World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,220 / 1,646

感情の演奏者ジル

しおりを挟む
 丁度その頃、シンもジルヴィア・バルツァーの話と彼女を取り巻く環境の様子を伺い、人集りの会話の内容が変わり始めたので、別のところへと移動しようとしていたところだった。

 すると、その人集りの中からとある人物がシンの居る料理の並べられたテーブルへと歩み寄ってきた。視界の端に映ったその気配に、シンは気づかれないように瞳だけを動かし様子を見ると、なんとその人物は先程の人集りの中で話の話題に上がっていたジルヴィアことジルだったのだ。

 「はぁ~・・・こんなのばっかり。ホント疲れちゃう・・・あら?」

 何かに気づいた様子のジルが、シンの方に頭を傾ける。咄嗟にシンは自身の正体がバレぬように視線を逸らし、僅かに身体を彼女とは反対の方へと向けようとした。それを引き止めるよにジルはシンに声を掛ける。

 「あの、こちら落としましたよ」

 ふと彼女の方を見ると、ジルは床に落ちた物を拾い上げシンへと差し出していた。彼女が手に持っていたのはハンカチだった。グーゲル教会での式典の前、ツバキとトイレに行った際に使ったハンカチが、ポケットからはみ出しテーブルの容器に当たりずり落ちてしまったようだ。

 「すみません、ありがとうございます」

 接触するつもりはなかったので、シンは顔を見られて覚えられてしまうのではと危惧する。思わぬ失態に自分でも信じられないといった様子で、そそくさとハンカチを受け取り立ち去ろうとしたが、ジルは続けてシンに話しかけてきた。

 「見かけぬ顔ですね、旅のお方ですか?」

 「えっ・・・えぇまぁ、そうです」

 「失礼ですが、どなたからの紹介で?」

 何故彼女がそんな事を聞いてくるのか、その意図は分からなかったが変に隠すとかえって怪しまれるのではないかと思ったシンは、致し方がなくこの街の人間ではないことを利用し、慣れぬ様子でルーカスのを伏せた。

 「司祭・・・様です。音楽に興味があると話したら、丁度式典が行われるからと・・・」

 「司祭様?・・・ということは、マティアス様かルーカス様ですね?教会の方なのかしら?」

 「いえ、そういう訳では・・・」

 「丁度良いですわ。もう一つだけお伺いしたい事があります。先程式典とおっしゃっていましたわよね?それなら合唱や演奏を聞いたのでは?」

 「えぇ、それは勿論」

 シンは少し嫌な予感がした。式典での演奏の件を聞かれても、音楽に詳しくないシンには答えられないことの方が多い。ジルが何か怪しんでいるとしたら、その質問に答えられないシンを疑う可能性が出てきてしまった。

 何とかうまく切り抜けられないかと考えていると、ついに彼女からシンに対し質問が投げかけられた。

 「その合唱や演奏の場に私がいたのはご存知ですか?」

 「はい」

 「そうですか・・・。深く考えず、率直にお答え下さい」

 彼女の表情が曇る。固唾を飲んでジルの質問に身構えるシンは、自身が肩で息しているのに気がつき呼吸を整える。外見上に浮かび上がる異変で疑いの目を向けられてしまっては元も子もない。

 「私の演奏・・・どうでしたか?」

 「・・・え?」

 想像していた質問とは大きく違った質問が彼女の口から飛び出した。てっきり怪しまれているものだと思っていたシンは、拍子抜けして思わず気の抜けた返事をしてしまった。

 ジルは音楽に疎いシンに、忖度のない率直な感想を求めたのだ。それは嘘や偽りで塗り固められた取り巻きの生徒達からは出てこない感想で、彼女が真に求める感想だった。

 彼女が合唱の際に歌っていた事、演奏者の中に混じり楽器を演奏していたことは知っている。現に他の音楽学校の生徒に比べ、シン達のような素人の目にも留まる不思議な魅力があったのは確かだ。

 その上でどんな演奏だったかというジルの質問。上手かった、感情がこもっていたなど、様々な言葉が頭の中に選択肢の内の一つとして浮かんでいた。よく分からなかったや、音楽自体を聞いていたので演奏者に興味はなかったなど、如何にも音楽に関して疎い者である返答も、この場にいる者として相応しくはないが、彼女の求める率直な感想にはなる。

 悩んだ挙句、シンが彼女に対して返した返答は彼女の想定していた返しとはだいぶ違っていたようで、その曇った表情を驚きのものへと変え、年相応の可愛らしい微笑みを引き出した。

 「申し訳ありません。ただ音楽に夢中になっていて、演奏者にまでは気が回っていませんでした・・・」

 シンの感想を聞いて、ジルは目を丸くしてキョトンとした反応を見せた。間違った選択をしてしまったかと焦るシンは、何とかして誤魔化そうと言い訳の言葉を連ねようとする。

 「いえっ!あの・・・すみません、音楽に詳しくなくてっ・・・!」

 すると彼女は突然笑い出し、逆にシンを驚かせたのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...