World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,196 / 1,646

二人の音楽家

しおりを挟む
 アルバの街三日目の朝。ツクヨとアカリが宿屋を出た後のシン達は、各々思い思いの事をしていた。

 ツバキは相変わらず、リナムルやエレジアの街で買い集めた部品や雑貨を使い、新たなガジェットを組んでいる。一方ミアの方は、宿屋のロビーから持ってきた新聞に目を通している。

 そして、この中で唯一明確にやりたい事もしておきたい事もなかったシンは、暇そうに窓から外の景色を眺めていた。

 「シン、やっぱりお前も行きたかったんじゃないか?」

 「いやぁ、そんなことは・・・」

 実際、暇にしていたのは事実だが一人で見知らぬ街に出るとなると、少しばかりの心細さと寂しさはある。賑わう街の中で自分だけが一人というのも悲しいものだ。

 「アタシらに遠慮せず、行きたければ行って来ればよかっただろう?」

 「そうだぜ?シン。俺だって何も我慢してる訳じゃねぇんだ。お前が気ぃ使ってると、こっちも遠慮しちまうからよぉ」

 「ありがとう。でも本当に大丈夫だから。無理もしてないし遠慮もしてないよ」

 「そっか、なら別にいいけど・・・。雑誌でも読むか?新聞と一緒にいくつか持って来たんだ、暇つぶしにな。まぁ興味があればだが・・・」

 そういってミアが差し出した雑誌というのは、流石音楽の街といったところだろうか。どれもこれも音楽に関するものばかりだった。

 音楽の歴史を紹介するものや、様々な楽器の載ったカタログ。過去に行われたコンサートや今後開かれる催し物の日程から、音楽の著名人などが紹介されたものまで様々だった。

 確かに外を眺めているだけでは暇は潰せぬと、シンが手に取ったのは音楽の著名人が載っている雑誌だった。彼がその雑誌に手が伸びたのは、その表紙に理由があった。

 他のものは見ても分からなかったり、見たことはあるが明確に分かるものではなかったりと、音楽の中でも特にクラシックやバロックに詳しくないと楽しめそうにない印象だった。

 しかし、著名人というものであれば知識がなくてもある程度読むのには差し支えはない。それに何より、その表紙にはシンでも聞いたことのある、とある有名な音楽家の名前が書かれていたからだった。

 だが、知っているといっても、これはツクヨの時と同じく名前の一部分が特に有名だっただけで、彼もその人物があたかも現実世界で有名なあの音楽家なのではと勘違いしていた。

 そこには“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“という名前と共に、その人物と思しき肖像画が載っていた。紛らわしいことに、その肖像画というのも彼らの知るバッハとよく似たものになっていたのだ。

 大袈裟に書かれた見出しと肖像画を眺めた後、数ページを適当にパラパラと捲り目を通していく。その雑誌の大半は表紙のバッハについての歴史や生涯の軌跡、そして家族構成や偉業などが記されていたが、暫くページが続くと題材となる人物が変わっていき、その中にシンとミアが唯一見覚えのある人物の写真が載っていた。

 その人物はマティアス司祭と教会で話した時に、合唱団の指揮をしていた人物だった。

 「ミア、これ・・・この人って」

 シンはミアに、開いた雑誌の一ページに載っている写真を見せる。彼女も彼の顔を覚えていた。見間違いではない。二人の中にある確かな記憶。

 「コイツぁ教会にいた・・・」

 「有名な作曲家兼指揮者であり、自身でもオルガンやピアノを弾く演奏者でもある・・・。思ってたよりも凄い人だったみたい・・・」

 マティアス司祭から合唱団の監督と指揮を依頼した、才能と実力を兼ね揃えた有名な先生だという話は聞いていたが、まさかあのバッハと同じ雑誌に載るほどの著名人だとは、シンもミアも思わなかった。

 アルバに留まらず、各国で活躍するその人物の名は、“フェリクス・メルテンス“といい、様々な賞や功績が讃えられ、様々なコンサートや式典に引っ張りダコの音楽家であると記されている。

 他にも数人の音楽家や、歌手の名前が記されている。この時のシンはまだ知ることはなかったが、その著名人の中にはツクヨとアカリがバッハ博物館で見かけた人物の写真と名前も記されていた。

 勝ち気な表情と綺麗なドレスが印象的な女性で、名を“カタリナ・ドロツィーア“という。彼女自身も有名な演奏家らしいのだが、幾つかの賞を受賞した後に歌手へと転向し、その道でも才能を振るうという多彩な人物らしい。

 だが、そこに載る彼女とツクヨ達が博物館で見た彼女では、到底雑誌に載っているような人物像とは程遠い印象を受ける。ツクヨ達が見たのが彼女の本当の顔なのか。それともあの場所が彼女をそうさせているのかは誰にも分からない。

 この世界の音楽について無知だったシン達だったが、ミアが持って来たそれらの雑誌は不思議と読み始めれば止まらなくなり、それまで退屈だった時間も自然と過ぎ去っていき、彼らのいる部屋に近づく足音が街に出た二人の帰りを告げる。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...