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決死の覚悟に魅せられて
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陽に変わり月がリナムルの街を照らし始めた頃、先に帰って来たのはツクヨだった。遠目で見える彼の姿は、シン達からは暗がりであまり表情は見えなかった。どこかいつものツクヨとは違うような雰囲気を醸し出している。
一行はツクヨの浮かない表情を見ると、思わず上げようとした手を止めて顔を見合わせる。
「アイツ・・・なんかあったのかな?」
「どうでしょう。いつもより元気がないようですわ。シンさん、心当たりはありますか?」
アカリとツバキよりも、彼と一緒にいた時間の長いシンならば何か知っているのではないかと、アカリはシンにツクヨの表情の意味を問う。
しかし、シンも分かれてクエストへ向かう以前の彼の様子しか知らず、何故あんなに落ち込んだようにも見える暗い表情をしているのか分からなかった。
「いや、俺にも分からない・・・。別行動になってから何かあったのかもしれないけど・・・」
「そうですか。では私達だけでも、明るく迎えて差し上げましょう!」
「しけたツラは、アイツらしくねぇしな!俺が気合い入れてきてやらぁ!」
そういうと、一人ツクヨの元へ走り出したツバキ。それを遅れて追いかけるアカリも楽しそうな表情で彼の元へと向かっていった。二人の無邪気な姿に、たまには自分も童心へ帰ろうと、シンも一緒になって二人の後を追った。
大きな声で呼びながら手を振って近づくツバキに気づいたツクヨは、彼らの姿を見ていつもの優しい笑みを浮かべると、大きく腕を振ってツバキに答えた。
クエストで起きた異例の事態に巻き込まれツクヨは、そこで獣の自害を目の当たりにした。残される者達へ送る獣の最期のメッセージは、彼に死というものを思い出させていた。
脳裏に浮かんだのは最愛の家族の顔。真っ暗な部屋で、目を見開いた状態で血溜まりに倒れていたその姿は、彼の中でまるで写真に撮ったかのように鮮明に残っている。
ふとした瞬間にフラッシュバックするその光景は、彼の内に眠るデストロイヤー という制御不能のクラスを呼び覚ますスイッチのようになっていた。
初めの内は愛娘と同じように子供の受ける悲惨な状態を見たり、女の人が恐怖に怯える姿を見ることで勝手にクラスが目覚めていたが、次第にそのスイッチの判定は緩くなっていた。
獣の意を決した自害の姿を見ても、ツクヨはかつての光景をフラッシュバックしてしまっていた。まだ自分が抑えきれぬことはないが、いずれこの症状は悪化していき、スイッチが入力されずとももう一つのクラスを呼び覚まし暴走しかねない。
ツクヨは自分でも薄々分かっているようでもあった。自分の中に眠る別のもう一人の自分が表に出て、勝手に身体を使っているのではないか。そしてそれは、完全に別人という訳ではなく、彼の中に隠された彼自身の本性の姿なのではないかと。
今までにも死を目の当たりにすることは何度もあった。だが今回ばかりは、それらとは事情が全く違う。自らの死を持ってツクヨや獣人達に一矢報いた獣。覚悟のある死とは、そこまで強い意志なのか。
ならばツクヨの妻や娘も、生きたいと願う強い願いで死を超えてこちらの世界へやって来ているのではないか。妄想に過ぎないかもしれないが、ツクヨの中で死は、相手の中に自分という存在を刻み込む強烈な一撃なのだと理解した。
しかし、そんな事に心を覆われていて上の空だった彼をWoFの世界という現実に引き戻したのは、同じ境遇を共有する仲間と、この世界で出会った若き者達。
彼らの存在は、ツクヨの中で仲間であり同志であり、まるで家族のような存在になりつつあった。笑顔を向けるあどけない少年と、楽しそうに街の雰囲気に染まる少女。そして苦楽を共にしてきた同志の青年。
ツクヨには帰るところも、自分を止めてくれる者もいる。今だけは少しだけ暗いことは忘れ、今一度舞踏会の仮面を付け、束の間の休息を謳歌する事にした。
「何だよ、しけたツラしやがって。なんかあったのかよ?」
「ん?いやぁ、何でもないよ。ただ森の中で獣の残党を見つけたんだ」
「獣の残党!?それで大丈夫だったのか?」
「見ての通りだよ、大丈夫!それに手負だったみたいでね。リナムルを襲ってきた連中ほど強くはなかったよ」
彼らが知ることではないと、ツクヨは実際に起きた出来事を偽り、脚色を加えてクエスト内容を話した。獣は自害ではなく討伐したことに。ダマスクの時と同様に血液感染などの恐れもあり、連れ帰ることはなかったと。
「討伐隊の方々じゃなくても、森に出向けばそういった事に出会してしまうのですね・・・」
「あぁ、今は少しずつ活気を取り戻しつつあるが、一歩外へ出ればモンスターや生き残った獣達がどこに潜んでいるとも知れない。だからアカリもツバキも、勝手に出かけるなよ?」
「黙って出かけて行ったアンタがそれ言うのかよ!」
「うっ・・・それは・・・」
他愛のない会話が、ツクヨの心を穏やかにさせていった。街を出発した時とは違い、祭りのように賑わうリナムルを見渡して、彼も心機一転、童心に戻り屋台へ何かを食べに行こうと元気に提案する。
「だから!俺達は全員揃うまで待ってんの!ミアがまだ帰ってきてねぇだろ?」
「そうですわ!ミアさんがまだ戻ってません。戻ったらみんなでお祭り!ですわよね!?」
「お祭りってね。まぁでも雰囲気あるし、みんなで楽しみたいね!」
まるで子供達をまとめる父親のように、ツバキとアカリの話に乗っかるツクヨ。実際彼自身も、今回の一件では大いに働いた。
そして研究所では、新たなる力を宿した不思議な刀剣を手に入れた。今だにそれが何なのかは分からないが、何にせよ、彼の力になる事には変わりない。剥き出しの刀身のままで装備することはできないが、リナムルの復興が進み次第、鍛冶屋で刀にしてもらうと考えていた。
一行はツクヨの浮かない表情を見ると、思わず上げようとした手を止めて顔を見合わせる。
「アイツ・・・なんかあったのかな?」
「どうでしょう。いつもより元気がないようですわ。シンさん、心当たりはありますか?」
アカリとツバキよりも、彼と一緒にいた時間の長いシンならば何か知っているのではないかと、アカリはシンにツクヨの表情の意味を問う。
しかし、シンも分かれてクエストへ向かう以前の彼の様子しか知らず、何故あんなに落ち込んだようにも見える暗い表情をしているのか分からなかった。
「いや、俺にも分からない・・・。別行動になってから何かあったのかもしれないけど・・・」
「そうですか。では私達だけでも、明るく迎えて差し上げましょう!」
「しけたツラは、アイツらしくねぇしな!俺が気合い入れてきてやらぁ!」
そういうと、一人ツクヨの元へ走り出したツバキ。それを遅れて追いかけるアカリも楽しそうな表情で彼の元へと向かっていった。二人の無邪気な姿に、たまには自分も童心へ帰ろうと、シンも一緒になって二人の後を追った。
大きな声で呼びながら手を振って近づくツバキに気づいたツクヨは、彼らの姿を見ていつもの優しい笑みを浮かべると、大きく腕を振ってツバキに答えた。
クエストで起きた異例の事態に巻き込まれツクヨは、そこで獣の自害を目の当たりにした。残される者達へ送る獣の最期のメッセージは、彼に死というものを思い出させていた。
脳裏に浮かんだのは最愛の家族の顔。真っ暗な部屋で、目を見開いた状態で血溜まりに倒れていたその姿は、彼の中でまるで写真に撮ったかのように鮮明に残っている。
ふとした瞬間にフラッシュバックするその光景は、彼の内に眠るデストロイヤー という制御不能のクラスを呼び覚ますスイッチのようになっていた。
初めの内は愛娘と同じように子供の受ける悲惨な状態を見たり、女の人が恐怖に怯える姿を見ることで勝手にクラスが目覚めていたが、次第にそのスイッチの判定は緩くなっていた。
獣の意を決した自害の姿を見ても、ツクヨはかつての光景をフラッシュバックしてしまっていた。まだ自分が抑えきれぬことはないが、いずれこの症状は悪化していき、スイッチが入力されずとももう一つのクラスを呼び覚まし暴走しかねない。
ツクヨは自分でも薄々分かっているようでもあった。自分の中に眠る別のもう一人の自分が表に出て、勝手に身体を使っているのではないか。そしてそれは、完全に別人という訳ではなく、彼の中に隠された彼自身の本性の姿なのではないかと。
今までにも死を目の当たりにすることは何度もあった。だが今回ばかりは、それらとは事情が全く違う。自らの死を持ってツクヨや獣人達に一矢報いた獣。覚悟のある死とは、そこまで強い意志なのか。
ならばツクヨの妻や娘も、生きたいと願う強い願いで死を超えてこちらの世界へやって来ているのではないか。妄想に過ぎないかもしれないが、ツクヨの中で死は、相手の中に自分という存在を刻み込む強烈な一撃なのだと理解した。
しかし、そんな事に心を覆われていて上の空だった彼をWoFの世界という現実に引き戻したのは、同じ境遇を共有する仲間と、この世界で出会った若き者達。
彼らの存在は、ツクヨの中で仲間であり同志であり、まるで家族のような存在になりつつあった。笑顔を向けるあどけない少年と、楽しそうに街の雰囲気に染まる少女。そして苦楽を共にしてきた同志の青年。
ツクヨには帰るところも、自分を止めてくれる者もいる。今だけは少しだけ暗いことは忘れ、今一度舞踏会の仮面を付け、束の間の休息を謳歌する事にした。
「何だよ、しけたツラしやがって。なんかあったのかよ?」
「ん?いやぁ、何でもないよ。ただ森の中で獣の残党を見つけたんだ」
「獣の残党!?それで大丈夫だったのか?」
「見ての通りだよ、大丈夫!それに手負だったみたいでね。リナムルを襲ってきた連中ほど強くはなかったよ」
彼らが知ることではないと、ツクヨは実際に起きた出来事を偽り、脚色を加えてクエスト内容を話した。獣は自害ではなく討伐したことに。ダマスクの時と同様に血液感染などの恐れもあり、連れ帰ることはなかったと。
「討伐隊の方々じゃなくても、森に出向けばそういった事に出会してしまうのですね・・・」
「あぁ、今は少しずつ活気を取り戻しつつあるが、一歩外へ出ればモンスターや生き残った獣達がどこに潜んでいるとも知れない。だからアカリもツバキも、勝手に出かけるなよ?」
「黙って出かけて行ったアンタがそれ言うのかよ!」
「うっ・・・それは・・・」
他愛のない会話が、ツクヨの心を穏やかにさせていった。街を出発した時とは違い、祭りのように賑わうリナムルを見渡して、彼も心機一転、童心に戻り屋台へ何かを食べに行こうと元気に提案する。
「だから!俺達は全員揃うまで待ってんの!ミアがまだ帰ってきてねぇだろ?」
「そうですわ!ミアさんがまだ戻ってません。戻ったらみんなでお祭り!ですわよね!?」
「お祭りってね。まぁでも雰囲気あるし、みんなで楽しみたいね!」
まるで子供達をまとめる父親のように、ツバキとアカリの話に乗っかるツクヨ。実際彼自身も、今回の一件では大いに働いた。
そして研究所では、新たなる力を宿した不思議な刀剣を手に入れた。今だにそれが何なのかは分からないが、何にせよ、彼の力になる事には変わりない。剥き出しの刀身のままで装備することはできないが、リナムルの復興が進み次第、鍛冶屋で刀にしてもらうと考えていた。
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