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ヴァイオリンの男
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ミアと別れ謎の人物達の目を掻い潜り、漸くシンとヴァイオリンの男が戦う家屋へと戻ってきたケヴィン。すれ違う者達が置いて来た彼女の元へと向かっていくのを見送る度にケヴィンの心は痛んだ。
自分より強く逞しいとはいえ彼女は何処にでもいるような女性なのだ。それが自らを犠牲にして自分を送り届ける為に戦っている。だが今更戻ることも出来ない。それは彼女への冒涜にもなる。
目的を達成する事こそが、今ケヴィンに出来る唯一彼女に返せる恩返しである。
「・・・?」
家屋について中の様子を伺うと、最初に三人で訪れた時よりもやけに静かである事に気がつく。
「妙に静かだな・・・中で一体何が・・・?」
中で二人の男が戦っているのが信じられない程、不気味な静けさが家屋の中から漂っている。警戒しつつも窓から中へと侵入するケヴィン。最後にシンを見たのは、彼がこの家屋の二階へ向かっていく姿だった。
その記憶をたどり、音を立てぬよう二階へ向かうケヴィン。すっかり様変わりした内装に気を取られつつも、薄暗い景色の中を静かに一歩づつ歩みを進める。
そして、部屋を隔てる壁も無くなってしまった家屋の奥で彼が目にしたのは、鳴らぬヴァイオリンを演奏する男と、それを聞きながら眠るように床に倒れているシンの姿だった。
「シンさんッ!」
思わず声を発したケヴィンだったが、眠っているシンの彼の声は届かず、ヴァイオリンの男もそんな彼の声を無視して演奏を続けている。何とかシンの目を覚まさなければと思い、近くに落ちていた小さな瓦礫を投げる。
しかし、小さな衝撃を与えたところでシンが目覚める事はなかった。何か別の方法はないかと考えるケヴィン。そこで彼が思いついた方法。それは最も単純で複雑な要素などない、とてもシンプルな方法だった。
「演奏を止めるしかないッと・・・!」
今度はシンに向けてではなく、演奏するヴァイオリンの男目掛けて瓦礫を投げるケヴィン。しかしその瓦礫は魔力を纏っていない為、命中することはなかった。だが命中させることが目的ではない。
物体を透過するとはいえ、演奏する手を一時的に本体から切り離せば演奏は止まると思っていた。だがケヴィンの投げた瓦礫によって、ヴァイオリンから手が離れようとも、どうやら演奏は止まっていなかったようだ。
厄介なのは、音が聞こえない事にこそある。演奏が中断されたのかどうか、それを確かめる術がケヴィンにはなかった。正確には元凶であるヴァイオリンの男と、その術中に落ちてしまったシン以外には確かめようがなかったのだ。
故に第三者からは、攻撃を受けているシンの反応を確かめる他に、演奏の効果が途切れたかどうかが分からなかった。
「クソッ!どうなってる!?以前は演奏が聞こえていたのにッ・・・。一対一で聴かせる事も出来るのか。魔力を纏わせる・・・召喚の時に使うエネルギーを物に集中させて放出する・・・」
床から拾い上げた瓦礫に自身の持つ魔力を送り込む。エンチャントのように器用な代物ではない。ただ単に魔力で覆うだけであり、物体を透過する霊体系の相手に対し、攻撃を有効にする手段に過ぎないのだ。
「うッ・・・!」
物へ魔力を込めるのに不慣れだったケヴィンは、魔力を必要以上に放出してしまい床に膝をつく。やはり戦闘で火力を扱う者とでは、魔力の扱いやコントロールに大きな差が生まれるものだ。
「でも・・・こんなところで諦める訳にはいかないッ・・・!」
幸いな事はもう一つあった。ヴァイオリンの男は演奏に夢中で、戦えないケヴィンに全く関心がない事だった。だがそれは同時に、ケヴィンに悩みの種を増やす要因にもなっていた。
「私に関心など無い・・・という事ですか。ですがそれが、貴方の付け入る隙になるッ!」
ケヴィンは瓦礫に魔力を流し込み続けたまま、それをヴァイオリンの男目掛けて投げる。今度は魔力を帯びたままヴァイオリンの男に命中すると、そこで漸く男はケヴィンの存在を意識し始める。
邪魔をされた事に腹を立てたのか、以前にも一行の前で見せた糸を今度はケヴィン一人に向けて差し向けて来たのだ。
「アレはッ!?」
ミアの一件でその糸が身体に触れると何をもたらすのか理解していた。糸はヴァイオリンからの音を対象に向けて直接伝える。そしてその振動を受けた対象の部位に破壊を与える。
音の振動、衝撃こそがヴァイオリンの男の殺傷能力。決して糸に触れてはならないと分かっていても、ケヴィンにそれを避け切る事は出来なかった。ヴァイオリンの男も初めから全力だった。
決してケヴィンを侮る事はなく、それはシンやミアを相手にする時と同様にケヴィンの身体に幾つもの糸を突き刺していく。それ自体に痛みはなく、ケヴィンも不気味な攻撃に疑問を抱いているといった様子だった。
だがそれはすぐに彼の全身に強い衝撃を与える。全ての準備を整えたヴァイオリンの男は、離れた位置で悠然と弓を引き糸に衝撃を伝える。
その時初めてケヴィンは本当の事を理解したのだ。二重の意味。一つはミアの身体に起きた衝撃の痛みと苦痛。そして糸から伝わるヴァイオリンの男の音色の正体。
アルバの街について調べていたケヴィンは、音楽に詳しくなくともその人物については見覚えがあった。
自分より強く逞しいとはいえ彼女は何処にでもいるような女性なのだ。それが自らを犠牲にして自分を送り届ける為に戦っている。だが今更戻ることも出来ない。それは彼女への冒涜にもなる。
目的を達成する事こそが、今ケヴィンに出来る唯一彼女に返せる恩返しである。
「・・・?」
家屋について中の様子を伺うと、最初に三人で訪れた時よりもやけに静かである事に気がつく。
「妙に静かだな・・・中で一体何が・・・?」
中で二人の男が戦っているのが信じられない程、不気味な静けさが家屋の中から漂っている。警戒しつつも窓から中へと侵入するケヴィン。最後にシンを見たのは、彼がこの家屋の二階へ向かっていく姿だった。
その記憶をたどり、音を立てぬよう二階へ向かうケヴィン。すっかり様変わりした内装に気を取られつつも、薄暗い景色の中を静かに一歩づつ歩みを進める。
そして、部屋を隔てる壁も無くなってしまった家屋の奥で彼が目にしたのは、鳴らぬヴァイオリンを演奏する男と、それを聞きながら眠るように床に倒れているシンの姿だった。
「シンさんッ!」
思わず声を発したケヴィンだったが、眠っているシンの彼の声は届かず、ヴァイオリンの男もそんな彼の声を無視して演奏を続けている。何とかシンの目を覚まさなければと思い、近くに落ちていた小さな瓦礫を投げる。
しかし、小さな衝撃を与えたところでシンが目覚める事はなかった。何か別の方法はないかと考えるケヴィン。そこで彼が思いついた方法。それは最も単純で複雑な要素などない、とてもシンプルな方法だった。
「演奏を止めるしかないッと・・・!」
今度はシンに向けてではなく、演奏するヴァイオリンの男目掛けて瓦礫を投げるケヴィン。しかしその瓦礫は魔力を纏っていない為、命中することはなかった。だが命中させることが目的ではない。
物体を透過するとはいえ、演奏する手を一時的に本体から切り離せば演奏は止まると思っていた。だがケヴィンの投げた瓦礫によって、ヴァイオリンから手が離れようとも、どうやら演奏は止まっていなかったようだ。
厄介なのは、音が聞こえない事にこそある。演奏が中断されたのかどうか、それを確かめる術がケヴィンにはなかった。正確には元凶であるヴァイオリンの男と、その術中に落ちてしまったシン以外には確かめようがなかったのだ。
故に第三者からは、攻撃を受けているシンの反応を確かめる他に、演奏の効果が途切れたかどうかが分からなかった。
「クソッ!どうなってる!?以前は演奏が聞こえていたのにッ・・・。一対一で聴かせる事も出来るのか。魔力を纏わせる・・・召喚の時に使うエネルギーを物に集中させて放出する・・・」
床から拾い上げた瓦礫に自身の持つ魔力を送り込む。エンチャントのように器用な代物ではない。ただ単に魔力で覆うだけであり、物体を透過する霊体系の相手に対し、攻撃を有効にする手段に過ぎないのだ。
「うッ・・・!」
物へ魔力を込めるのに不慣れだったケヴィンは、魔力を必要以上に放出してしまい床に膝をつく。やはり戦闘で火力を扱う者とでは、魔力の扱いやコントロールに大きな差が生まれるものだ。
「でも・・・こんなところで諦める訳にはいかないッ・・・!」
幸いな事はもう一つあった。ヴァイオリンの男は演奏に夢中で、戦えないケヴィンに全く関心がない事だった。だがそれは同時に、ケヴィンに悩みの種を増やす要因にもなっていた。
「私に関心など無い・・・という事ですか。ですがそれが、貴方の付け入る隙になるッ!」
ケヴィンは瓦礫に魔力を流し込み続けたまま、それをヴァイオリンの男目掛けて投げる。今度は魔力を帯びたままヴァイオリンの男に命中すると、そこで漸く男はケヴィンの存在を意識し始める。
邪魔をされた事に腹を立てたのか、以前にも一行の前で見せた糸を今度はケヴィン一人に向けて差し向けて来たのだ。
「アレはッ!?」
ミアの一件でその糸が身体に触れると何をもたらすのか理解していた。糸はヴァイオリンからの音を対象に向けて直接伝える。そしてその振動を受けた対象の部位に破壊を与える。
音の振動、衝撃こそがヴァイオリンの男の殺傷能力。決して糸に触れてはならないと分かっていても、ケヴィンにそれを避け切る事は出来なかった。ヴァイオリンの男も初めから全力だった。
決してケヴィンを侮る事はなく、それはシンやミアを相手にする時と同様にケヴィンの身体に幾つもの糸を突き刺していく。それ自体に痛みはなく、ケヴィンも不気味な攻撃に疑問を抱いているといった様子だった。
だがそれはすぐに彼の全身に強い衝撃を与える。全ての準備を整えたヴァイオリンの男は、離れた位置で悠然と弓を引き糸に衝撃を伝える。
その時初めてケヴィンは本当の事を理解したのだ。二重の意味。一つはミアの身体に起きた衝撃の痛みと苦痛。そして糸から伝わるヴァイオリンの男の音色の正体。
アルバの街について調べていたケヴィンは、音楽に詳しくなくともその人物については見覚えがあった。
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