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大司教の報告
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会話の内容はアルバの音楽監督であるフェリクスの降板と、彼に成り代わり新たなアルバの音楽監督として就任する手筈となっているアルミンの報告のようだった。
ケヴィンから映像の切り替えの方法を学んだシンは、部屋の映像とジークベルトの衣服に仕掛けられたカメラを切り替えながら、会場の様子と彼らの会話を盗聴する。
「お会いできて光栄です、リヒトル・ワーグナー氏」
「こちらこそ。噂は耳にしていたよ、アルミン・ニキシュ君」
「どうぞアルミンとお呼び下さい」
「なら私もリヒトルで構わないよ。それにしても驚いた。まさかこんなに早くアルバのカントルに抜擢されるとは・・・。フェリクス氏の就任の際も、多忙な彼が一つの土地に留まるなど俄かには信じがたかったが・・・」
アルミンと“リヒトル・ワーグナー“と呼ばれる人物の会話が聞こえてくる。このリヒトルという人物も、作曲家兼指揮者であり、思想家であるとも言われている。
彼は多くの歌劇団を指揮しているようで、その台本も自ら手掛ける程の文筆家であるとも知られており、音楽界だけでなく幅広い文化で世界に影響を及ぼす文化人でもあったようだ。
「彼には無理を通してもらったそうなので。また彼の音楽を必要とする国や人々も多い。そんな彼をこの街に留めておくのは、彼の為にも音楽界の発展の為に良くない」
割って入るように話を始めたのは、アルミンをアルバへ連れてきた張本人であるジークベルトだった。悪い噂ばかり耳にしていたせいか、シンは彼の言葉どうにも信用ならず、先程のフェリクスを降板させた理由についても、表向きの嘘なのではと思えてならなかった。
「彼はそれで納得しているので?」
「別のポストを用意しております。アルバの音楽監督とも引けを取らない役職です。・・・ですが、話を持ちかけた時は酷く怒らせてしまいました」
「まぁ、仕方のないことです。かの有名な音楽の街として有名な、アルバの音楽監督ともなれば、一音楽家としての箔がつくというもの。それなりのnポストが用意されているとはいえ、その名誉ある立場を降板となってはあまりいい気はしないでしょう」
「ははは、耳が痛いですな。勿論、私どもは手厚く彼のケアをするつもりではあります。どうかその際は、リヒトル氏のお力添えをお願いします」
「勿論ですとも。大司教様のお願いとあらば無碍にはできますまい。よもやそれを分かっていてやったのでは?」
「それこそあり得ませんな」
不気味な笑い声がイヤホンから聞こえてくる。心の底から笑っているようには思えない作り物の笑い声。何か情報が掴めると思って盗聴し始めたが、聞くに堪えない内容にシンは思わず目を背けた。
「何か裏があるのは確かでしょう。これではフェリクスさんの身も安全とは言えないかもしれませんね・・・」
「どういう意味だ?」
ケヴィン曰く、フェリクスが今の立場や地位を手にするまでの道のりは、過酷なものだったのだと語る。一部の地域で迫害を受けていた人種であったフェリクスは、その地で神童と呼ばれるほどの音楽の才能を示していた。
その才能を見出し、教団に保護された彼の業績や影響力は、音楽界隈に多大な貢献をし多くの支持を得た。彼の活躍がその一部の迫害を受けていた人々への偏見を覆すきっかけとなり、虐げられてきた彼と同じ人種の者達も他の者達と変わらぬ扱いを受けられるようになっていったのだという。
音楽の力で人々の知見を変えた彼の功績は、世界各国でも欲しがる程の才能となり、様々な国や土地で音楽を伝える事になる。
それ程の人物を一つの街に留めておこうとすれば、それこそ周りからの批判もあった事だろう。どんな手を尽くしてマティアス司祭が彼をアルバの音楽監督として迎え入れたのか、その努力が伺えるようだった。
「まさかそれ程の人物だったとは・・・」
「音楽をかじった程度の私でもその名を知るくらいです。それほどまでに彼の音楽は人を魅了するもののようですね。移動となったのも、別の国々との取引でもあったんじゃないでしょうか・・・」
どうやらジークベルト大司教は、アルバの新たな音楽監督であるアルミンを連れて、様々な著名人の元へ挨拶をして回っているようだった。他にも多くの音楽家や指揮者、作曲家として有名な者達の元を訪れ、アルミンの紹介と挨拶を繰り返していった。
「それにしても凄い面子ですね・・・。最初のリヒトル・ワーグナーもですが、他にも“アンドレイ・ネルソンス“や“ベルヘルム・フルトヴェングラー“、“ブルース・ワルター“と有名な音楽家ばかりだ・・・」
「全員音楽家なのか?」
「全員という訳ではありませんが、多くが音楽関係者であるのは確かなようです。参加者の資料もありますが・・・見ます?」
「そうだな、見ていいのなら見ておこうかな」
話を盗み聞くついでに、シンは差し出されて厚みのある資料を受け取る。そこにはパーティーに参加している要人や音楽関係者達の情報が簡潔にまとめられていた。
だが、こんなものを見ず知らずの人物に開示してしまっていいのだろうか。と思ったが、一人目の人物の資料を目に通してシンはある事に気がついた。資料の中に記載されていたのは、その殆どがリヒトルと同じ音楽家のものばかりで、文章もまるで宿屋で見ていた雑誌に載っているものに良く似ていた。
「これって・・・?」
「残念ですが個人情報までは載ってませんよ?あくまで公開されている情報がまとめられているものです」
かえってその方がシンにとってはよかったのかもしれない。これだけ多くの人間の情報など、少し読んだ程度で頭に入れられるはずがない。顔と大まかな情報を繋ぎ合わせて覚える方が印象に残りやすい。
二人がジークベルトの動向を追っていると、クリスのオススメの料理を携えてミアがウェイターと共に戻ってきた。
ケヴィンから映像の切り替えの方法を学んだシンは、部屋の映像とジークベルトの衣服に仕掛けられたカメラを切り替えながら、会場の様子と彼らの会話を盗聴する。
「お会いできて光栄です、リヒトル・ワーグナー氏」
「こちらこそ。噂は耳にしていたよ、アルミン・ニキシュ君」
「どうぞアルミンとお呼び下さい」
「なら私もリヒトルで構わないよ。それにしても驚いた。まさかこんなに早くアルバのカントルに抜擢されるとは・・・。フェリクス氏の就任の際も、多忙な彼が一つの土地に留まるなど俄かには信じがたかったが・・・」
アルミンと“リヒトル・ワーグナー“と呼ばれる人物の会話が聞こえてくる。このリヒトルという人物も、作曲家兼指揮者であり、思想家であるとも言われている。
彼は多くの歌劇団を指揮しているようで、その台本も自ら手掛ける程の文筆家であるとも知られており、音楽界だけでなく幅広い文化で世界に影響を及ぼす文化人でもあったようだ。
「彼には無理を通してもらったそうなので。また彼の音楽を必要とする国や人々も多い。そんな彼をこの街に留めておくのは、彼の為にも音楽界の発展の為に良くない」
割って入るように話を始めたのは、アルミンをアルバへ連れてきた張本人であるジークベルトだった。悪い噂ばかり耳にしていたせいか、シンは彼の言葉どうにも信用ならず、先程のフェリクスを降板させた理由についても、表向きの嘘なのではと思えてならなかった。
「彼はそれで納得しているので?」
「別のポストを用意しております。アルバの音楽監督とも引けを取らない役職です。・・・ですが、話を持ちかけた時は酷く怒らせてしまいました」
「まぁ、仕方のないことです。かの有名な音楽の街として有名な、アルバの音楽監督ともなれば、一音楽家としての箔がつくというもの。それなりのnポストが用意されているとはいえ、その名誉ある立場を降板となってはあまりいい気はしないでしょう」
「ははは、耳が痛いですな。勿論、私どもは手厚く彼のケアをするつもりではあります。どうかその際は、リヒトル氏のお力添えをお願いします」
「勿論ですとも。大司教様のお願いとあらば無碍にはできますまい。よもやそれを分かっていてやったのでは?」
「それこそあり得ませんな」
不気味な笑い声がイヤホンから聞こえてくる。心の底から笑っているようには思えない作り物の笑い声。何か情報が掴めると思って盗聴し始めたが、聞くに堪えない内容にシンは思わず目を背けた。
「何か裏があるのは確かでしょう。これではフェリクスさんの身も安全とは言えないかもしれませんね・・・」
「どういう意味だ?」
ケヴィン曰く、フェリクスが今の立場や地位を手にするまでの道のりは、過酷なものだったのだと語る。一部の地域で迫害を受けていた人種であったフェリクスは、その地で神童と呼ばれるほどの音楽の才能を示していた。
その才能を見出し、教団に保護された彼の業績や影響力は、音楽界隈に多大な貢献をし多くの支持を得た。彼の活躍がその一部の迫害を受けていた人々への偏見を覆すきっかけとなり、虐げられてきた彼と同じ人種の者達も他の者達と変わらぬ扱いを受けられるようになっていったのだという。
音楽の力で人々の知見を変えた彼の功績は、世界各国でも欲しがる程の才能となり、様々な国や土地で音楽を伝える事になる。
それ程の人物を一つの街に留めておこうとすれば、それこそ周りからの批判もあった事だろう。どんな手を尽くしてマティアス司祭が彼をアルバの音楽監督として迎え入れたのか、その努力が伺えるようだった。
「まさかそれ程の人物だったとは・・・」
「音楽をかじった程度の私でもその名を知るくらいです。それほどまでに彼の音楽は人を魅了するもののようですね。移動となったのも、別の国々との取引でもあったんじゃないでしょうか・・・」
どうやらジークベルト大司教は、アルバの新たな音楽監督であるアルミンを連れて、様々な著名人の元へ挨拶をして回っているようだった。他にも多くの音楽家や指揮者、作曲家として有名な者達の元を訪れ、アルミンの紹介と挨拶を繰り返していった。
「それにしても凄い面子ですね・・・。最初のリヒトル・ワーグナーもですが、他にも“アンドレイ・ネルソンス“や“ベルヘルム・フルトヴェングラー“、“ブルース・ワルター“と有名な音楽家ばかりだ・・・」
「全員音楽家なのか?」
「全員という訳ではありませんが、多くが音楽関係者であるのは確かなようです。参加者の資料もありますが・・・見ます?」
「そうだな、見ていいのなら見ておこうかな」
話を盗み聞くついでに、シンは差し出されて厚みのある資料を受け取る。そこにはパーティーに参加している要人や音楽関係者達の情報が簡潔にまとめられていた。
だが、こんなものを見ず知らずの人物に開示してしまっていいのだろうか。と思ったが、一人目の人物の資料を目に通してシンはある事に気がついた。資料の中に記載されていたのは、その殆どがリヒトルと同じ音楽家のものばかりで、文章もまるで宿屋で見ていた雑誌に載っているものに良く似ていた。
「これって・・・?」
「残念ですが個人情報までは載ってませんよ?あくまで公開されている情報がまとめられているものです」
かえってその方がシンにとってはよかったのかもしれない。これだけ多くの人間の情報など、少し読んだ程度で頭に入れられるはずがない。顔と大まかな情報を繋ぎ合わせて覚える方が印象に残りやすい。
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