World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,236 / 1,646

音楽家の養成所

しおりを挟む
 シン達と別れ別行動となっていたツクヨ達は、街医者カールから教団のことを教えてもらった後、音楽学校の事について聞かされていた。アルバの街を散策していた時、様々なところから音楽や楽器の音色、歌声などが聞こえて来ていた。

 しかし、それらは雑音というような嫌悪を抱くものではなく、その殆どが心地よく心が穏やかになるようなポジティブな感覚になるものばかりだった。中には上達の為に練習する者もいるだろう。

 ここでツクヨ達が疑問に思ったのが、何故聞こえてくる音色は既にある程度完成されたものばかりで、下手な音や耳障りと感じる音が全く聞こえてこないのかという事だ。

 誰しも初めから完璧にこなせる人間などいない。楽器それぞれにある音の出し方や音色、楽譜の読み方など、生物が立って歩くために何度も挑戦するように、言葉を話せるようになる為に何度も発声するように、反復的な練習や試行を行うのが自然なもの。それが一切ないというのはどういう事なのだろうか。

 「アルバの街に暮らす者達は、義務教育のようにある程度音楽の知識や楽器の扱いを学校で学んでいるのです。誰しもが通る道であり、それにより誰でもそれなりに聞き苦しくないような音楽や音色を奏でられるように教育されているのです」

 「それはこの街が“音の街“だから・・・という事なのでしょうか?」

 「勿論それもあります。ですが私達は、誰もそれを苦だとは感じたことがありません。誰もが教養を受けるように、趣味や習い事をするように、私達にとってはそれが当然であり自然なことなのです」

 習慣となった文化や教養は、その土地の者達の身体や精神、思想などに浸透していき食事を摂ったり睡眠を取るように、最早生活の一部となるものがある。それは外から来た人間には分からない事や理解できない事であることもあるだろう。

 「音楽ってのは俺も好きだけどよぉ。なんかそれって狂気じみてねぇか?」

 「他所から来た人達が知れば、おかしなことに思うかも知れませんが、マイナスな事やネガティブな事でもなければ別に気にするほどの事ではないのではないですか?」

 「そうだよ?ツバキ。君だった潮の匂いが当然にある街で育っただろ?それと一緒さ」

 「そっか・・・。海の外ってのはなんか、故郷から離れるみたいで少し寂しかったな・・・」

 珍しくツバキは生まれ育った街を旅立った時の感情を明かした。世界を見て回る為、シン達の旅に同行したがどんなに強がって見せていても、彼の中にも海を離れるという寂しさはあったようだ。

 するとそこへ、カールのいう事を否定するように強めの口調で言葉を発する可愛らしい女性がやって来た。

 「本当にそうかしら?望んで学んでいない者も多いようですけれども」

 「おぉ!これはこれは。優等生のジル君じゃないか。元気そうで何よりだ」

 「皮肉のつもりかしら?カール医師。ご無沙汰しております。ご挨拶に伺ったのですが・・・お邪魔でしたか?」

 
 一行の前に現れたのは、シンが宮殿の一階で会話をしたクリスと同じ音楽学校に通う、特別優秀とされる生徒の一人である“ジルヴィア・バルツァー“という女学生だった。

 「いやいや、久しぶりに顔が見れて嬉しいよジル。その後の経過は順調なようだね」

 「・・・お陰様で。こちらの方々は?」

 カールはジルと呼ばれる女学生とツクヨ達の方を交互に見ると、初めての面識となる彼らに互いの紹介を始めた。

 「招待された一般の方々がどうしてこちらの会場へ?」

 「彼らはルーカス司祭の推薦状で会場へ来たんだ」

 「司祭の?通りで・・・。自己紹介が遅れました。私、ジルヴィア・バルツァーと申します」

 「ジルヴィアさん・・・」

 「ジルとお呼び下さい。みんなそう呼んでおります」

 「ではジルさん。先程望んでいない学生さんもいらっしゃると仰っていましたが・・・」

 ツクヨはカールがアルバの教養だと言い、習慣の一部だと言った音楽の教養を否定した彼女の事情と考えに興味を持って質問をした。

 「通常の教養の範囲では、彼の言った通りかも知れませんが、私達の通う学校は、更に深く音楽を学ぶ為の学校・・・。要するに専門的な学校であり、音楽家を養成するカリキュラムを遂行し、その中で選別された者を世に放つ。そうして生まれるのが次世代の音楽家達、つまり“音楽の進化ミュージック・エヴォルブ“・・・」

 「音楽の進化ミュージック・エヴォルブ・・・」

 「進んで学ぶ者もいれば、家や親の事情で入る者もいる。私はその後者の方・・・。勿論音楽は好きでしたが、厳しい教育と競争の中で徐々にその気持ちの中に疑問が生まれてくるようになりました。これが本当に私の望んだ音楽との向き合い方なのかと」

 「ジル君!あまりそういう事は・・・」

 「少しくらい愚痴を言ってもいいじゃありませんか。特にこの街に染まっていない方々になら、尚更話しやすい事ですし・・・」

 事情を知っているからこそか、カールはあまりその手の話題はこういった場では好ましくないと彼女を止めようとするが、普段の鬱憤が溜まっていたのか、通常では口にできない事を何も知らないしツクヨ達にぶちまけるように話してくれた。

 「私の望んでいたものはこんなものじゃなかった。誰かの顔色を伺いながら歌う音楽。誰かの心を満たすように奏でる音楽。誰かの為、誰かの為って・・・。私は音楽が好きだから自分の為に音楽を学んでいたのに。こんなの私の望んでいた音楽じゃない」

 「その辺にしとけよ、ジル。声が周りにまで漏れてんぞ・・・」

 ヒートアップする彼女を止めに入ったのは、同じ音楽学校に通い彼女と同じく優等生として有名な生徒であるレオンハルト・ゲッフェルトという男の学生だった。

 ミアが盗み聞きしていた時に連れていた取り巻きの生徒達はいない。独断で一行の元へ向かってきたようだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...