める為に次の行動へと移った。演奏が再開されてしまった以上、慣れぬ身体で高所を飛び回るのは命に関わる。
ミアは今いる高台から降りると、屋上の床を低い体勢で小走りに遮蔽物の影を渡って、次なる狙撃ポイントへと移動する。
一方ニノンの方は、大きさの違う光球をその場に作り出していた。本来であれば同じ大きさのものを発生させる彼女のスキルなのだが、アンブロジウスの演奏により魔力放出量も狂わされており、大きさを揃えることが出来なかったのだ。
「形は些か歪になったが・・・これでいい。私の手から切り離されたこの光球は、もう演奏の影響に左右されない。つまりミアの魔弾と同じだ。ただそれが魔力の塊か物質に魔力を込めた物の違いでしかない。もう一度実験に付き合ってもらおうか・・・」
ニノンは自分で生み出した光球を従えて、アンブロジウスの前に姿を晒す。そして光球の一つを演奏する彼に向けて拳で撃ち放った。球を発射する威力はあくまでニノンの身体能力に影響する。
威力が増されているのであればそれに越した事はない。全力までとはいかないが、それなりのジャブを打つつもりで光球を殴ると、それは彼女自身が想像していた以上の力でアンブロジウスへと向かっていく。
「やっぱり制御は難しいか・・・。だがこれならッ!」
光球の狙いは正確。このままの軌道であれば間違いなく命中する、そう思っていた。しかし光球はミアの放った銃弾と同じく、彼の周囲に近づいた途端、軌道を変えて逸れていってしまったのだ。
「またかッ!また糸に阻まれた!?だが原理としてはミアの銃弾と同じだった筈・・・何が違う?」
ニノンはすぐに別の遮蔽物の裏に身を隠した。実験の一段階目としては、ある程度想像していた通りだったが、光球の軌道からシャボン玉は道を開けるように風に乗って光球を避けていた。
それ自体はごく普通の事だったかもしれないが、妙だったのは光球の軌道上からは全く関係ない位置にあったシャボン玉が、何の前触れもなく割れたのだ。それが何かの合図だったのかのように、その直後に光球はアンブロジウスを避けるように軌道を変えたように、ニノンには見えたのだ。
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