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意志の継承
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「次ぃ!こっち頼む」
「はいよ!ツバキ、ペース上がったねぇ」
「さっさと終わらせて、レオンの親父さんの楽器を見てみてぇんだよ」
彼の言葉で機械の楽器に視線を向けるツクヨ。機械仕掛けのヴァイオリンは微動だにせずうんともすんとも言わない。見た目こそ奇妙だが、その辺に並べられている他のヴァイオリンと何も変わらない。
「ツバキって機械にも強かったんだ・・・」
「そりゃぁこれでも造船技師だったもんでねぇ。木造ばかりじゃなく、メカメカしい船だってある。多少の知識は身につけてるよ」
「・・・直りそう?」
「見てみなきゃ何とも・・・。けど、約束したからな」
彼の表情は曇っていた。しかしそれは自信の無さからくるものではない。父親との遺恨のある代物。それを直すことで、レオンにどんな心境の変化を与えるのか。ツバキはそれを心配しているようだ。
運ばれてくる機材を直しながら、ツバキは造船技師として働いている間に同じような経験をしたことがあると語り始めた。
それは彼の師匠であるウィリアムが、客との間での交わしている会話を聞いてしまった時のことだった。海賊の船を主に扱っていた彼の店で、珍しく漁師と名乗る客から船の修理を頼まれた。
グラン・ヴァーグには他にも船を直す店はある。それもウィリアムの海賊をメイン層とした店があるように、漁師や船乗りをメインとするクリーンな店もあった。
その客が何故ウィリアムのところへやって来たのか、その時のツバキには分からなかったが、どうやらその客は船を海賊船へと改造してほしいと申し出てきたそうだ。ツバキが見る限り、立派な漁船だったそうだがそれを海賊船へと変えてしまったら、海で狙われる可能性も跳ね上がる。
親の形見だという大事な船を、何故改築しようと考えたのか。それは後にその客と親が交わしたという約束が関係していたと知ることになる。
荒くれ者が集まる海で、その客の親はいつか海賊達のレースに出て活躍することを夢見ていたそうだった。初めはお金を稼ぎ、自分の海賊船を買うために漁師として働いていたが、そこで母親となる伴侶と出会い自分を産み、家族ができたことで夢よりも大事なものが出来たのだ。
だが、父が病に倒れ最期に語ったのは、いつか見ていた海に抱く夢の話だったそうだ。なあなあと父と共に漁師としての職についた彼は、自分の命に意味を持たせたく父の形見である船で自由に海を駆け回りたいと思うようになったそうだ。
父の人生がつまらないものだったとは思わない。寧ろ立派に家族を守ってくれてきたのだと感謝もしている。だが自分のせいで己の夢を諦めざるを得なかったと感じた彼は、せめて父と同じ血の流れるその身体で、見たかった景色を見に行きたいと言って、海賊船へと作り替えた船で大海原へと出ていった。
その後の彼がどうなったのかは分からない。ウィリアムの店にはそれ以降、彼が顔を出すことはなかった。海に出た者の噂など、グラン・ヴァーグにはいくらでも溢れかえっていた。
彼と彼の父が見た夢は、多くの者達が夢見る内の小さな一つに過ぎないのかもしれないが、彼にとってはそれが何よりも重要だったのだろうと、ツバキはウィリアムから聞かされた。
意志を継ぐことの大事さ。それはその事の大きさや偉大さなどは関係ない。赤の他人からすれば、馬鹿なことと笑われる事なのかもしれないが、当の本人がそれを何よりも大事なものだと思うのであれば、その人生において何よりも大切なものになる。
ツバキはレオンが父から授かった機械仕掛けのヴァイオリンを見て、その当時のことを、ふと思い出したのだという。結果として仲違いしたまま別れることになってしまったが、レオンの父はきっと何かを彼に伝えたかったのかも知れない。
漸くその気持ちに向き合う覚悟をしたレオンの為に、この約束は何としても果たしたい。珍しくツバキは強い気持ちを持って、自分にできることに望んでいたのだった。
下の階層から微かに音色が聞こえてくる。どうやらライブが始まったようだ。開始時刻に変更はなく、初めは女性歌手によるソロライブから始まった。忙しなく機材と次に使うであろう楽器の準備を進めていた従業員曰く、本来は彼女の曲は三曲ほどで終わる予定だったのだそうだが、急遽機材トラブルにより撤収と修理の時間を稼ぐ為に数曲プラスして歌って貰うプログラムになっていた。
直せるかどうかの判断もあるため、最悪の場合大幅にライブの時間が短縮されてしまう可能性もあった。しかし、そこに現れたツバキの手によって、なんとその場で修理する事となり、見事これをやってのけた。
事前に知らされていたプログラムにはない演奏の追加により、サプライズとして多くの観客や映像を見ていた要人達から喜ばれていた。ライブは当初よりも長くなったが、客の満足度はひと目で分かるほどの大盛況となった。
ライブを終え、次々に二階のフロアへ片付けられた機材や楽器が運び込まれる。楽団が使った楽器などは、後日この世界の車として徐々に流通し始めているという蒸気自動車に積み込まれるのだそうだ。
暫くすると、ライブで演奏を終えたレオンが二人の元へと帰ってきた。
「はいよ!ツバキ、ペース上がったねぇ」
「さっさと終わらせて、レオンの親父さんの楽器を見てみてぇんだよ」
彼の言葉で機械の楽器に視線を向けるツクヨ。機械仕掛けのヴァイオリンは微動だにせずうんともすんとも言わない。見た目こそ奇妙だが、その辺に並べられている他のヴァイオリンと何も変わらない。
「ツバキって機械にも強かったんだ・・・」
「そりゃぁこれでも造船技師だったもんでねぇ。木造ばかりじゃなく、メカメカしい船だってある。多少の知識は身につけてるよ」
「・・・直りそう?」
「見てみなきゃ何とも・・・。けど、約束したからな」
彼の表情は曇っていた。しかしそれは自信の無さからくるものではない。父親との遺恨のある代物。それを直すことで、レオンにどんな心境の変化を与えるのか。ツバキはそれを心配しているようだ。
運ばれてくる機材を直しながら、ツバキは造船技師として働いている間に同じような経験をしたことがあると語り始めた。
それは彼の師匠であるウィリアムが、客との間での交わしている会話を聞いてしまった時のことだった。海賊の船を主に扱っていた彼の店で、珍しく漁師と名乗る客から船の修理を頼まれた。
グラン・ヴァーグには他にも船を直す店はある。それもウィリアムの海賊をメイン層とした店があるように、漁師や船乗りをメインとするクリーンな店もあった。
その客が何故ウィリアムのところへやって来たのか、その時のツバキには分からなかったが、どうやらその客は船を海賊船へと改造してほしいと申し出てきたそうだ。ツバキが見る限り、立派な漁船だったそうだがそれを海賊船へと変えてしまったら、海で狙われる可能性も跳ね上がる。
親の形見だという大事な船を、何故改築しようと考えたのか。それは後にその客と親が交わしたという約束が関係していたと知ることになる。
荒くれ者が集まる海で、その客の親はいつか海賊達のレースに出て活躍することを夢見ていたそうだった。初めはお金を稼ぎ、自分の海賊船を買うために漁師として働いていたが、そこで母親となる伴侶と出会い自分を産み、家族ができたことで夢よりも大事なものが出来たのだ。
だが、父が病に倒れ最期に語ったのは、いつか見ていた海に抱く夢の話だったそうだ。なあなあと父と共に漁師としての職についた彼は、自分の命に意味を持たせたく父の形見である船で自由に海を駆け回りたいと思うようになったそうだ。
父の人生がつまらないものだったとは思わない。寧ろ立派に家族を守ってくれてきたのだと感謝もしている。だが自分のせいで己の夢を諦めざるを得なかったと感じた彼は、せめて父と同じ血の流れるその身体で、見たかった景色を見に行きたいと言って、海賊船へと作り替えた船で大海原へと出ていった。
その後の彼がどうなったのかは分からない。ウィリアムの店にはそれ以降、彼が顔を出すことはなかった。海に出た者の噂など、グラン・ヴァーグにはいくらでも溢れかえっていた。
彼と彼の父が見た夢は、多くの者達が夢見る内の小さな一つに過ぎないのかもしれないが、彼にとってはそれが何よりも重要だったのだろうと、ツバキはウィリアムから聞かされた。
意志を継ぐことの大事さ。それはその事の大きさや偉大さなどは関係ない。赤の他人からすれば、馬鹿なことと笑われる事なのかもしれないが、当の本人がそれを何よりも大事なものだと思うのであれば、その人生において何よりも大切なものになる。
ツバキはレオンが父から授かった機械仕掛けのヴァイオリンを見て、その当時のことを、ふと思い出したのだという。結果として仲違いしたまま別れることになってしまったが、レオンの父はきっと何かを彼に伝えたかったのかも知れない。
漸くその気持ちに向き合う覚悟をしたレオンの為に、この約束は何としても果たしたい。珍しくツバキは強い気持ちを持って、自分にできることに望んでいたのだった。
下の階層から微かに音色が聞こえてくる。どうやらライブが始まったようだ。開始時刻に変更はなく、初めは女性歌手によるソロライブから始まった。忙しなく機材と次に使うであろう楽器の準備を進めていた従業員曰く、本来は彼女の曲は三曲ほどで終わる予定だったのだそうだが、急遽機材トラブルにより撤収と修理の時間を稼ぐ為に数曲プラスして歌って貰うプログラムになっていた。
直せるかどうかの判断もあるため、最悪の場合大幅にライブの時間が短縮されてしまう可能性もあった。しかし、そこに現れたツバキの手によって、なんとその場で修理する事となり、見事これをやってのけた。
事前に知らされていたプログラムにはない演奏の追加により、サプライズとして多くの観客や映像を見ていた要人達から喜ばれていた。ライブは当初よりも長くなったが、客の満足度はひと目で分かるほどの大盛況となった。
ライブを終え、次々に二階のフロアへ片付けられた機材や楽器が運び込まれる。楽団が使った楽器などは、後日この世界の車として徐々に流通し始めているという蒸気自動車に積み込まれるのだそうだ。
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