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月光写譜
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彼は外の護衛でるドミニクと話でも合わせていたかのように、同じ口上から始まる。
「君達が思っている通り、私は招待されたからアルバへ来た・・・と言う訳ではない。勿論それもあるが、私にはもっと重要な任務が与えられていた」
「任務・・・?」
「少し大袈裟な言い方だったか。私が赴任している街“クレール“はアルバからそう遠くない位置にある、比較的新しい街だ」
ベルヘルムの言う街クレールは、新しく街として大きくなり始めたばかりのところらしく、それ故にまだ統治が堰堤している訳ではなく、金銭的にも厳しい面があるのだと言う。
そこでクレールが力を注いだのが、芸術だったのだ。取り分け期待を込めていたのはアルバと同じく音楽だった。街並みや人々の心を穏やかにしたいと願いを込め迎えた音楽家がベルヘルム・フルトヴェングラーという音楽家だった。
多大な資金を払い迎え入れたベルヘルムに、クレールの未来が託される。彼の活動はたちまち有名となり、その期待に応えるようにしてクレールの金回りは良くなっていった。
未だアルバ程ではないが、様々なところから観光客がやって来ては劇場が設立されていき、多くの楽団を抱えるようになっていく。音楽による他国や他の街などとの物流により、音楽の歴史的に珍しい物や貴重な物も増えていく事で、歴史的な博物館の数も増えていったそうだ。
「そんな発展途上の街であるクレールに、とある物品が巡って来たのだ」
「とある物品?」
「そう、このアルバにゆかりのある物だ。君はこの街で最も有名な音楽家の名前を知っているかな?」
不意に話を振られたのは、明らかに余所者で素性の知れないシンだった。アルバに関わりがなく、最も音楽に疎い人物であるのを見抜いてのことなのかは定かではないが、彼の言う有名な音楽家の名前が世界に知れ渡っていることを証明するには十分だった。
事前にツクヨとアカリがアルバの街を散策していた時に見つけた、現実世界でも耳にしたことのある有名な音楽家の名前が、シンの脳裏に蘇る。
「確か・・・バッハ・・・だったか?」
「そう。音楽に詳しくない者でもその名を耳にするくらいに有名なその音楽家。後に音楽の父とも呼ばれるその偉大な音楽家の名は“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“。彼にゆかりのある貴重な代物が、クレールへ流れ着く事になった」
ベルヘルムの語るそのバッハにゆかりのある代物とは、何かの楽譜だったようだ。それもただの楽譜ではないようで、バッハがまだ音楽を学んでいた頃、師としていた人物の楽譜を写したという物だった。
バッハの遺物はそう多くは残されておらず、その殆どはゆかりのある地であるアルバに集められる。その楽譜の写しというのは、彼が音楽の師の元で学んでいる頃、師に何度も頼み込んでいた楽譜の写しだったのだという。
しかし、バッハの師も他に多くの弟子を抱えており、そんな彼らの手前バッハにだけ楽譜を写させるわけにもいかず、何度も断っていたのだという。
だが、バッハの音楽への意志は強く、夜な夜な師の楽譜が閉まってある部屋に忍び込むと、月明かりの中それをこっそりと書き写していた物らしい。結果として、後日そのことがバレてしまったバッハは、書き写した楽譜の写しを没収されてしまうが、すでにその内容は彼の頭の中に刻まれていた。
それが後のバッハに大きな影響を与えたのではないかと語られることも多い。没収された楽譜の写しは、その後行方をくらましてしまったようだが、後の時代にクレールの街へと流れ着いたのだ。
そのような貴重な代物を手土産に、クレールはアルバと提携を結ぼうとしていたようだった。互いの利益の為に、音楽業界の発展の為にと持ち込まれたその楽譜は、“月光写譜“と呼ばれ、ベルヘルムがアルバに到着する前に、先にアルバへ送られていた。
それは一度マティアス司祭の元へと届けられ、そこからクリスの手でジークベルトの元へと渡ったそうだ。つまり、ベルヘルムがクリスを使って届けさせた物というのは、そのバッハの残した貴重な代物である月光写譜だったのだ。
お返しにベルヘルムは、ジークベルトから珍しい茶葉を受け取ったらしい。それが今、シン達の前に出されている紅茶だった。
「別に隠していた訳ではない。だが、あまり公にもしたくない取引だった。ただそれだけだよ。君達が私へ向ける“疑い“の正体とは」
「そうだったのですね・・・」
事件の事に関して、大きな動きが掴めるかと思っていたケヴィンだったが、ここでもジークベルト殺害の真実に近づく事はできなかった。否、近づくということはなかったかも知れないが、ベルヘルムに関しての大きな情報を得ることができた。
彼にジークベルトを殺害する動機はない。
アルバに変化の風を起こそうとしていたジークベルトに、謂わば媚を売るようにバッハの遺品を届けたベルヘルム。彼にとってジークベルトの死はマイナスでしかないのだから。
「君達が思っている通り、私は招待されたからアルバへ来た・・・と言う訳ではない。勿論それもあるが、私にはもっと重要な任務が与えられていた」
「任務・・・?」
「少し大袈裟な言い方だったか。私が赴任している街“クレール“はアルバからそう遠くない位置にある、比較的新しい街だ」
ベルヘルムの言う街クレールは、新しく街として大きくなり始めたばかりのところらしく、それ故にまだ統治が堰堤している訳ではなく、金銭的にも厳しい面があるのだと言う。
そこでクレールが力を注いだのが、芸術だったのだ。取り分け期待を込めていたのはアルバと同じく音楽だった。街並みや人々の心を穏やかにしたいと願いを込め迎えた音楽家がベルヘルム・フルトヴェングラーという音楽家だった。
多大な資金を払い迎え入れたベルヘルムに、クレールの未来が託される。彼の活動はたちまち有名となり、その期待に応えるようにしてクレールの金回りは良くなっていった。
未だアルバ程ではないが、様々なところから観光客がやって来ては劇場が設立されていき、多くの楽団を抱えるようになっていく。音楽による他国や他の街などとの物流により、音楽の歴史的に珍しい物や貴重な物も増えていく事で、歴史的な博物館の数も増えていったそうだ。
「そんな発展途上の街であるクレールに、とある物品が巡って来たのだ」
「とある物品?」
「そう、このアルバにゆかりのある物だ。君はこの街で最も有名な音楽家の名前を知っているかな?」
不意に話を振られたのは、明らかに余所者で素性の知れないシンだった。アルバに関わりがなく、最も音楽に疎い人物であるのを見抜いてのことなのかは定かではないが、彼の言う有名な音楽家の名前が世界に知れ渡っていることを証明するには十分だった。
事前にツクヨとアカリがアルバの街を散策していた時に見つけた、現実世界でも耳にしたことのある有名な音楽家の名前が、シンの脳裏に蘇る。
「確か・・・バッハ・・・だったか?」
「そう。音楽に詳しくない者でもその名を耳にするくらいに有名なその音楽家。後に音楽の父とも呼ばれるその偉大な音楽家の名は“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“。彼にゆかりのある貴重な代物が、クレールへ流れ着く事になった」
ベルヘルムの語るそのバッハにゆかりのある代物とは、何かの楽譜だったようだ。それもただの楽譜ではないようで、バッハがまだ音楽を学んでいた頃、師としていた人物の楽譜を写したという物だった。
バッハの遺物はそう多くは残されておらず、その殆どはゆかりのある地であるアルバに集められる。その楽譜の写しというのは、彼が音楽の師の元で学んでいる頃、師に何度も頼み込んでいた楽譜の写しだったのだという。
しかし、バッハの師も他に多くの弟子を抱えており、そんな彼らの手前バッハにだけ楽譜を写させるわけにもいかず、何度も断っていたのだという。
だが、バッハの音楽への意志は強く、夜な夜な師の楽譜が閉まってある部屋に忍び込むと、月明かりの中それをこっそりと書き写していた物らしい。結果として、後日そのことがバレてしまったバッハは、書き写した楽譜の写しを没収されてしまうが、すでにその内容は彼の頭の中に刻まれていた。
それが後のバッハに大きな影響を与えたのではないかと語られることも多い。没収された楽譜の写しは、その後行方をくらましてしまったようだが、後の時代にクレールの街へと流れ着いたのだ。
そのような貴重な代物を手土産に、クレールはアルバと提携を結ぼうとしていたようだった。互いの利益の為に、音楽業界の発展の為にと持ち込まれたその楽譜は、“月光写譜“と呼ばれ、ベルヘルムがアルバに到着する前に、先にアルバへ送られていた。
それは一度マティアス司祭の元へと届けられ、そこからクリスの手でジークベルトの元へと渡ったそうだ。つまり、ベルヘルムがクリスを使って届けさせた物というのは、そのバッハの残した貴重な代物である月光写譜だったのだ。
お返しにベルヘルムは、ジークベルトから珍しい茶葉を受け取ったらしい。それが今、シン達の前に出されている紅茶だった。
「別に隠していた訳ではない。だが、あまり公にもしたくない取引だった。ただそれだけだよ。君達が私へ向ける“疑い“の正体とは」
「そうだったのですね・・・」
事件の事に関して、大きな動きが掴めるかと思っていたケヴィンだったが、ここでもジークベルト殺害の真実に近づく事はできなかった。否、近づくということはなかったかも知れないが、ベルヘルムに関しての大きな情報を得ることができた。
彼にジークベルトを殺害する動機はない。
アルバに変化の風を起こそうとしていたジークベルトに、謂わば媚を売るようにバッハの遺品を届けたベルヘルム。彼にとってジークベルトの死はマイナスでしかないのだから。
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