World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,176 / 1,646

エレジアでの最後の一時

しおりを挟む
 手を止めて二人のいる部屋を除くシンとミア。ツバキとアカリはそれぞれ中央にあるテーブルと、部屋の端にある机に分かれ黙々と作業をしている。

 「ホントだ、ツバキは何となく分かるがアカリも・・・?」

 「二人が思っている以上に、彼らも本気なんだよ。私達の為とは言っているけど、この経験と学びは必ず彼ら自身の力にもなると思うんだ」

 補足するようにそっとシン達の背後にやって来たツクヨが、親が子を見守るような目線で語る。だが実際、彼の言う通りきっかけは何であれ、知識や経験は文字通りその人にとっての経験値となる筈。

 例えその結果が身を結ばなくとも、その過程は決してゼロにはならない。ツバキとアカリが自分達の為に真剣に何かに取り組んでいる姿は、素直に嬉しかった。

 シンは今までの現実の世界で、人からそのように思われる経験をしたことがなかったが故に、その思いに応えなければという気持ちがより強くなった。

 「さぁさぁ!二人の邪魔をしない内に、こっちも作業を終わらせちゃおう」

 「それをするのはアタシらだけどな」

 「ツクヨは何か持っておきたいアイテムとかなかったのか?」

 三人はツバキ達のいる部屋の扉を、音を立てないようにそっと閉め、再びアイテムの配分作業へと戻る。

 そもそもゲームのアイテムというものに知識がなかったツクヨには、何が必要で何が便利なのか分からなかった。それならこれだけの数と種類をどうやって買い揃えたとミアにつっ込まれるツクヨ。

 選んだのはツバキだと伝えると、シンとミアは意外な表情を浮かべる。今まで旅をしてきた経験があるなど、ツバキからは聞いたことがなかったが、そのアイテム選びは正しく経験者の選定と同じだった。

 何なら、シン達の戦い方を考えて選んだのか、物によって数と種類の偏りがある。思っていた以上にツバキは彼らの戦闘を見ていたようだ。これも造船技師としてウィリアムの仕事ぶりを見て技術力を学んでいた名残なのだろうか。

 アルバへ向かう商人の馬車は、話では翌日という予定になっている。移動には恐らくまた何日か掛かるだろう。睡眠は馬車でも出来ると、シン達はツバキとアカリが真剣に自分のやりたい事に打ち込んでいるのを邪魔しないように、アイテムの配分を終えるとそのまま各々の時間を過ごし就寝した。

 翌朝、シンが目を覚まして見るとミアはいつの間に持ち込んでいたのか、酒の入った一升瓶を抱えて眠っていた。ツクヨは既にソファーにはおらず、部屋にはいなかった。

 「・・・?」

 辺りを見渡しツクヨの姿を探した後、ツバキ達はどうしているのかと隣の部屋をそっと覗く。ツバキは遅くまで作業をしていたのだろう。そのまま作業机の上で突っ伏して寝てしまっていた。アカリは途中で作業を中断し、しっかりベッドの中で行儀良く眠っていた。

 目を覚ます為に洗面所へと向かったシンは、水で顔を洗い眠気を払うと丁度ツクヨが部屋へと帰って来た。

 「おや?シン、起きていたんだね」

 「どこへ行ってたんだ?」

 「ロビーで世間話をしてきたよ。みんな朝が強いんだね、街はこんな朝っぱらから賑わってる」

 商人達の組合の方にも行ったというツクヨは、アルバ行きの馬車の様子を伺い予定通りに行けば昼前には出発できそうであるという情報を持ってきていた。

 「色々とありがとう、ツクヨ。しっかり者がいると助かるよ」

 「全然構わないよ。それに確認しないと気が済まないのは、私の性分なんだろうね。すっかり会社での癖が身についちゃってるっていうか・・・ははは」

 ツクヨは笑って答えたが、その表情は言葉とは裏腹に曇っていた。彼も現実世界での経験が自身の不幸に繋がったことに悔いているようだった。身に付けなければ生活ができない。だが身に付けたが故に大事なものを失った彼は、選択するべきものを見誤ったのだと後悔し続けている。

 シン達に頼りにされるのは嬉しい事なのだが、それが自分を苦しめていたものである事に、ツクヨは複雑な思いがあった。

 「みんなを起こして準備した方がいいかな?」

 「いや、ゆっくり休ませてあげよう。ただミアだけは別だけどね・・・。昨日も飲んでたんだろう?それに加えてまた・・・。馬車で吐かれても困るから、早く酔いを覚まさせないと」

 呆れた様子でミアを起こすツクヨ。彼女は案の定二日酔いのようで険しい表情をしながら頭を抑えている。シンは汲んできた水をミアに差し出して飲ませると、落ち着くまでソファーで休ませた。

 ツクヨが聞いて来た馬車の出発の時間が近づく。流石にこれ以上は余裕を持った行動が出来なくなると、起きてこないツバキとアカリを起こし出発の準備をさせる。

 一行が一通り出発の準備を完了させると、宿屋を後にし商業組合へと赴き現状と予定をツクヨが聞きに行く。予定には変わりないようで、昼食は済ませておくか買っておくようにと言われたようだった。

 シンとツクヨ以外は起きてから何も食べていなかったので、出発前にエレジアで済ませておく事にした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...