World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,342 / 1,646

明日へ繋ぐ記憶の印

しおりを挟む
 しかし、彼女の前に現れたのはレオンとカルロスの二人だけ。当然ジルは、姿を見せなかったクリスの行方について尋ねる。二人は凄い剣幕で先に脱出だと、何も分からぬままのジルを連れ、グーゲル教会から外へと飛び出す。

 扉の外はすっかり真夜中になっており、街灯が街並みを照らし出している。普段と変わらぬ様子の街並みに、三人は教会の中だけまるで別世界だったのではないかと錯覚する程だった。

 「外は・・・至って普段通りだな・・・」

 「あぁ・・・。だが人があまり見当たらないな」

 呑気に外の様子について語る二人に、事情を知らないジルが何故クリスが一緒じゃなかったのかについて問い詰める。レオンとカルロスは、クリスを教会に置いてきた経緯を説明していると、彼らにとある変化が訪れる。

 それは教会にいた時には感じなかった、眠りに誘う音楽の影響だった。教会の外に脱出することは出来たが、それでも聞こえてくる音楽は鳴り止まない。そして今になって、彼らが最も警戒していた“眠気“がその身を襲ったのだ。

 「お・・・おい、何だか俺・・・」

 「カルロス・・・お前もか。急激に眠気が・・・」

 よりオルガンに近づいたカルロスとレオンが先に眠気に襲われる。二人の様子に危惧していた出来事が起きてしまったと、ジルは少しでも二人を教会から遠ざけようと、意識の朦朧とする二人の手を引いて夜の街の中を当てもなく、ただ遠くへと進んでいく。

 「しっかりして!少しでも遠くに行けば、記憶への影響も少なくて済むかもしれないわ」

 「ジル・・・お前は平気なのか・・・?」

 オルガンとの距離こそ多少違えど、音楽の聞こえていた範囲に関しては同じだったはず。それなのにジルだけ二人よりも影響が遅れていると言うことは、音源との距離の他にも条件があるのではないか。

 ジルはその変化について、昨日の一件が絡んでいるのではないかと推測していた。

 「少し身体のだるさは感じるけど、二人程ではないわ」

 「何で・・・?一緒に教会で音楽を聞かされていたろ?」

 「それについてだけど。昨日、貴方達はあの音楽を聞いて記憶を失ったじゃない?その影響が身体に蓄積されているんじゃないかしら?」

 それを聞いてレオンもカルロスも、自身とジルの違いについて考えるとそれ以外に思い当たる節はなかった。次第にレオンとカルロスの身体から力が抜けていき、立っていることすらままならなくなり、その場に倒れてしまう。

 「ちょっと!ダメよ、意識をしっかり保って!」

 「そう・・・言われたってよぉ・・・もう・・・」

 二人を起こそうとするジルの表情にも、次第に眠気による影響が現れ始めた。彼らの身体を引っ張ろうとするジルの腕にも力が入らない。レオンは自身の力ではどうにもならない身体を何とか起こし、まだ辛うじて動けるジルにとある事を託す。

 「ジル・・・聞いてくれ。教会にいた奴ら、クリスに“触れていた“。これは夢でも幻覚でもない・・・だが、これが現実なのかという証明もできない。恐らく次に目を覚ます時には、これらの記憶も忘れてしまうだろう・・・」

 「えぇ、そうね・・・。やっぱり私達に調べられる事件ではないのかも・・・」

 「それは・・・まだ分からない。だが“次の俺達“に繋ぐことは出来る・・・」

 「どう言う事・・・?」

 レオンはこの眠気には抗えない事を悟り、今回知り得た情報を明日の自分達に思い出させる為、とある作戦を思いついたようだ。しかしそれを実行できるのは、まだ立っていられるだけの意識を保てているジルしかいない。

 彼は要件を簡潔にまとめ、出来るだけ多くの“記憶の断片“を残すようジルに伝える。

 「行ってくれ、ジル・・・!俺達を置いて、出来るだけ多くの場所に・・・」

 レオンは伝えるべきことを伝えると、そこで眠りについてしまった。街に人気はなく、道端で眠るレオンとカルロスを路肩に引き摺ると、ジルはレオンに言われた通り彼らを置き去りにし、街の中を彷徨う。

 「本当に・・・これで、何とか出来るのね・・・?分かった、出来るだけ・・・行けるところまで行ってやるわよッ・・・!」

 ジルはどこかへ向かうということはなく、ただひたすらに街の中をあちこち歩き回った。鳴り止まぬ音楽に意識と身体の力を奪われつつも、彼女は足が前に進む限り移動することをやめなかった。

 そしてついに力尽きると、彼女も置いて来たレオンやカルロスと同様に、アルバの街中、それも歩道の真ん中で倒れ込んでしまう。体を引き摺りながら建物の壁にもたれ掛かると、暫く周囲を見渡した後、近くに落ちていた石ころで石畳の歩道に何かを刻んだところで限界を迎えた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...