1,252 / 1,646
意志の継承
しおりを挟む
「次ぃ!こっち頼む」
「はいよ!ツバキ、ペース上がったねぇ」
「さっさと終わらせて、レオンの親父さんの楽器を見てみてぇんだよ」
彼の言葉で機械の楽器に視線を向けるツクヨ。機械仕掛けのヴァイオリンは微動だにせずうんともすんとも言わない。見た目こそ奇妙だが、その辺に並べられている他のヴァイオリンと何も変わらない。
「ツバキって機械にも強かったんだ・・・」
「そりゃぁこれでも造船技師だったもんでねぇ。木造ばかりじゃなく、メカメカしい船だってある。多少の知識は身につけてるよ」
「・・・直りそう?」
「見てみなきゃ何とも・・・。けど、約束したからな」
彼の表情は曇っていた。しかしそれは自信の無さからくるものではない。父親との遺恨のある代物。それを直すことで、レオンにどんな心境の変化を与えるのか。ツバキはそれを心配しているようだ。
運ばれてくる機材を直しながら、ツバキは造船技師として働いている間に同じような経験をしたことがあると語り始めた。
それは彼の師匠であるウィリアムが、客との間での交わしている会話を聞いてしまった時のことだった。海賊の船を主に扱っていた彼の店で、珍しく漁師と名乗る客から船の修理を頼まれた。
グラン・ヴァーグには他にも船を直す店はある。それもウィリアムの海賊をメイン層とした店があるように、漁師や船乗りをメインとするクリーンな店もあった。
その客が何故ウィリアムのところへやって来たのか、その時のツバキには分からなかったが、どうやらその客は船を海賊船へと改造してほしいと申し出てきたそうだ。ツバキが見る限り、立派な漁船だったそうだがそれを海賊船へと変えてしまったら、海で狙われる可能性も跳ね上がる。
親の形見だという大事な船を、何故改築しようと考えたのか。それは後にその客と親が交わしたという約束が関係していたと知ることになる。
荒くれ者が集まる海で、その客の親はいつか海賊達のレースに出て活躍することを夢見ていたそうだった。初めはお金を稼ぎ、自分の海賊船を買うために漁師として働いていたが、そこで母親となる伴侶と出会い自分を産み、家族ができたことで夢よりも大事なものが出来たのだ。
だが、父が病に倒れ最期に語ったのは、いつか見ていた海に抱く夢の話だったそうだ。なあなあと父と共に漁師としての職についた彼は、自分の命に意味を持たせたく父の形見である船で自由に海を駆け回りたいと思うようになったそうだ。
父の人生がつまらないものだったとは思わない。寧ろ立派に家族を守ってくれてきたのだと感謝もしている。だが自分のせいで己の夢を諦めざるを得なかったと感じた彼は、せめて父と同じ血の流れるその身体で、見たかった景色を見に行きたいと言って、海賊船へと作り替えた船で大海原へと出ていった。
その後の彼がどうなったのかは分からない。ウィリアムの店にはそれ以降、彼が顔を出すことはなかった。海に出た者の噂など、グラン・ヴァーグにはいくらでも溢れかえっていた。
彼と彼の父が見た夢は、多くの者達が夢見る内の小さな一つに過ぎないのかもしれないが、彼にとってはそれが何よりも重要だったのだろうと、ツバキはウィリアムから聞かされた。
意志を継ぐことの大事さ。それはその事の大きさや偉大さなどは関係ない。赤の他人からすれば、馬鹿なことと笑われる事なのかもしれないが、当の本人がそれを何よりも大事なものだと思うのであれば、その人生において何よりも大切なものになる。
ツバキはレオンが父から授かった機械仕掛けのヴァイオリンを見て、その当時のことを、ふと思い出したのだという。結果として仲違いしたまま別れることになってしまったが、レオンの父はきっと何かを彼に伝えたかったのかも知れない。
漸くその気持ちに向き合う覚悟をしたレオンの為に、この約束は何としても果たしたい。珍しくツバキは強い気持ちを持って、自分にできることに望んでいたのだった。
下の階層から微かに音色が聞こえてくる。どうやらライブが始まったようだ。開始時刻に変更はなく、初めは女性歌手によるソロライブから始まった。忙しなく機材と次に使うであろう楽器の準備を進めていた従業員曰く、本来は彼女の曲は三曲ほどで終わる予定だったのだそうだが、急遽機材トラブルにより撤収と修理の時間を稼ぐ為に数曲プラスして歌って貰うプログラムになっていた。
直せるかどうかの判断もあるため、最悪の場合大幅にライブの時間が短縮されてしまう可能性もあった。しかし、そこに現れたツバキの手によって、なんとその場で修理する事となり、見事これをやってのけた。
事前に知らされていたプログラムにはない演奏の追加により、サプライズとして多くの観客や映像を見ていた要人達から喜ばれていた。ライブは当初よりも長くなったが、客の満足度はひと目で分かるほどの大盛況となった。
ライブを終え、次々に二階のフロアへ片付けられた機材や楽器が運び込まれる。楽団が使った楽器などは、後日この世界の車として徐々に流通し始めているという蒸気自動車に積み込まれるのだそうだ。
暫くすると、ライブで演奏を終えたレオンが二人の元へと帰ってきた。
「はいよ!ツバキ、ペース上がったねぇ」
「さっさと終わらせて、レオンの親父さんの楽器を見てみてぇんだよ」
彼の言葉で機械の楽器に視線を向けるツクヨ。機械仕掛けのヴァイオリンは微動だにせずうんともすんとも言わない。見た目こそ奇妙だが、その辺に並べられている他のヴァイオリンと何も変わらない。
「ツバキって機械にも強かったんだ・・・」
「そりゃぁこれでも造船技師だったもんでねぇ。木造ばかりじゃなく、メカメカしい船だってある。多少の知識は身につけてるよ」
「・・・直りそう?」
「見てみなきゃ何とも・・・。けど、約束したからな」
彼の表情は曇っていた。しかしそれは自信の無さからくるものではない。父親との遺恨のある代物。それを直すことで、レオンにどんな心境の変化を与えるのか。ツバキはそれを心配しているようだ。
運ばれてくる機材を直しながら、ツバキは造船技師として働いている間に同じような経験をしたことがあると語り始めた。
それは彼の師匠であるウィリアムが、客との間での交わしている会話を聞いてしまった時のことだった。海賊の船を主に扱っていた彼の店で、珍しく漁師と名乗る客から船の修理を頼まれた。
グラン・ヴァーグには他にも船を直す店はある。それもウィリアムの海賊をメイン層とした店があるように、漁師や船乗りをメインとするクリーンな店もあった。
その客が何故ウィリアムのところへやって来たのか、その時のツバキには分からなかったが、どうやらその客は船を海賊船へと改造してほしいと申し出てきたそうだ。ツバキが見る限り、立派な漁船だったそうだがそれを海賊船へと変えてしまったら、海で狙われる可能性も跳ね上がる。
親の形見だという大事な船を、何故改築しようと考えたのか。それは後にその客と親が交わしたという約束が関係していたと知ることになる。
荒くれ者が集まる海で、その客の親はいつか海賊達のレースに出て活躍することを夢見ていたそうだった。初めはお金を稼ぎ、自分の海賊船を買うために漁師として働いていたが、そこで母親となる伴侶と出会い自分を産み、家族ができたことで夢よりも大事なものが出来たのだ。
だが、父が病に倒れ最期に語ったのは、いつか見ていた海に抱く夢の話だったそうだ。なあなあと父と共に漁師としての職についた彼は、自分の命に意味を持たせたく父の形見である船で自由に海を駆け回りたいと思うようになったそうだ。
父の人生がつまらないものだったとは思わない。寧ろ立派に家族を守ってくれてきたのだと感謝もしている。だが自分のせいで己の夢を諦めざるを得なかったと感じた彼は、せめて父と同じ血の流れるその身体で、見たかった景色を見に行きたいと言って、海賊船へと作り替えた船で大海原へと出ていった。
その後の彼がどうなったのかは分からない。ウィリアムの店にはそれ以降、彼が顔を出すことはなかった。海に出た者の噂など、グラン・ヴァーグにはいくらでも溢れかえっていた。
彼と彼の父が見た夢は、多くの者達が夢見る内の小さな一つに過ぎないのかもしれないが、彼にとってはそれが何よりも重要だったのだろうと、ツバキはウィリアムから聞かされた。
意志を継ぐことの大事さ。それはその事の大きさや偉大さなどは関係ない。赤の他人からすれば、馬鹿なことと笑われる事なのかもしれないが、当の本人がそれを何よりも大事なものだと思うのであれば、その人生において何よりも大切なものになる。
ツバキはレオンが父から授かった機械仕掛けのヴァイオリンを見て、その当時のことを、ふと思い出したのだという。結果として仲違いしたまま別れることになってしまったが、レオンの父はきっと何かを彼に伝えたかったのかも知れない。
漸くその気持ちに向き合う覚悟をしたレオンの為に、この約束は何としても果たしたい。珍しくツバキは強い気持ちを持って、自分にできることに望んでいたのだった。
下の階層から微かに音色が聞こえてくる。どうやらライブが始まったようだ。開始時刻に変更はなく、初めは女性歌手によるソロライブから始まった。忙しなく機材と次に使うであろう楽器の準備を進めていた従業員曰く、本来は彼女の曲は三曲ほどで終わる予定だったのだそうだが、急遽機材トラブルにより撤収と修理の時間を稼ぐ為に数曲プラスして歌って貰うプログラムになっていた。
直せるかどうかの判断もあるため、最悪の場合大幅にライブの時間が短縮されてしまう可能性もあった。しかし、そこに現れたツバキの手によって、なんとその場で修理する事となり、見事これをやってのけた。
事前に知らされていたプログラムにはない演奏の追加により、サプライズとして多くの観客や映像を見ていた要人達から喜ばれていた。ライブは当初よりも長くなったが、客の満足度はひと目で分かるほどの大盛況となった。
ライブを終え、次々に二階のフロアへ片付けられた機材や楽器が運び込まれる。楽団が使った楽器などは、後日この世界の車として徐々に流通し始めているという蒸気自動車に積み込まれるのだそうだ。
暫くすると、ライブで演奏を終えたレオンが二人の元へと帰ってきた。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます
長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました
★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★
★現在三巻まで絶賛発売中!★
「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」
苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。
トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが――
俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ?
※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜
FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio
通称、【GKM】
これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。
世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。
その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。
この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。
その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる