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神代 コウ

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別れの時

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 木々の向こう側に広がる開けた草原が見えて来るにつれ、一行は口にせずとも別れの時が近づいているのを感じていた。アズールと合流してから騒がしくこれまでの話やこれからの話など、様々な話題で盛り上がっていた一行も、終わりが近づくにつれて口数が減っていき、今ではすっかり寂しさを強調するような沈黙がその場の空気を包み込んでいた。

 「さぁ、間も無くだな・・・」

 沈黙を切り裂いたのはアズールだった。話を切り出しづらい一行に変わり、一人だけ森に残る当事者である彼が、自らその役割を買って出たのだ。

 短い間ではあったが、リナムルで獣人族やエルフ族ら多種族と過ごした時間を振り返るように思い出していたツバキとアカリは、今になって漸く別れを実感し思わず口をつぐんでしまう。

 「寂しくなるね・・・。何だろう、滞在してた時間としては短かったんだけど、何というか濃厚な時間だったからかな?少し離れるのが惜しまれる気がする・・・」

 「そうだな。最初はえらい目にあったモンだ」

 皆の心の言葉を代弁するかのように口を開いたツクヨに、最初にリナムルへ入り込んだ際に受けた手荒な歓迎のことを思い出すミア。今となっては冗談で言えるような出来事だが、その時は本当に命の危機を感じていた一行。

 最悪の環境から始まった人間と獣人の関係が、まさかこのような形で締めくくる事になろうとは、誰も予想していなかった。

 「そう言ってくれるな。我々も必死だったのだ。だが今ではあの出会いに感謝している・・・。お前達をあそこで捕らえていなければ、今も我らは人間を恨み歪みあっていたかもしれない」

 「情報を提供したのはダラーヒムだったけどな」

 「それを信用させたのもお前達だ。二人にも様々な事を学んだ、感謝しているぞ」

 そう言ってアズールは、未だに黙ったままのツバキとアカリの頭を撫でる。

 「ガキ扱いすんな・・・」
 「私は何も・・・。寧ろ頂いたものの方が多いですわ」

 この時ばかりは、ツバキもその手を払わなかった。アズールからの最後の挨拶をしっかりと受け止めていた。アカリは初めての祭りを思い出しているのか、その目には涙が浮かんでいた。

 彼らに挨拶を終えると、アズールは馬車を動かす商人の男に声を掛けると、別れの挨拶を済ませ、あとはこっちで勝手に降りるとだけ伝え、これまで通り馬車は走らせ続けるようにと告げる。

 「お前達には感謝している。リナムルの復興もあるから直ぐにとはいかないが、いつでも我々はお前達の力になる。何かあったら声をかけてくれ。歓迎するぞ」

 「ありがとう、アズール。俺達も色々と学ばせてもらったよ。それに大事なスクロールまで・・・。感謝してるのはこっちの方だ」

 シンとアズールは固い握手を交わし、そのままアズールは森を完全に抜ける前に馬車を飛び降りていった。木々の上の方へと飛び上がった彼はそのまま姿を眩ませ見えなくなってしまう。

 別れを引きづらないようにという彼なりの心遣いなのだろうか。一行はアズールの飛び去っていった方を見ながら暫く物思いに耽るように眺めていた。

 すると、それまで静かだった森から一匹の狼のような遠吠えが辺り一体に響き渡る。それに共鳴するように、森の至る所から同じような遠吠えが次々にあがる。

 まるで合唱するかのように心地よく響き渡る様々な音程の遠吠えは、彼らを新たな旅路へと送り出すファンファーレのように奏でられていた。

 「粋な見送りだねぇ。最初は獣人族ってのは恐ろしいもんだと思ってたけど、今にして思えば先に手を出しちまったのは俺達人間なんだなって・・・。事情も知らずに毛嫌いすんのは良くないって学んだよ」

 馬車をひく商人の男が、アズールらの見送りを受けて心の内を明かす。彼ら商人とて酷い目にあったのは同じだった。だが彼らもまた、森で暮らす者達が抱えている問題や苦難を理解してはいなかった。

 囚われの身になる事で、リナムルに起きていた事態を知り、人質だったとはいえ命をかけて守ろうとしてくれていた獣人族やエルフ族らの姿を見て、考え方を改めたようだった。

 「んだよ、おっさん。話聞いてたのか?」

 「聞こえちゃってたんだよ。それに割って入ったら野暮ってもんだろ?・・・そうだな、空気を読んでやったんだから追加料金でも貰おうかね?」

 「そんな事まで金に変えようってのか!?ホント油断ならねぇおっさんだな!」

 「あんまおっさんおっさん言ってると、本当に取っちまうぞ?」

 冗談で言っているのか、商人の声はやけに低くなったようにも思えた。
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