World of Fantasia

神代 コウ

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嘗ての友にさようなら

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 先陣を切って踏み出した獣人が、迎え撃つ獣へと殴り掛かる。それを獣は研ぎ澄まされた反射神経で見事に躱すと、上半身の捻りを加えた鋭い拳を獣人へと放つ。

 しかしそれを横からやって来た別の獣人が、最初に殴りかかった獣人を横へと押しやり代わりに受け止める。肉体強化という獣人の能力を身につけている獣の一撃は凄まじく、攻撃を受け止める意志を持って受け止めた獣人の身体を浮かせる程のパワーを持っていた。

 「ぐッ・・・!!なんて馬鹿力だッ・・・!」

 周囲の草木が、獣の放つ拳から生まれた風圧によってまるで突風が吹いたかのように揺れる。ビリビリと突き抜けるような衝撃波が、後方にいるガルムや木の上のミアの元まで広がる。

 だが、その様子を瞬きすることもなく集中して見つめる二人。先陣隊の三人が危なくなればいつでもサポートに回れるよう神経を研ぎ澄ませる。

 先陣隊の初動のトリを務めたのは、エイリルと同じ人間と近い体格をしたエルフの戦士だった。その手に携えた刀剣を、地を滑らせるように振るい、地面を切り裂きながら獣の腕を両断せんと上空目掛けて振り上げる。

 三人目の動きを察した獣が拳を引っ込めようとするも、受け止めた獣人がそれを許さない。衝撃を受け止めたまま、一切怯むことなく獣の拳を全身を使って引き止める獣人。

 「逃すかよッ!!」

 引き抜けぬ拳に焦りの様子を見せた獣は、豪雷のような雄叫びと共に掴まれた拳ごと獣人を自分の方へと引っ張った。同じ獣人の身体能力。何なら獣人の方がオリジナルということもあり、純粋な力比べなら優りそうなものだが、命の危機に瀕した生き物の底力は計り知れないことを証明するかのように、獣人の身体は獣の方へと引っ張られる。

 このままではエルフの振り上げる剣の軌道上に晒されてしまう。しかしそこは流石ガルムが選抜してきた精鋭達。エルフの戦士は手首を捻り剣の向きを変えると、獣の腕を斬り飛ばすのを諦め、その強靭な力を振うための土台である足を負傷させようと標的を切り替える。

 拳を押さえ込む獣人を身代わりにするかのように引き寄せた獣だったが、エルフの機転によりそれは無駄な行為として終わった。地面を抉っていたエルフの剣は地上を離れると斜め横へと軌道を変え、獣の脹脛辺りを斬りつける。

 振り抜かれたエルフの剣には獣の血液が付着していた。振った勢いを急停止させた事により、獣の血が周囲に飛び散る。

 足元を切り付けられた事により僅かにバランスを崩した獣に、拳ごと引き寄せられた獣人は飛び上がり、その腕に両足を絡ませ格闘技の絞め技のように巻き付き地面に倒す。

 そのまま腕をへし折りそうな勢いで締め上げる獣人と、必死に抵抗する獣。そこへ、最初に攻撃を仕掛けた獣人が一気に間合いを詰め、仰向けで倒れる獣の顔面に狙いを定め、全身全霊を込めた拳を振り下ろす。

 「これで・・・終わりだッ!!」

 「ガァァァッ!!」

 必死に抵抗する獣だったが、絡みついた獣人の足は獣の喉元にまで及び、首を持ち上げることさえ許さない。瓦割りでもするかのように容赦なく振り下ろされた拳は、獣人の肉体強化によって最大限にまで威力が引き上げられ、そのまま獣の頭部を吹き飛ばさんとする勢いだった。

 「ガルム、殺すのか?」

 「心配ない。みんなちゃんと任務の事は頭に入っている。このまま彼らに任せる」

 一行に与えられた同じ獣人族やリナムルに集まった者達にすら秘密にしている任務。それは森の中でアズールが獣と対峙した時に感じた違和感を確かめる為のものだった。

 彼だけではない。他にも獣と対峙する中で嘗ての同胞の面影や気配を感じた者達はいた。果たしてそれがダマスクのように他者の意識の中へ入り込み幻覚を見せる能力によるものだったのか、或いは本当に獣人族を元に作られた化物なのかというものに白黒つける為。

 仰向けに倒れる獣の頭部目掛けて振り下ろされた獣人の拳は、額に命中する寸前でピタリと止まり、その衝撃波と風が周囲のものを吹き飛ばすように吹き荒ぶ。

 脳を震わすその衝撃は、獣の意識を吹き飛ばし脳震盪にもにた症状を引き起こす。獣の身体からは力が抜け、その生命反応は限りなく死に近い状態へと陥った。

 拘束していた獣人が手首と喉にある動脈から脈を測る。そして手足による拘束を獣から解くと、今度はエルフが獣から感じる魔力の波長を読み取る。

 「暫くは動けまい・・・」

 「どうする?拘束しておくか?」

 獣の周りに集まった一行は、その後の処置について直接アズールから指示を受けていたガルムに尋ねる。しかし彼はそっと目を閉じて首を横に振る。

 「いや、このままでいい。こいつが嘗ての同胞であろうとなかろうと、このような状態になってしまった以上、街に連れ帰る事はできない。アズールも調査結果がどうであれ、調べ終わり次第その場で始末するよう言っていた・・・。さぁ、今度はお前達の出番だ」

 「あぁ・・・分かっているとも」

 そう言って後ろから獣へと近づいてきたのは、彼らの部隊に同行させていた研究所の者だった。生物実験の研究に携わっていたというその研究員は、持ち込んだ特殊な道具と機材を使い、獣の素性を調べる。

 「君達が勘づいていた通り、この個体は獣人族をベースに作られたモンスターだ。意識の操作により、意図的に命令を下せるように脳内からの神経伝達を弄られた形跡がある」

 「そうか・・・。だが、こうなってしまっては最早誰だったかも我々にはわかるまい。嘗ての同胞であった事が分かればそれで十分だ」

 落ち込んだ様子にも見えるガルムの姿を見て、ミアは何か手立てはないのかと研究員に問う。

 「元に戻せる方法とかはないのか?記憶やその・・本人の意識とかが別にあるとか・・・」

 「意識自体を研究所に保存していた可能性はあるが、もう研究所は無いだろ?それに彼の意識を見つけたとしても、今の肉体に戻したところで元に戻る保証はない。私は直接そう言った実験に関与した事はないが、取り出した意識や精神を元の身体に戻す実験も行われたそうだが、元通りになった事例は殆どないらしい・・・」

 「らしいって・・・。まるで他人事みたいに言いやがってッ・・・!」

 研究員の言葉が癇に障ったのか、嘗ての獣人族だった獣と戦った獣人が怒りを露わに食ってかかる。それを静止するガルムは、同族をまるで物のように扱われた事に対し、感情を押し殺しているのか全く動揺した様子もなかった。

 「よせ。済んだ事だ。それに俺達にもこいつらを責められない理由はある」

 「実際そうだろ?私達だって好きでそんな事をしていた訳ではない。そうしなければ殺されるからそうしたまでだ」

 「何・・・!?」

 「争う力もない私のような弱者は、ただ力と権力に屈するしか生きる道はなかった・・・。私だって君達のように戦える力があればッ・・・」

 拳を握りしめ、震えながら心の声をこぼす研究員の姿に、同じく何も出来ず何も知らなかった獣人は、それまで自分達が行っていた人間に対する行いに、湧き上がった怒りを収め今度は後悔の感情が押し寄せていた。

 何かのせいにしなければ、彼らもやっていられなかったのだろう。行き場のない感情をどうすることもできない。それは種族など関係なく、意志を持つ生き物なら誰しもがそうなってもおかしくない状態だったといえる。

 だからと言ってそれが許される行いではないのは確か。研究を行っていた人間も、犯人を探し手当たり次第に横暴な取り調べまがいのことをしていた獣人族も、自分自身や嘗ての同胞達が犯した罪を背負っていかなければならない。

 その為にも今は、昔の因縁に目を瞑り協力し合う事で街の復興を進めなければならない。またいつか、嘗ての因縁が引き金となって衝突が起こるかもしれない。だがここで、どちらかを滅ぼすという未来の結論に至らぬ為にも、今を生きる者達が矛を納め耐え忍ばなければならないのだ。
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