1,209 / 1,646
仕立て屋の男
しおりを挟む
最後のトリとして期待される筈だったシンだが、ミアの衝撃ですっかり場の雰囲気は変わってしまった。皆を待たせても悪いと思ったシンは、誰に告げるでもなくそっと試着室へと向かった。
中はロビーよりも少しこじんまりとした個室になっており、ツクヨやツバキらに聞いていた通り男女別れた服がいくつも並んでいた。大体がスーツやドレスといったもので埋め尽くされていたが、他にも日常で着るような洋服や和風の着物なんかも混じっていた。
「ルーカス様から話は伺っております。式典へご出席との事なので、こちらの方からお選びください」
ロビーにいた店員と同じ格好をした女性が、整った服がいくつも並べられたハンガーラックを押しながら、シンの元へ歩み寄り式典用の衣装を見せてくれた。
「この中ならどれでも?」
「えぇ、式典で着られるものからオーソドックスなものを集めました。個性を出したいのであれば、少し変わり映えしたものもございますが・・・」
「いえ、この中から選びます」
目立つこと自体が好きでは無かったシンは、別のものを見せてもらうまでもなく断ると、ラックに並んだハンガーを一つ一つずらしながら確認していく。
黒や灰色、紺色など落ち着いた色のスーツやツバキが選んでいたような裾の長い燕尾服が並べられている。他にも、タキシードやベルトを使わずにサスペンダーを使用するモーニングコートと呼ばれるものもあるようだ。
初めは衣装に拘りなどなく、ツクヨと同じようなスーツを選ぶつもりでいたシンだったが、いざ並べられた衣装を目にするとそれぞれが魅力的に感じてしまい、少しの違いであっても自分の好みが反映されるものを選びたいと、己でも知らぬ間に選定の欲が出てきてしまっていた。
思いのほか悩んでしまっていると、店員の方から好みや他の人からどのようにみられたいのかなどいくつか質問をされる。シンはとにかく目立つことだけは避けたいという趣旨を伝えると、いくつかおすすめの衣装が簡単な説明と共に紹介される。
店員が勧めてくるものの中に、別段気に食わないものもなく、シンはその中からツバキと同じ燕尾服を選んだ。何を選んでも良かったのだが、シンは無意識に黒のスーツを避けていた。
これは現実世界での彼の過去が、自然とスーツという衣装を避けさせていたのかもしれない。高校を中退した後、フリーター生活の長かった彼は、何度も就職しようと様々な会社に面接へと向かっていた。
だがシンにはこれといった資格も持っておらず経歴もない。何社も断られるうちに彼の意思は削がれていき、意識は低くなってしまっていた。中卒という学歴もあり、自身の過去が自分の未来への道を妨げる壁として彼の前に立ちはだかった。
次第にスーツを着て出掛ける内に、無意識にスーツに対してマイナスな思考を抱くようになっていたのだ。自信を失わせ意思を削ぐ衣装。それがシンの中でのスーツというものだった。
似たようなものかもしれないが、形から違う燕尾服というものにシンは惹かれた。それはグーゲル教会で見たフェリクスの、指揮者としての凛とした姿に憧れを抱いていたからなのかもしれない。
これと決めてからは早かった。選んだ衣装を持って着替える為のスペースへ向かいカーテンを閉める。実際に着替えるのとは違い、シン達のようなWoFユーザーには視界の中にメニュー画面が表示され、アバターの変更を行うかが尋ねられた。
燕尾服への衣装チェンジを承諾すると、一瞬にしてシンの服装が変わる。着替えを終えてカーテンを開けると、店員がよくお似合いですと声をかける。決まり文句とはいえ、お世辞でも誉められるのは嬉しいものだと、シンはたまにはこういうのも悪くないと、まんざらでもない表情を浮かべる。
試着室を出て、仲間達の待つロビーへ戻る。一体みんなはどんな声を掛けてくれるのだろうとドキドキしながら姿を現す。
「お!終わったねぇ、燕尾服にしたんだ?」
「よっしゃ!んじゃいっちょ式典ってやつに行ってやろうぜ!」
「気が早い、まだ時間はあるだろ?それに衣装の調整だって・・・」
シンの想像していた出迎えとはだいぶ違っていた。もっと色んな意見が飛び出してくるものかと思っていたが、一行にしてみればもう何度目の衣装チェンジだった事だろうか。
彼の番が回ってくる頃には、既に新鮮味が薄れてしまっていた。
「あれ・・・?なんか、もっとこう・・・」
「衣装の最終調整を行いますので、もう一度着替えてロビーでお待ち下さい」
「あ、はい・・・」
店員の言葉は丁寧でやんわりとした言い方だったが、妙に対応がそっけなく感じたシンは淡々と仕事をこなす店員に言われるがまま指示に従い再び元の服へ着替えると、ロビーで衣装の調整が完了するのを待つ。
そこへ、仕立て屋の店主が一行の前に現れる。
「衣装はどうでしたかな?」
「貴方は・・・?」
「私はこの店の店主である、“マルコ・ハーラー“と申します」
中はロビーよりも少しこじんまりとした個室になっており、ツクヨやツバキらに聞いていた通り男女別れた服がいくつも並んでいた。大体がスーツやドレスといったもので埋め尽くされていたが、他にも日常で着るような洋服や和風の着物なんかも混じっていた。
「ルーカス様から話は伺っております。式典へご出席との事なので、こちらの方からお選びください」
ロビーにいた店員と同じ格好をした女性が、整った服がいくつも並べられたハンガーラックを押しながら、シンの元へ歩み寄り式典用の衣装を見せてくれた。
「この中ならどれでも?」
「えぇ、式典で着られるものからオーソドックスなものを集めました。個性を出したいのであれば、少し変わり映えしたものもございますが・・・」
「いえ、この中から選びます」
目立つこと自体が好きでは無かったシンは、別のものを見せてもらうまでもなく断ると、ラックに並んだハンガーを一つ一つずらしながら確認していく。
黒や灰色、紺色など落ち着いた色のスーツやツバキが選んでいたような裾の長い燕尾服が並べられている。他にも、タキシードやベルトを使わずにサスペンダーを使用するモーニングコートと呼ばれるものもあるようだ。
初めは衣装に拘りなどなく、ツクヨと同じようなスーツを選ぶつもりでいたシンだったが、いざ並べられた衣装を目にするとそれぞれが魅力的に感じてしまい、少しの違いであっても自分の好みが反映されるものを選びたいと、己でも知らぬ間に選定の欲が出てきてしまっていた。
思いのほか悩んでしまっていると、店員の方から好みや他の人からどのようにみられたいのかなどいくつか質問をされる。シンはとにかく目立つことだけは避けたいという趣旨を伝えると、いくつかおすすめの衣装が簡単な説明と共に紹介される。
店員が勧めてくるものの中に、別段気に食わないものもなく、シンはその中からツバキと同じ燕尾服を選んだ。何を選んでも良かったのだが、シンは無意識に黒のスーツを避けていた。
これは現実世界での彼の過去が、自然とスーツという衣装を避けさせていたのかもしれない。高校を中退した後、フリーター生活の長かった彼は、何度も就職しようと様々な会社に面接へと向かっていた。
だがシンにはこれといった資格も持っておらず経歴もない。何社も断られるうちに彼の意思は削がれていき、意識は低くなってしまっていた。中卒という学歴もあり、自身の過去が自分の未来への道を妨げる壁として彼の前に立ちはだかった。
次第にスーツを着て出掛ける内に、無意識にスーツに対してマイナスな思考を抱くようになっていたのだ。自信を失わせ意思を削ぐ衣装。それがシンの中でのスーツというものだった。
似たようなものかもしれないが、形から違う燕尾服というものにシンは惹かれた。それはグーゲル教会で見たフェリクスの、指揮者としての凛とした姿に憧れを抱いていたからなのかもしれない。
これと決めてからは早かった。選んだ衣装を持って着替える為のスペースへ向かいカーテンを閉める。実際に着替えるのとは違い、シン達のようなWoFユーザーには視界の中にメニュー画面が表示され、アバターの変更を行うかが尋ねられた。
燕尾服への衣装チェンジを承諾すると、一瞬にしてシンの服装が変わる。着替えを終えてカーテンを開けると、店員がよくお似合いですと声をかける。決まり文句とはいえ、お世辞でも誉められるのは嬉しいものだと、シンはたまにはこういうのも悪くないと、まんざらでもない表情を浮かべる。
試着室を出て、仲間達の待つロビーへ戻る。一体みんなはどんな声を掛けてくれるのだろうとドキドキしながら姿を現す。
「お!終わったねぇ、燕尾服にしたんだ?」
「よっしゃ!んじゃいっちょ式典ってやつに行ってやろうぜ!」
「気が早い、まだ時間はあるだろ?それに衣装の調整だって・・・」
シンの想像していた出迎えとはだいぶ違っていた。もっと色んな意見が飛び出してくるものかと思っていたが、一行にしてみればもう何度目の衣装チェンジだった事だろうか。
彼の番が回ってくる頃には、既に新鮮味が薄れてしまっていた。
「あれ・・・?なんか、もっとこう・・・」
「衣装の最終調整を行いますので、もう一度着替えてロビーでお待ち下さい」
「あ、はい・・・」
店員の言葉は丁寧でやんわりとした言い方だったが、妙に対応がそっけなく感じたシンは淡々と仕事をこなす店員に言われるがまま指示に従い再び元の服へ着替えると、ロビーで衣装の調整が完了するのを待つ。
そこへ、仕立て屋の店主が一行の前に現れる。
「衣装はどうでしたかな?」
「貴方は・・・?」
「私はこの店の店主である、“マルコ・ハーラー“と申します」
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる