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神代 コウ

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生きる為の音楽

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 音楽や歌が嫌いだったという彼女が、何故歌手の道を歩んだのか。何をきっかけに嫌いだったものを好きになったのか。それは彼女の血に巡る先祖の記憶が由来していた。

 「ここが誰の博物館か知ってるでしょ?」

 「それは勿論です。音楽に携わるものならその名を知らぬ者はいない、偉大な音楽家にして音楽の父と称されるバッハの遺品やゆかりなある物が展示される博物館です」

 「そう・・・。ここは偉大な音楽家である“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“の博物館。実はこの方、私の遠いご先祖様なの」

 「!?」

 一部の音楽家からしたら神様とも呼ばれる、所謂世間的にバッハとして知られる人物の子孫に、カタリナ・ドロツィーアという女性はいた。

 シン達の暮らしていた現実世界に存在するバッハと同じように、バッハ家はバッハ一族と言われるほど家系図が多く複雑なのだそうだ。これはアルバの音楽家のみならず、音楽の知識をかじっている者ならある程度は知っている情報らしく、それ自体はジルも知っていた。

 だが知っていると言っても、詳しく把握している者は少なく、そもそも正しい記録や本物の遺品すら優秀な鑑定士が必要になるほど、正史を確かめることは困難になってしまっているのだそうだ。

 故にアルバの博物館に集められているバッハの遺品やゆかりのある物というのは、世界的にも相当な価値のある財産として守られているのだという。

 バッハという名前だけでも、家系図の中では無数に存在しており、同名の者も多く存在していた為、どの時代のどのバッハなのかなど、それを調べるだけでも大変な苦労があるのだそうだ。

 それだけ多くの名前があると、今のカタリナのように「私はバッハの血族である」と名乗る者も後を立たなかったそうでカタリナ自身、自分が本物のバッハ一族の血族であると知ったのは最近だったのだそうだ。

 それも家族や身近な人物にすら明かしていないらしい。とは言っても、明かしたところで信用する人間などいないだろう。身近な人間が突然実は著名人の親戚なんだと語られて、純粋に信じる人間がどれだけいるだろうか。

 その場では驚いたりするかもしれないが、それは忖度によるもので心では全くと言っていいほど興味すらそそられないだろう。誰しもがつく、考え得る簡単な嘘。それがカタリナがバッハの子孫であるという話の印象だった。

 「貴方がこんな話を聞かされて、それを信じるかどうかは関係ないの。さっきも言ったけど、貴方を見てると昔の私を見ているようなの」

 「ど・・・どういう事ですか?」

 まるでジルの抱える音楽に対する思いを見透かしているかのような視線に、一体何を言われるのかと気が気ではいられないジルは、思わず固唾を飲んで彼女の返答に備える。

 「貴方の歌や演奏に感じる感情は、歌詞や曲に合った素晴らしいものだわ。でもそれは貴方の“演技“であって、心から音楽と向き合えていないんじゃないかしら?」

 図星だった。ジルは自分の置かれている状況を誰よりも的確に言い当てたカタリナに驚きのあまり言葉が出てこなかった。

 音楽学校でも首位を取るほどの優等生であるジルヴィアは、技術力は勿論のこと、レオンが苦手とする感情表現も完璧にこなしている。彼女が歌えばその歌唱力に感情が溢れ出し、彼女が演奏すればその曲調に胸を躍らせる。

 初めて音楽を聴くという者ですら虜にする彼女の才能は、次世代の音楽家として様々なところからオファーが来る程だった。しかし、カタリナの言うようにそれは歌詞や曲から伝わってくるイメージを演じているだけであり、その感情はジルの心の底からくるものではなかったのだ。

 教員や親にさえ言えずにいた彼女の本当の気持ち。だが周りもそれを望み、喜んでくれている。自分自身でさえもそれでいいとさえ思っていた。自分の心すら騙し続ける演技の毎日に、ジルは本来の音を楽しむという気持ちを忘れてしまっていた。

 それが憧れの人物に、それも自分の歌や曲を聴いたばかりのカタリナに言い当てられた事が、彼女にとってあまりに衝撃的で嬉しかったのだ。

 自分ですら分からなくなっていた気持ちを見つけ出してくれたカタリナの言葉に、ジルの目には涙が滲んでいた。

 「私もね、自分から音楽を始めた訳じゃないの。初めは習い事の一つとして始めたのがきっかけでね。自分では普通に歌ったりピアノを弾いたりしたつもりだったんだけど、周りの大人達は凄く喜んでくれたわ。両親も嬉しそうにしているから、私もそれが嬉しくて続けていたけど、ある日私の両親が誰かとお金の話をしているのを聞いてしまったの・・・」

 カタリナの両親は、彼女の才能を見込んでそれを金にしようと多方面へ声を掛けていたようだった。様々な場所で、いろんな人間に歌や演奏を披露するようになったカタリナは、両親が自分の歌や演奏を金に変えているのだと理解し始めた。

 だがそれだけなら、生活していく上では必要な事なのだと割り切ることもできた。しかし、彼女の両親は湯水のように金を生み出す我が子の才能に胡座をかき始めてしまったのだ。

 豪勢な生活をするだけではあまりある金に、母は高価な物に身を包み毎日のように外出し、様々なパーティーや自分磨きに費やし、父はたまに家に帰る程度になり殆どの時間を別の場所で過ごしていたのだそうだ。後に聞いた周りの話では、毎晩のように会食をし別の女性と夜を明かしていたそうだ。

 彼女の家庭は彼女の才能によって養われ、そして崩壊していた。そこには最早家族と呼べるような形などなく、嫌気がさして音楽を辞めようとしたこともあったが、両親が勝手に結んでいた契約や制約によって逃げ場さえも失われていたのだ。

 幼い彼女にはどうすることもできず、音楽は彼女にとって文字通り“生きる為に必要なもの“でしかなく、音楽がなければ存在する価値すらないものとされていたのだった。
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