World of Fantasia

神代 コウ

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消えた楽譜

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 宮殿へ入る事ができたレオンは、自分達の目的のことで精一杯であり、話の話題でジルやカルロスの事が出てきた事により、二人が無事であるか心配し始めた。

 彼らには戦う術はなく、街にはまだ謎の人物達が徘徊しているはず。それに宮殿の入り口で見たような、謎の人物達を使役し従える存在がまだ他にいるのだとしたら、二人はまだその事を知らない。

 会話の流れで、アンドレイから教団側に街への調査、および救援を送ってもらえないかどうか頼むレオン。無論、宮殿側からしても街の様子は未知の領域であり、一刻も早く調べに行きたいと思っている筈だとアンドレイはレオンに話す。

 それを聞いて、教団側にはジルやカルロスを助ける意思があるのだと安堵する。ただ実際問題として、依然として宮殿の正面入り口では彼の護衛であるシアラと、その救援に向かったツクヨとプラチド率いる小隊が戦っている筈だと話すアンドレイ。

 もし謎の人物達を従えるアンナの霊体が、宮殿からの脱出を試みる者達を阻止する役割をもっているのなら、何処から宮殿を脱出しようと試みても、何らかの方法で彼女に知らせが入ってしまう可能性もある。

 しかしそれはあくまでアンドレイの憶測でしかない。逆に考えれば、謎の人物達をまとめるアンナを正面入り口に釘付けに出来ていると言うことは、他からの脱出が容易になっている可能性も十分にある。

 アンドレイは現場を見てきた本人という立場と、宮殿内でも何かと事件の調査を行なってきた切れ者という動きを利用し、オイゲンへ二人の救出へ向かう部隊の編成を組んでもらうよう頼んでみる事を、レオンに約束した。

 一方、アルバの街でレオン達から離れニクラス教会へ向かうと言っていたジルは、実際にはニクラス教会には向かっていなかった。これは彼らに最もらしい理由をつけて別行動をする言い訳だったようだ。

 彼女の行動は、失われた彼らの記憶の中にあるジルの行動と全く同じだった。前日の記憶では、宮殿を強行突破したブルース一行がニクラス教会を訪れており、そこにはツクヨとアカリ達もいた。

 だがそこにいる筈だったジルとカルロスの姿はなかった。レオンらと別れた道中で謎の人物に見つかってしまい、消されてしまった可能性もあるが実際にはニクラス教会への道から外れていったジルは、カタリナが警備隊によってつれ攫われたバッハ博物館へと向かっていたのだ。

 ジルは宮殿で起きているジークベルト大司教が殺害されたという事件を知り、警備隊が博物館へと向かって来た事を結びつける。つまり宮殿に運ばれていた博物館の品の中に、事件に関係する何らかの手掛かりがあったのではないかと考えていた。

 ただそれはジルの個人的な推理であり、そのような不確かで自分の考えを確かめるという為だけに、レオン達を危険に晒す訳にはいかないと、少しだけ時間を設けて内密に別行動をとる機会を伺っていた。

 そして彼女がバッハ博物館を訪れると、そこには前日の記憶にあったような、アンナの姿はなく閑散とした雰囲気が広がっていた。建物内は荒らされたような形跡もなく、ジルとカタリナが片付けに訪れた時と何ら変わらない様子だった。

「どうにも引っ掛かる・・・。宮殿にいた容疑者としてカタリナさんの元を訪れるのは分かるけど、その後博物館を閉鎖していた理由は何?一体何をしていたの?」

 容疑者の一人であるカタリナを宮殿へ連れて行くだけなら、博物館を閉鎖し警備隊を残していくというのには違和感があった。カタリナを拘束する目的を果たしたのなら、博物館自体にはもう用はないはず。

 それでも博物館は暫くの間、警備隊によって閉鎖された状態が続いていたのを、ジルは密かに記憶の中に残していた。博物館に展示されている物、そして宮殿へ運ばれていた物が博物館に戻されているのを一つ一つ確認していくジル。

 するとそこで、彼女はとある物が無くなっているのに気がついた。それはバッハに特別な感情を抱いている訳でもなければ、熱心に博物館に通っていた訳でもないジルでも気がつくような、アルバにとってとても貴重な縁のある物。

 バッハがまだ音楽家としてその才能を世に知らしめる前、彼が慕っていた先生の屋根裏部屋へと忍び込み、そこにあった楽譜を写していたというエピソードがある。

 そのエピソードにより彼が書き写した楽譜は“月光写譜“と呼ばれ、音楽業界でもとても貴重な代物として扱われていた。彼が写した楽譜は、様々な収集家や音楽家などによって高額で取引されたり、行方の分からなくなってしまった物などが長年に渡り集められ、彼の縁の地でもあるここアルバへ戻って来ていた。

 ベルヘルム・フルトヴェングラーは、ジークベルト大司教との取引の為、その貴重な品を持ち込んでいた。恐らく彼の持ち込んだ楽譜は、まだ宮殿内にある筈。

 しかし、バッハ博物館にある筈の月光写譜がどこにも見当たらなかったのだ。

「月光写譜が無い・・・。まだ戻されていないの?いやでもそんな筈は・・・」

 楽譜はあくまで紙であり、持ち運びは他の物に比べればかなり容易な物である。それに重要な品物であることからも、博物館へ戻す優先度は極めて高かったはず。それこそ多くの人間が楽譜が博物館へ戻された事を確認していてもおかしくはない。

 カタリナを連行した際に一緒に宮殿へ持って行ったのだろうかとも考えるジルだったが、そもそもそんな事をする目的が分からない。

 するとそこへ、後を追って来たカルロスが博物館へと入って来る。身構えるジルは咄嗟に物陰に姿を隠すも、侵入者がカルロスである事を確認すると驚いたような表情で彼の前に姿を現す。

「カルロス?なんで貴方がここに・・・」

「それはこっちのセリフだぜ、ジル!ニクラス教会へ行くんじゃなかったのかよ!?」

「つけて来たのね?」

「一人じゃ危ねぇだろ。で?何で嘘をついてこんなところへ?」

 ジルは仕方がないといった様子で、バッハ博物館へやって来た理由についてカルロスに説明する。その後彼女は、博物館を見て回った際にバッハの貴重な品でもある“月光写譜“が無くなっている事を話した。
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