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名曲の演奏
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それはとても穏やかで心が安らぐ曲だった。これまでの苦悩や不安を忘れ、ただ音楽に引き込まれていくような感覚。全身から余計な力が抜け、疲労や汚れが取り払われていくようだった。
演奏される曲が変わる度に、気になる程ではないが小さく聞こえていた話し声も聞こえなくなる。ツクヨやツバキ達も、同じように流れてくる音楽にすっかり浸っており、まるで眠るように安らかに目を閉じていた。
二人の表情がつい目に入ってしまったシンは、覗き込むように前屈みになる。するとツクヨは片目をうっすらと開け、シンの覗き込む視線と目が合った。思わず身をひいたシンだったが、ツクヨには覗き込んだ事がバレていた。
「何してるの?」
「いや・・・寝ちゃったのかと・・・」
「でも、それくらい心地のいい曲だね~。でもこれって・・・」
二人の会話に入るように、ミアが彼の言おうとしていた言葉を代わりに口にした。
「聞いた事のある曲だ・・・だろ?アタシもあんまり音楽に詳しい訳じゃないが、これはあの“バッハ“が作曲したものだ」
現実世界からやって来た三人は、一様に同じ感想を抱いていたのだった。曲名は分からずともどこかで聞いた事のあるような曲。WoFが現実世界のものを題材にしたストーリーを作っていても、なんらおかしな事はない。
聖都ユスティーチの時も、剣術道場の師範であった卜部朝孝の過去にも、日本で有名な剣客の一人、宮本武蔵のエピソードを用いた話が展開されていた。この事からも、現実世界の人物のことを知っていれば、ある程度展開の予想が立つのではないかと考えたシンは、こっそりと白獅に渡された目を使い現実世界のバッハについて調べてもらうことにした。
だが、以前にも連絡を試みようとした時と同じように、メッセージを送っても了解の返事が返ってくることはなかった。
疑問に思いつつも、ただ忙しいだけなのかもとシンはそれっきりにして今は音楽を純粋に楽しむ事にした。演奏はそれほど長くなく、心が満たされ余計なことを考える暇もないほど安らかな気持ちになると、演奏が終わり次の曲の準備が始められる。
休憩時間などはなく、続け様に次なる演奏が始まった。
次に演奏された曲も、シン達にとって馴染みのある曲だった。これもまた現実世界のバッハが作曲した曲であり、“G線上のアリア“というものだった。感覚としてのイメージだが、病院や美術館、静かな雰囲気の施設に流れていそうな曲で、先程の曲と同じようにいざまじまじと曲と向き合うと、心に抱いていた邪念が祓われるようだった。
「間違いない、最初の合唱は分からなかったが、恐らく演奏されてるのはあのバッハ作曲の音楽ばかりだ」
「この街のバッハと、私達の知っているあのバッハは同じって事・・・?」
「同じかどうかは分からないが、参考にしているのは確かだろうな」
ツクヨとミアも、現実世界のバッハを辿ればこの街の事について何かわかることがあるのかも知れないと、シンと同じ結論に至ったようだ。しかしながら、音楽家バッハの名は知っていても、その人生や功績などはなかなか覚えているという人もいないだろう。
二人も結局何も掴めないといった様子で悩んでいたが、演奏を聴いている内に思考が鈍り、次第に音楽に没頭してしまっていた。他の観客達も同じような様子で、話し声などもほとんど聞こえてくることもなくなってしまった。
まだ思考するのに猶予のあったシンは、他の観客達の様子を見てみようと、後ろの席の人々に邪魔にならない程度に周囲を見渡す。席の前の方に幾つか見覚えのある顔があった。
その中には宿屋の雑誌で見た著名な音楽家達もいて、事前に聞かされていたようにフェリクスやアルミンの他にも、何人も音楽家の者達が式典に招待されているようだった。
一際間に入ったのは、真紅のドレスに身を包んだ綺麗な髪の女性だった。その人物は、ツクヨとアカリがバッハの博物館で見た騒がしい女性と同じだった。シンは宿屋の雑誌を皆で見ている時に、二人からその話をされていたが見た目からはそんな風には見えない。
それに、今はすごく穏やかな顔をして演奏に耳を傾けている。雑誌に載っていた写真のように優雅でエレガントといった言葉がよく似合う女性そのものだったのだ。
「えぇこれよ、これが本当のバッハ。やっぱりあの博物館はもう一度プロデュースし直した方がいいわね」
「確かに素晴らしい演奏ですね・・・。あぁいや、博物館はあれはあれでかの偉人の事を知るきっかけになるのではありませんか?」
「今はやめてちょうだい。やっと本物の音楽に触れられているの。あんなもの、思い出させないで」
「すっすみません・・・」
シンのいる位置からでは会話までは聞こえなかったが、隣のスーツの男が仕切りに頭を下げているのが見える。まるで上司に媚びる部下のようだった。護衛といった風には見えない。とてもではないが体格も一般男性よりも細身で、少しやつれているようにも見える。
彼女は歌手であるカタリナ・ドロツィーア。恐らく一緒にいるのはそのマネージャーか何かだろう。それに護衛ならこの式典の会場となっているグーゲル教会の中にも、壁際に多くの護衛と思われる者達が立っている。
演奏される曲が変わる度に、気になる程ではないが小さく聞こえていた話し声も聞こえなくなる。ツクヨやツバキ達も、同じように流れてくる音楽にすっかり浸っており、まるで眠るように安らかに目を閉じていた。
二人の表情がつい目に入ってしまったシンは、覗き込むように前屈みになる。するとツクヨは片目をうっすらと開け、シンの覗き込む視線と目が合った。思わず身をひいたシンだったが、ツクヨには覗き込んだ事がバレていた。
「何してるの?」
「いや・・・寝ちゃったのかと・・・」
「でも、それくらい心地のいい曲だね~。でもこれって・・・」
二人の会話に入るように、ミアが彼の言おうとしていた言葉を代わりに口にした。
「聞いた事のある曲だ・・・だろ?アタシもあんまり音楽に詳しい訳じゃないが、これはあの“バッハ“が作曲したものだ」
現実世界からやって来た三人は、一様に同じ感想を抱いていたのだった。曲名は分からずともどこかで聞いた事のあるような曲。WoFが現実世界のものを題材にしたストーリーを作っていても、なんらおかしな事はない。
聖都ユスティーチの時も、剣術道場の師範であった卜部朝孝の過去にも、日本で有名な剣客の一人、宮本武蔵のエピソードを用いた話が展開されていた。この事からも、現実世界の人物のことを知っていれば、ある程度展開の予想が立つのではないかと考えたシンは、こっそりと白獅に渡された目を使い現実世界のバッハについて調べてもらうことにした。
だが、以前にも連絡を試みようとした時と同じように、メッセージを送っても了解の返事が返ってくることはなかった。
疑問に思いつつも、ただ忙しいだけなのかもとシンはそれっきりにして今は音楽を純粋に楽しむ事にした。演奏はそれほど長くなく、心が満たされ余計なことを考える暇もないほど安らかな気持ちになると、演奏が終わり次の曲の準備が始められる。
休憩時間などはなく、続け様に次なる演奏が始まった。
次に演奏された曲も、シン達にとって馴染みのある曲だった。これもまた現実世界のバッハが作曲した曲であり、“G線上のアリア“というものだった。感覚としてのイメージだが、病院や美術館、静かな雰囲気の施設に流れていそうな曲で、先程の曲と同じようにいざまじまじと曲と向き合うと、心に抱いていた邪念が祓われるようだった。
「間違いない、最初の合唱は分からなかったが、恐らく演奏されてるのはあのバッハ作曲の音楽ばかりだ」
「この街のバッハと、私達の知っているあのバッハは同じって事・・・?」
「同じかどうかは分からないが、参考にしているのは確かだろうな」
ツクヨとミアも、現実世界のバッハを辿ればこの街の事について何かわかることがあるのかも知れないと、シンと同じ結論に至ったようだ。しかしながら、音楽家バッハの名は知っていても、その人生や功績などはなかなか覚えているという人もいないだろう。
二人も結局何も掴めないといった様子で悩んでいたが、演奏を聴いている内に思考が鈍り、次第に音楽に没頭してしまっていた。他の観客達も同じような様子で、話し声などもほとんど聞こえてくることもなくなってしまった。
まだ思考するのに猶予のあったシンは、他の観客達の様子を見てみようと、後ろの席の人々に邪魔にならない程度に周囲を見渡す。席の前の方に幾つか見覚えのある顔があった。
その中には宿屋の雑誌で見た著名な音楽家達もいて、事前に聞かされていたようにフェリクスやアルミンの他にも、何人も音楽家の者達が式典に招待されているようだった。
一際間に入ったのは、真紅のドレスに身を包んだ綺麗な髪の女性だった。その人物は、ツクヨとアカリがバッハの博物館で見た騒がしい女性と同じだった。シンは宿屋の雑誌を皆で見ている時に、二人からその話をされていたが見た目からはそんな風には見えない。
それに、今はすごく穏やかな顔をして演奏に耳を傾けている。雑誌に載っていた写真のように優雅でエレガントといった言葉がよく似合う女性そのものだったのだ。
「えぇこれよ、これが本当のバッハ。やっぱりあの博物館はもう一度プロデュースし直した方がいいわね」
「確かに素晴らしい演奏ですね・・・。あぁいや、博物館はあれはあれでかの偉人の事を知るきっかけになるのではありませんか?」
「今はやめてちょうだい。やっと本物の音楽に触れられているの。あんなもの、思い出させないで」
「すっすみません・・・」
シンのいる位置からでは会話までは聞こえなかったが、隣のスーツの男が仕切りに頭を下げているのが見える。まるで上司に媚びる部下のようだった。護衛といった風には見えない。とてもではないが体格も一般男性よりも細身で、少しやつれているようにも見える。
彼女は歌手であるカタリナ・ドロツィーア。恐らく一緒にいるのはそのマネージャーか何かだろう。それに護衛ならこの式典の会場となっているグーゲル教会の中にも、壁際に多くの護衛と思われる者達が立っている。
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