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熟練の囮役
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周囲を警戒していた者達が見つけたのは、リナムルを襲った研究所の獣の反応だった。ここに至るまでそのような反応はなかった。それは気配を感じ取れない者達でも、彼らの反応を見ていれば分かることだった。
街からクエストへ向かう際、先に偵察隊が目的地となる場所までのルートを下見し、安全の確保と獣の残党が居ないかの確認が行われていた。それはツクヨ達の木材を調達する部隊の時も同じだったという。
報告によれば、湖周辺までのルートの比較的安全であり、道中のモンスターは粗方始末し終えたとされている。場合によっては物音を聞きつけた周囲のモンスターがやって来ることもあるだろうが研究所の獣が居た、或いは反応があったという報告は一切ない。
部隊の中には獣と戦闘を交えた者達もいるが、ミア達の部隊のような精鋭ばかりではない。一行は足を止め、一気に緊張感が高まる。
「“獣“だって!?そんな報告なかっただろ!?」
「知らねぇよッ!俺だって同じ報告を受けてんだ。それにこの気配・・・俺達と同じだ。自分で気配を消してやがる・・・」
リナムルを襲った獣と特徴が一致している。獣人族と同じ気配を消す能力を持っていた。周囲に他の気配はないようだ。湖にいるのは一体だけ。一行は荷台を引く者達と非戦闘員、そして数人の護衛を残して少数での獣討伐を遂行しようとする。
「待ってくれ!私も連れて行ってくれないか?」
声を上げたのはツクヨだった。
「アンタは確か・・・」
ツクヨはアズールらと共に研究所へ向かい見事、憎き悲運の連鎖を産んでいた施設を破壊するという任務を果たした部隊の一人として、獣人族に伝えられていた。
「その獣っていうのとは何度も戦った。私ならきっと役に立てるはずだ」
「アズール達と研究所で戦果を立てたアンタだ。頼りにするぞ?」
「あぁ、任せて欲しい」
一行は二人の獣人とツクヨという三人で先に湖へと向かい、気配のあるという獣を討伐しに向かった。
ツクヨにもケツァルの計らいにより獣人の力が宿っており、多少の気配操作は可能となっていた。しかし、それでも獣人族のように上手く扱うことはできない。
そこで彼らが取った作戦は、ツクヨを街にいるどこにでもいるような一般人レベルの気配にし、一人で湖に向かわせた。謂わば囮りというものだ。この作戦を立案したのは、他でもないツクヨだった。
自分なら獣と対峙しても、ある程度戦える自信と実績がある。二人の獣人には気配を消した状態で周囲への警戒とツクヨのサポートを依頼した。彼らも危険を冒さなくていいのなら、それに越した事はない。
ただ、リナムルでの一件で大きな功績を立てたツクヨに重傷を負わせるようなことがあってはならない。シンやツクヨは勿論、リナムル防衛の際に活躍したミアや、様々なジャンク品から作ったガジェットにより獣人達の戦闘力を引き上げたツバキ。
そして未知の力で獣人達を守った紅葉と、その飼い主にあたるアカリ。一行は特にアズールやガルムらの指示により、人間種の中でも特に手厚い対応をするようにと言われていた。
いざとなれば、すぐにでも駆けつけ参戦すると伝え、つくよを湖へと送り出した。慣れない気配操作を行いながらも、ツクヨは静かに歩いて湖へと足をすすめた。
すると、彼の接近に気がついたのか、獣の気配に僅かな動きがあった。反応が小さすぎてツクヨには読み取れなかったが、物陰に隠れていた獣人達には獣の動きが手に取るように分かっていた。
アイコンタクトを取り合い状況を確認し合う二人の獣人。警戒するようにツクヨの向かってくる方向を見つめる獣。変に妙な動きを見せないように自然に歩くツクヨの足音が湖に近づき、そして道を抜けた彼が開けた場所へと身を乗り出す。
そこにはまるでお伽噺に出て来るかの様な、幻想的な光景が広がっていた。人が近づいても警戒して逃げ出さない野生の動物達が、乾いた喉を潤している。
一瞬、美しく綺麗な光景に意識すら奪われていたツクヨは、自分がここへやって来た理由を思い出し、ゆっくり景色を眺めるふりをしながら獣の姿を探す。
しかし、視界に入る範囲に獣の姿はなく、獣の気配を探ろうにも不完全な気配感知能力のツクヨでは、湖に集まる野生動物達の気配の中から獣の気配を見つける事は出来なかった。
自分にはどうすることもできぬと、ツクヨは動物達が美味しそうに水を飲む姿を見て、暫くろくに飲食をしていなかった口に湖の水を流し込む。両手を器の様にして掬い上げた水は、一切の濁りも澱みもない。
湖の水はツクヨの疲れた身体を癒し、あまりの気持ちよさに彼はその場で仰向けに寝そべり始めた。気が抜けていたのは間違いないが、決して自分の役割を忘れた訳ではなかった。
こちらから獣を探ることは出来ないと判断したツクヨは、身を隠してこちらを伺っている獣人の二人に任せ、無防備な姿を晒すことにより警戒心を解こうとしていた。
結果的に、ツクヨの狙いは彼らの作戦を推し進める追い風となり、一切姿を見せなかった獣に行動を取らせる見事な働きを果たした。
ツクヨとは反対側の湖を挟んで向こう側。草木を押し退ける音が僅かに聞こえてくる。周囲の野生動物達は、ツクヨが湖に姿を見せた時と同様に逃げる様子はない。
草木を掻き分け姿を見せたのは、ミア達の見つけた獣と同様に負傷した様子の獣の姿だった。
街からクエストへ向かう際、先に偵察隊が目的地となる場所までのルートを下見し、安全の確保と獣の残党が居ないかの確認が行われていた。それはツクヨ達の木材を調達する部隊の時も同じだったという。
報告によれば、湖周辺までのルートの比較的安全であり、道中のモンスターは粗方始末し終えたとされている。場合によっては物音を聞きつけた周囲のモンスターがやって来ることもあるだろうが研究所の獣が居た、或いは反応があったという報告は一切ない。
部隊の中には獣と戦闘を交えた者達もいるが、ミア達の部隊のような精鋭ばかりではない。一行は足を止め、一気に緊張感が高まる。
「“獣“だって!?そんな報告なかっただろ!?」
「知らねぇよッ!俺だって同じ報告を受けてんだ。それにこの気配・・・俺達と同じだ。自分で気配を消してやがる・・・」
リナムルを襲った獣と特徴が一致している。獣人族と同じ気配を消す能力を持っていた。周囲に他の気配はないようだ。湖にいるのは一体だけ。一行は荷台を引く者達と非戦闘員、そして数人の護衛を残して少数での獣討伐を遂行しようとする。
「待ってくれ!私も連れて行ってくれないか?」
声を上げたのはツクヨだった。
「アンタは確か・・・」
ツクヨはアズールらと共に研究所へ向かい見事、憎き悲運の連鎖を産んでいた施設を破壊するという任務を果たした部隊の一人として、獣人族に伝えられていた。
「その獣っていうのとは何度も戦った。私ならきっと役に立てるはずだ」
「アズール達と研究所で戦果を立てたアンタだ。頼りにするぞ?」
「あぁ、任せて欲しい」
一行は二人の獣人とツクヨという三人で先に湖へと向かい、気配のあるという獣を討伐しに向かった。
ツクヨにもケツァルの計らいにより獣人の力が宿っており、多少の気配操作は可能となっていた。しかし、それでも獣人族のように上手く扱うことはできない。
そこで彼らが取った作戦は、ツクヨを街にいるどこにでもいるような一般人レベルの気配にし、一人で湖に向かわせた。謂わば囮りというものだ。この作戦を立案したのは、他でもないツクヨだった。
自分なら獣と対峙しても、ある程度戦える自信と実績がある。二人の獣人には気配を消した状態で周囲への警戒とツクヨのサポートを依頼した。彼らも危険を冒さなくていいのなら、それに越した事はない。
ただ、リナムルでの一件で大きな功績を立てたツクヨに重傷を負わせるようなことがあってはならない。シンやツクヨは勿論、リナムル防衛の際に活躍したミアや、様々なジャンク品から作ったガジェットにより獣人達の戦闘力を引き上げたツバキ。
そして未知の力で獣人達を守った紅葉と、その飼い主にあたるアカリ。一行は特にアズールやガルムらの指示により、人間種の中でも特に手厚い対応をするようにと言われていた。
いざとなれば、すぐにでも駆けつけ参戦すると伝え、つくよを湖へと送り出した。慣れない気配操作を行いながらも、ツクヨは静かに歩いて湖へと足をすすめた。
すると、彼の接近に気がついたのか、獣の気配に僅かな動きがあった。反応が小さすぎてツクヨには読み取れなかったが、物陰に隠れていた獣人達には獣の動きが手に取るように分かっていた。
アイコンタクトを取り合い状況を確認し合う二人の獣人。警戒するようにツクヨの向かってくる方向を見つめる獣。変に妙な動きを見せないように自然に歩くツクヨの足音が湖に近づき、そして道を抜けた彼が開けた場所へと身を乗り出す。
そこにはまるでお伽噺に出て来るかの様な、幻想的な光景が広がっていた。人が近づいても警戒して逃げ出さない野生の動物達が、乾いた喉を潤している。
一瞬、美しく綺麗な光景に意識すら奪われていたツクヨは、自分がここへやって来た理由を思い出し、ゆっくり景色を眺めるふりをしながら獣の姿を探す。
しかし、視界に入る範囲に獣の姿はなく、獣の気配を探ろうにも不完全な気配感知能力のツクヨでは、湖に集まる野生動物達の気配の中から獣の気配を見つける事は出来なかった。
自分にはどうすることもできぬと、ツクヨは動物達が美味しそうに水を飲む姿を見て、暫くろくに飲食をしていなかった口に湖の水を流し込む。両手を器の様にして掬い上げた水は、一切の濁りも澱みもない。
湖の水はツクヨの疲れた身体を癒し、あまりの気持ちよさに彼はその場で仰向けに寝そべり始めた。気が抜けていたのは間違いないが、決して自分の役割を忘れた訳ではなかった。
こちらから獣を探ることは出来ないと判断したツクヨは、身を隠してこちらを伺っている獣人の二人に任せ、無防備な姿を晒すことにより警戒心を解こうとしていた。
結果的に、ツクヨの狙いは彼らの作戦を推し進める追い風となり、一切姿を見せなかった獣に行動を取らせる見事な働きを果たした。
ツクヨとは反対側の湖を挟んで向こう側。草木を押し退ける音が僅かに聞こえてくる。周囲の野生動物達は、ツクヨが湖に姿を見せた時と同様に逃げる様子はない。
草木を掻き分け姿を見せたのは、ミア達の見つけた獣と同様に負傷した様子の獣の姿だった。
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