World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,402 / 1,646

騒動の最中の音楽家夫婦

しおりを挟む
 ブルースが宮殿で襲撃を受けた直後の事。

 時を同じくして、就寝していたリヒトルとその護衛らは近くの部屋から聞こえてくる騒ぎで目を覚ましていた。

「騒々しいですね、一体何なのかしら・・・?」

「この声からして、恐らくブルース・ワルターのところの護衛、バルトロメオという男が騒いでいるのかと」

「全く騒々しい男だ。奴がいては折角の休暇も台無しだな。して、一体何を騒いでいるのか分かったか?マイルズ」

 扉越しに外から聞こえてくる声や物音に聞き耳を立てていたリヒトル・ワーグナーの護衛の一人であるマイルズ・アーカート。警備隊らに囲まれ大声で騒いでいるバルトロメオの発言から、今度はブルースが犯人の襲撃を受けたということが分かった。

 しかしこれまでと違い、ブルースは遺体で発見されたのではなかった。彼は何と犯人の犯行から生存し、今にも宮殿を脱出しようとしているようだった。そして次の瞬間、大きな物音と共に建物が崩れるような振動と瓦礫の音がリヒトルらの部屋にも伝わってくる。

「何?今の大きな音。まるでこの建物が崩れたような・・・」

 驚いた様子を見せたのは、リヒトルと共に式典へ参加していた彼の妻でもあるイーリス・プラーナーだった。そんな彼女とは対照的に、騒動の中でも一体何が起こっているのかをまるで初めからわかっていたかのように冷静に振る舞うリヒトルが、マイルズからの報告と今の物音などを含めて状況を整理し、大方の予想を語った。

「一連の事件の犯人が、今回のターゲットにブルースを選んだ。だがどういう訳か、犯人の犯行では死ななかったブルース。主人を狙われ腹を立てた護衛が、もうこんな所に居られるかと強硬手段に出た。と、言ったところだろう」

 マイルズは彼の言葉を確認するかのように、扉を開けて廊下の様子を覗き込む。すると、音のした方の廊下の壁が広い範囲で破壊されており、そこからバルトロメオの召喚する大きな腕が見えていた。

「どうやらそのようで。如何いたしましょう?」

「放っておけ。我々には関係のないことだ。しかし、犯人はまだ犯行を続けるつもりなのか・・・。何故ブルースを狙った?」

 リヒトルは先日のアンドレイとの会話を思い出していた。犯人は教団関係者に強い恨みや憎しみを持っている事が、狙われた人物達の役職からも分かる。

 大司教と司祭の二人を殺し、残る教団の主要人物といえば護衛隊の隊長でもあるオイゲンくらいのものだ。ベルヘルムが狙われたのは、ジークベルト大司教との繋がりと思惑を犯人が知っていたからだ。

 そしてその思惑は犯人にとって許されざるものだった。つまり犯人は、事前に二人の取引や関係を知っていた人物ということになる。

 アルバで式典が行われる以前から、恐らくジークベルトとベルヘルムは連絡を取り合い準備を進めてきた筈。となれば、アルバの外からやって来た者達がその動きを知るには、事前にジークベルト大司教とベルヘルムの事を調べてもいない限り不可能。

 その事からリヒトルは、犯人はアルバの出身、或いは前々からアルバに潜入していた人物であると予想していた。

「アナタ、楽しそうね」

「そうか?ふふ、まさか音楽の街で有名なこのアルバで、教団を狙った犯人の計画を目の当たりにする事になろうとはな。大司教の殺害ともなれば大きな事件になり兼ねない。果たして犯人は、世界中を敵に回してでも逃げ切れる算段でもあるのかな?」

 あまり感情を表に出す方ではなかったリヒトルが、珍しく嬉しそうに推理を口にする様子を見て、イーリスもマイルズも意外な彼の姿に少し驚いていたようだった。

 だが、そんな犯人と被害者らの衝突を外から眺めている訳にもいかなかった。廊下の様子を見ていたマイルズが、奇妙な者達の姿を目にする。それらは壁や床を擦り抜け、ブルースの部屋の周りに集まった教団の護衛隊や警備隊らを襲い、次々に彼らの姿を塵へと変えていった。

「ッ!?リヒトル様!複数の何者かが宮殿に侵入して来ている模様です」

 事態の急変を目の当たりにし、主人のリヒトルとその妻イーリスに見たままの事実を報告しようと部屋の方を向いたマイルズは、既にその何者か達が彼らの部屋にも侵入して来ている光景を目の当たりにする。

「リヒトル様!イーリス様!」

 音もなく部屋へ乗り込んできた何者か達は、既に二人へ向かって手を伸ばしていた。入り口にいたマイルズのところからでは間に合わない。このままでは廊下で目にした警備隊らと同じように、リヒトルやイーリスも塵に変えられてしまう。

 護衛でありながらこのような事態を招いてしまったことに、自身の不甲斐なさを感じるマイルズだったが、彼の心配を他所にリヒトルもイーリスも、その光景に似つかわしくないほど落ち着いていた。

「イーリス・・・」

「えぇ、大丈夫よアナタ・・・」

 リヒトルもイーリスも、既にその謎の人物達の接近に気がついていたのだ。迫り来る魔の手に、全く逃げたり避けたりする素振りも見せない二人。今にも謎の人物の手が二人に触れようかとしたところで、突然部屋の中で数回カメラのフラッシュのような閃光が放たれる。

 すると、謎の人物達の腕がリヒトルらに触れる前に塵となって消え始めた。突然のフラッシュに目を閉じたマイルズが瞼を開くと、彼もそのフラッシュが何によって発生したのかを悟り、安堵した様子でリヒトルらに声をかける。

「お二人とも、ご無事でしょうか?」

「問題ないわ。ありがとう、マイルズ」

「私達の事は心配するな。この程度の相手なら何も問題はない。それ以上に、他の強力な者の存在に気をつけてくれ」

「強力な者?何か心当たりがあるので?」

「なに、ただの勘だよ。彼女の能力で撃退できない者が近づいた時は、私や君の出番だと言うことだ」

 どうやら先程彼らの部屋に放たれたフラッシュは、リヒトルの妻イーリスの能力によるものだったようだ。他の音楽家達と比べても、目に付くような特徴のある護衛を連れていないリヒトル一行。

 それに加え主人のリヒトルの他に、その妻であるイーリスという護衛すべき重要人物を二人も抱えるマイルズだったが、その護衛対象でもあるイーリスもまた何かしらの身を守る術を持っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

だらだら生きるテイマーのお話

めぇ
ファンタジー
自堕落・・・もとい楽して生きたい一人のテイマーのお話。目指すのはスローライフ!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

処理中です...