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偉大なる音楽の父
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街医者カールと別れた二人は、その足で仕方がなく別に博物館へと向かう。先程の一件を経て、大司教ジークベルトの護衛らしき者達の格好によく似た姿をしている者が、街の中にチラホラ見受けられる。
あの時彼らを目にしていなければ、ただの冒険者のチームで同じ装備を着ているだけや、ギルドや何らかの組織で謂わばユニホームみたいなものくらいにしか思わず、特に目に付く事もなかっただろう。
噂はあくまで噂に過ぎず。既に大司教の一派はアルバに到着しており、カールの言うように挨拶回りや街の視察を始めていたようだ。
「こうしてみると、街のあちこちに大司教の護衛と同じ姿の人達がいるね・・・」
「えぇ・・・式典の為の準備なのでしょうか?」
だが、アルバの街の人や観光客はその者達が大司教の護衛隊の者達であるのを知らないのか、全く騒ぎになるといった様子もなく、これまで通りの風景がそこにはあった。
それに、何か調査をしているといった様子も見受けられない。休暇中のひと時を思い思いのままに過ごしているかのような、穏やかの表情で溶け込んでいる。
ツクヨとアカリが次に訪れた博物館にも、そんな護衛隊らしき者達の姿が何人か見える。しかし今度の博物館は封鎖されているといった様子はない。
今度こそ中に入れるとホッとしたツクヨ達は、やっと足を止めて楽しめると互いに向き合っては頷き、博物館の扉を開ける。
「すみません、見学したいんですけれども・・・」
受付に向かい話を伺うツクヨ。事前の予約やチケットなど無くても中を見て回れるのだろうか。受付の者の話では、どうやら入場料さえ払えば誰でも中を見て回ることが出来るらしい。
パンフレットを受け取った二人は、ここがどんな博物館なのかと問うと、その返答にツクヨだけが反応を示した。受付の者から語られた博物館の名には、ツクヨが聞いたことのある名前が付けられていたからだった。
「ここは“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“とその一家に関する体験型展示をしている博物館です」
「!?」
音楽の歴史について疎い者でも、その名前くらいは聞いたことがあるのではないだろうか。
音楽の父と称され、ドイツの作曲家・音楽家であるバッハは、バロック音楽の重要な作曲家の一人であり、鍵盤楽器の演奏家としても名高い。当時から即興演奏の大家として知られており、バッハはそれまでの音楽を集大成したとも評価される。西洋音楽の基礎を築き、作曲家であり音楽の源流であるとも称された偉大な音楽である。
しかし、バッハの名こそ知っていても、彼の名が“ヨハン・セバスティアン・バッハ“という名前であることまで把握していなかったツクヨは、そのバッハという名前に引っ張られ、博物館で聞いた名前をそのバッハと勘違いしていた。
実際、彼の生まれたアイゼナハ周辺には、バッハ一族が八十名ほど生活しており、同姓同名の者もいた為、バッハの歴史を調べる際に勘違いされてしまうケースも多々あったという。
以前にも、シン達がWoFの世界に入り込み、歴史的人物にゆかりのある人物と会った事がある。その者は“宮本武蔵“とゆかりがあったという“フィクション“の設定でこの世界に存在していた。
この博物館のモデルともなっている“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“という人物も、シン達の世界に実在した音楽家バッハをモデルにして作られた人物であろう。
「バッハってッ・・・!あの音楽家の!?」
「おぉ!やはりご存じでいらっしゃったのですか?それならばきっと、ご満足して頂けると思いますよ」
バッハを知っているといった様子のツクヨに、受付の男は嬉しそうに施設のことを語る。中では彼が実際に演奏したと言われるオルガンの演奏台の展示や、彼の生きた時代の楽器やその音色を再現するヴァーチャルバロックオーケストラと呼ばれるものや、バッハの作品をゆっくりと聴くことのできるスタジオ“トレジャールーム“と呼ばれる楽譜などの、当時の貴重な自筆書類の展示室などがあるのだという。
「ツクヨさん、知っていらっしゃるのですか?」
「えっ!?あっ・・・えっと・・・」
現実世界のバッハの事と勘違いして興奮していたツクヨを見て、それ程までに有名な人物なのかと彼に問うアカリ。彼女の純粋な問いに、何と答えればいいかと困惑するツクヨに代わり、受付の男が意図せず助け舟を出す。
「えぇ、それはもう偉大な音楽家なのです。このアルバの街にも大きな影響を与えてくださった方で・・・」
彼とツクヨでは、困っている理由を打開する意図が違っていたが、何はともあれ窮地を脱することができたツクヨは、アカリへのバッハに関する説明を受付の男に任せ安堵した様子で、一緒になって彼の話を聞いていた。
あの時彼らを目にしていなければ、ただの冒険者のチームで同じ装備を着ているだけや、ギルドや何らかの組織で謂わばユニホームみたいなものくらいにしか思わず、特に目に付く事もなかっただろう。
噂はあくまで噂に過ぎず。既に大司教の一派はアルバに到着しており、カールの言うように挨拶回りや街の視察を始めていたようだ。
「こうしてみると、街のあちこちに大司教の護衛と同じ姿の人達がいるね・・・」
「えぇ・・・式典の為の準備なのでしょうか?」
だが、アルバの街の人や観光客はその者達が大司教の護衛隊の者達であるのを知らないのか、全く騒ぎになるといった様子もなく、これまで通りの風景がそこにはあった。
それに、何か調査をしているといった様子も見受けられない。休暇中のひと時を思い思いのままに過ごしているかのような、穏やかの表情で溶け込んでいる。
ツクヨとアカリが次に訪れた博物館にも、そんな護衛隊らしき者達の姿が何人か見える。しかし今度の博物館は封鎖されているといった様子はない。
今度こそ中に入れるとホッとしたツクヨ達は、やっと足を止めて楽しめると互いに向き合っては頷き、博物館の扉を開ける。
「すみません、見学したいんですけれども・・・」
受付に向かい話を伺うツクヨ。事前の予約やチケットなど無くても中を見て回れるのだろうか。受付の者の話では、どうやら入場料さえ払えば誰でも中を見て回ることが出来るらしい。
パンフレットを受け取った二人は、ここがどんな博物館なのかと問うと、その返答にツクヨだけが反応を示した。受付の者から語られた博物館の名には、ツクヨが聞いたことのある名前が付けられていたからだった。
「ここは“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“とその一家に関する体験型展示をしている博物館です」
「!?」
音楽の歴史について疎い者でも、その名前くらいは聞いたことがあるのではないだろうか。
音楽の父と称され、ドイツの作曲家・音楽家であるバッハは、バロック音楽の重要な作曲家の一人であり、鍵盤楽器の演奏家としても名高い。当時から即興演奏の大家として知られており、バッハはそれまでの音楽を集大成したとも評価される。西洋音楽の基礎を築き、作曲家であり音楽の源流であるとも称された偉大な音楽である。
しかし、バッハの名こそ知っていても、彼の名が“ヨハン・セバスティアン・バッハ“という名前であることまで把握していなかったツクヨは、そのバッハという名前に引っ張られ、博物館で聞いた名前をそのバッハと勘違いしていた。
実際、彼の生まれたアイゼナハ周辺には、バッハ一族が八十名ほど生活しており、同姓同名の者もいた為、バッハの歴史を調べる際に勘違いされてしまうケースも多々あったという。
以前にも、シン達がWoFの世界に入り込み、歴史的人物にゆかりのある人物と会った事がある。その者は“宮本武蔵“とゆかりがあったという“フィクション“の設定でこの世界に存在していた。
この博物館のモデルともなっている“ヨルダン・クリスティアン・バッハ“という人物も、シン達の世界に実在した音楽家バッハをモデルにして作られた人物であろう。
「バッハってッ・・・!あの音楽家の!?」
「おぉ!やはりご存じでいらっしゃったのですか?それならばきっと、ご満足して頂けると思いますよ」
バッハを知っているといった様子のツクヨに、受付の男は嬉しそうに施設のことを語る。中では彼が実際に演奏したと言われるオルガンの演奏台の展示や、彼の生きた時代の楽器やその音色を再現するヴァーチャルバロックオーケストラと呼ばれるものや、バッハの作品をゆっくりと聴くことのできるスタジオ“トレジャールーム“と呼ばれる楽譜などの、当時の貴重な自筆書類の展示室などがあるのだという。
「ツクヨさん、知っていらっしゃるのですか?」
「えっ!?あっ・・・えっと・・・」
現実世界のバッハの事と勘違いして興奮していたツクヨを見て、それ程までに有名な人物なのかと彼に問うアカリ。彼女の純粋な問いに、何と答えればいいかと困惑するツクヨに代わり、受付の男が意図せず助け舟を出す。
「えぇ、それはもう偉大な音楽家なのです。このアルバの街にも大きな影響を与えてくださった方で・・・」
彼とツクヨでは、困っている理由を打開する意図が違っていたが、何はともあれ窮地を脱することができたツクヨは、アカリへのバッハに関する説明を受付の男に任せ安堵した様子で、一緒になって彼の話を聞いていた。
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